2022年10月の国際民間航空機関(ICAO)総会において、「2050年までのカーボンニュートラル」が採択されるなど、航空の脱炭素化は世界的課題となっている。先端テクノロジーによる運航レジリエンス(適応回復力)の強化を通じて、航空業界の脱炭素化を推進しているのがNABLA Mobility(本社:東京都千代田区)だ。2023年にはプレシリーズAラウンドでBoeingなどから総額約3.2億円を調達し、国内外への展開が期待されている。「強みは『空の揺れ』を可視化することで、エアラインやパイロットが運航の最適解をすぐに導き出せる点」と語る、創業者でCEOの田中 辰治氏に目指す未来を聞いた。

目次
NABLA流のCO2削減アプローチとは
「運航の最適解」を導き出すプロダクト
こんなパートナー企業を求めています
目標は複雑な航空システム問題の解決

NABLA流のCO2削減アプローチとは

―航空業界におけるCO2削減の取り組みと、創業の経緯についてお聞かせください。

 航空機のカーボンニュートラルには大きく4つの方法が挙げられます。

 1つ目はこれまでと同じことを少ないエネルギーでできるようにする飛行機の使い方。2つ目は低燃費で航行可能な航空機の開発。3つ目は燃焼してもCO2を排出しないSAF(Sustainable Aviation Fuel)燃料を使うこと。そして4つ目がカーボンクレジット取引により飛行機が排出するCO2を相殺することです。

 私たちが取り組んでいる運航レジリエンスの強化は、1つ目の分野になります。元々、航空業界のコスト構造において、燃料費はとても大きな割合を占めていますので、燃料費を下げることは、業界の永遠の課題といってもいいほどです。燃料費削減によるコストダウンは、昔から誰も否定しない経営課題でした。そこに脱炭素というプレッシャーが加わることによって、もう1歩踏み込んで取り組まなければならない課題だという認識や空気感が生まれてきました。

 業界全体で長らく努力を続けた結果、航空機で1人当たりを運ぶのに必要なエネルギーは過去30年間で大きく下がりました。しかしそれでも、これまでと同じ努力ではCO2の削減目標には届かないので、今まで以上にコストを掛けてでもCO2削減に取り組まなければならないという機運が世界全体で高まっていました。その機運の中でNABLA Mobilityは2021年に創業しました。

 SAF燃料の調達の難しさや高いコスト、加えて製造方法の違いを含めた実際のCO2削減効果に対する技術的な課題などもあり、「本当にCO2削減目標を達成できるのか?」という危機感が一層高まっていますし、さまざまなカンファレンスなどでも一丁目一番地のトピックとしてCO2削減が扱われるなど、創業からの3年の間に社会的なプレッシャーもますます強くなっています。

田中 辰治
創業者 CEO
東京大学およびマサチューセッツ工科大学(MIT)で航空宇宙工学の修士号を取得。ドイツのMax-Planck Instituteでインターンを経験し、IHIで航空機エンジンのエンジニアとして3年間勤務した。その後、2014年にボストンコンサルティンググループに転じ、事業戦略立案、事業効率改善、企業統合における組織設計、企業分割のPMOプロジェクトなどで活躍し、2021年4月にNABLA Mobilityを創業。

「運航の最適解」を導き出すプロダクト

―提供しているプロダクトの概要についてお聞かせください。

 私たちのプロダクトは2つあります。1つは「Untangle API」。過去の乱気流のデータを元に、これから発生するさまざまな種類の乱気流の予測を提供したり、パイロットやディスパッチャー(フライトプランの作成を担当する航空機運航管理者)など航空運航に携わる人々が運航の意思決定をするのを支援する解を提供するアプリケーションです。APIで提供しているため、EFB(電子フライトバッグ)ソフトやフライト・プランニング・ソフト、官民の航空システムとの連携が可能です。

 もう1つのプロダクトは、「Untangle API」へWeb、iPadOS、iOS、MacOSからアクセスできるスタンドアロンアプリ「Weave」です。他のシステムなどを使わずに、iPadなどから直接「Untangle API」の乱気流予測情報や最適化機能の結果を確認できます。

―強みとしてどのような点が挙げられるのでしょうか。

「Untangle API」の強みは『空の揺れ』を可視化することで、エアラインやパイロットが運航の最適解をすぐに導き出せるという点です。VWS(Vertical Wind Shear、垂直ウインドシアー)から予測する従来のモデルと比べて予測精度が大きく向上しています。また、航空会社同士で共通する部分もありますが、ビジネスモデルも運航区間の特徴も各社それぞれ異なります。国内外さまざまな航空会社の仕様のばらつきに対応できる柔軟性も特徴の1つです。

 燃料削減・CO2削減という目的を念頭に置きながら、最も強く意識しているのは「かゆいところに手が届く」使い勝手です。既存のソフトやサービスはパイロットに働きかけるものが主流ですが、運航はパイロットだけで行えるものではありません。地上で運航管理を行うディスパッチとの連携が非常に大切です。顧客からのヒアリングでも連携にまつわる悩みは多く聞かれました。1回のフライトや1機だけでの視点ではなく、エアラインという組織の視点で目的を実現するためのUXの設計、デザインにも非常に大きなリソースを費やして、プロダクトに仕上げているところが、私たちは自信を持って顧客に説明できるのが強みです。

―乱気流・乱流の予測にフォーカスしたのは、なぜでしょうか。

 航空機の事故として認定されるアクシデントには、墜落のような重大事故以外にもいろいろあります。そのなかでも最も多いのが、乱気流による揺れで起こる乗客や乗務員のけがです。

 乱気流は航空業界で、この10年ほど大きなトピックとなっていました。乱気流が発生した場所や時間を、パイロットから口頭で寄せられる情報などを集積してシェアするという仕組みがすでにあり、乱流情報を自動的に集めるシステムを提供するサービスも存在します。私たちはそこから1歩進んで、乱流の予報データを提供するところまで実現しました。

 航空業界では、計画の世界(プラン)と、今この瞬間に起きている経験(リアル)、そして予測(フォアキャスト)の情報が、お互い離れた関係になりそれぞれが独立していました。プランがあっても、リアルではプランを踏まえつつ現実の状況に沿うために現場の判断が優先されるのが普通のことでした。私たちのアプローチのコンセプトは、「この場所を飛行中にこんな揺れが生じた、という情報を検証して情報の精度を高めれば、プランへとうまくフィードバックできるはず」というアイデアです。

 私は学生時代から航空宇宙工学を専攻し、IHIではエンジンの研究開発をしていました。その分野の中でも流体、つまり空気の流れのデータ力学が専門でした。熱力学とも関係して、温度差のあるところを流体がどう流れるか、流れをどのようにコントロールするかを研究していました。その1つのトピックとして乱流がありました。インターンシップ時代はひたすら乱流ばかり研究していた時期もあります。乱流は何もないところから、突然生じるものではなく、何かしらの大きな乱流のタネがあり、大きなタネが小さくなって初めて航空機の揺れになります。乱流発生の物理的な概念はあるので、それをうまく解き明かすことは、理屈上できるだろうと考えていました。先行研究を踏まえながら研究を進め、その理論をプロダクトへ落とし込むというアプローチで、私たちのサービス開発は始まりました。

image: NABLA Mobility HP

―収益モデルについて教えてください。

 私たちのビジネスモデルは、BtoBのエンタープライズプロダクトをサブスクリプション型で提供します。「Weave」では、利用対象となる機材の数で課金額が決まります。「Untangle API」はエンドポイントからのコール回数に応じた課金システムになっています。

―競合となる企業はあるのでしょうか。

 まったく同じ土俵での競合企業は、国内およびアジア圏にはいないと認識しています。しかし、航空業界向けにソフトウエアを提供する企業は、ヨーロッパとアメリカを中心に多数ありますし、燃料費削減に関する技術やサービスも古くからあります。航空業界全体で以前からトピックとなっている燃料費削減はCO2削減に置き換わっていますので、CO2削減を目的とするサービスを提供する航空業界向けの大手ITベンダーも多くいます。ですから、私たちは新規分野のスタートアップではありますが、ある意味では後発の新規参入企業だと考えています。

 自分たちで学習モデルを作り、それぞれの航空機の持つ特性モデルを機械学習させ「この機体が予測される大気状態でどのように飛行すると、燃料消費量と飛行時間はどうなるか」という情報を正確に見積もります。「燃料消費量」「飛行時間」「快適性」という、多目的最適化が求められる状況に応じてバランスが取れた選択をサポートをしています。

こんなパートナー企業を求めています

―東京大学航空宇宙工学専攻の土屋・伊藤研究室・Peachとの産学連携、Boeingのアクセラレーションプログラムでの採択などの事例がありますが、今後の国内外での企業協業の意向について聞かせてください。

 拡販、共同研究、資本提携とどの協業先も探索していますので、手を挙げていただく企業に対してはうれしく思いますし、真摯に対応します。グローバルな顧客のカーボンフットプリントをどうカバーするかという課題は早期に出てきます。小さな組織でそれを全て当たっていくのは物理的に難しいですから、パートナーと連携したいと考えています。また、トライアルや開発、資本提携についても同様です。相手先企業の国籍も問いませんし、法的な制約さえなければ世界中どこの企業とも積極的に提携をしたいと思います。

―協業相手に求めるマインドは何でしょうか。

 新しいことにトライしようという、肝の据わった相手ですね。絶対失敗したくない、というトーンでの提携となると、私たちは新しい技術をどう増やすかにトライするスタートアップなので、相容れないですよね。これまでの提携先も、スタートアップである私たちを理解した上で一緒に伴走していますので、そのような連携が一番うれしく思います。航空機・航空業界が今のままではよくない、何とかしなければならないという危機感を自分事として強く感じられる方が、パートナーとしていい関係を築けて、お互いに一緒に働きやすいのではないかと感じています。

目標は複雑な航空システム問題の解決

―中長期的な目標と、その先に思い描く未来について聞かせてください。

 航空産業はいわゆるレガシー産業で、人手に頼るローテクなやり方をせざるを得ませんでした。運航全体をスムーズに効率よく回しながら、目まぐるしく変わる状況に臨機応変に対応し、さらにエネルギー消費量を抑えてCO2排出量も減らすところまで考えなければならない難しさがあるからです。

 特に複雑な航空システム問題解決が、私たちが中長期的に達成したい目標です。「イノベーションをドライブする、Innovation Powerhouseになる」という考えを中心に据えて、新しいアイデアや技術を生み出すことに最大のリソースを割いています。

 現実社会において、人と人とが物理的に接点を持つために必要不可欠なモビリティの1つが航空機です。オンラインミーティングやVRがいくら発達しても、人間が実際にその場にいるからこそできることや、同じ場で人と何かを共感したいと思う気持ちはなくならないはずです。

 もし脱炭素目標が達成できなかったとしたら、地球温暖化を許容するか、もしくは飛行機に乗れない昔に逆戻りするかのどちらかですが、個人的にはどちらも選択したくない未来です。

 さまざまな国籍のメンバーと一緒に働けるダイバーシティのある世界、いろいろなことが経験できる世界、そして人々が未知のことに挑んで感動できる未来を、次世代に残したいと思います。  



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