目次
・よく似た英単語帳が書店に並ぶのはなぜ?
・何をもって「記憶した」と定義するか
・記憶のプラットフォームに
よく似た英単語帳が書店に並ぶのはなぜ?
―ただ問題を解くだけではなく、「記憶の定着」に焦点を当てた学習アプリを作ろうと思った理由は。
私自身の経験でもあるのですが、英単語の学習をしようと書店に行くと「TOEICで○○点を取る」という教材が数多く並んでいますよね。似たような単語帳があれほど並んでいるのはなぜだろう。こうした疑問が、われわれがフォーカスしている「記憶定着」への出発点でした。
誤解を恐れずに言えば、どの単語帳も情報自体は大して差はない。ただ、その情報を「覚えきる」ことに皆が成功していない。だからこそ、決定版の単語帳というのも現れていないのではないかという発想です。
この疑問は、私が当初、学習情報のシェアに重きを置いたサービスコンセプトを考えて試行錯誤していたところ、後に共同創業者となる畔柳から提起されたものでした。彼はその後、記憶にまつわる論文を1,000本程読むなどし、現在のモノグサのコンセプトにつながる部分を抽出してくれています。
記憶を直感的に捉えるのは難しくて、「そうなの?」と意外性のあることも結構あります。例えば、フォントが大きいのと小さいのでは、どちらが記憶しやすいと思いますか?直感的には、人間はフォントが大きい方が記憶できそうに感じるんですね。ただ、実は両者で変化はない、といった具合にですね。
―プロダクトの特徴を教えて下さい。
そうした着想から生まれた記憶アプリ「Monoxer」は、学習内容の理解ではなく「定着」に特化しています。世の中にあるドリルアプリは「問題を解くこと」が目的化しているケースがあるのに対し、われわれは「覚えるために解く」ことにフォーカスを当てています。解くことは手段であって、目的ではないのです。
例えば、解けなかった問題が同じ形式で何度も反復表示されるのではなく、その人の記憶状況に合わせてヒントの量が変わります。覚えていない情報を解くというのは無理があるので、ヒントの量を変えることによって、解き続けることを諦めさせないようにしようという順番なわけです。
そして、記憶は時間軸の観点で失われていくのが前提なので、それを防ぐために反復をするわけですが、いつ反復するのかというのをAIが予測するという要素もMonoxerにはあります。また、問題を解いていく過程で、一人ひとり得意不得意があるので、それを分析してその人に合わせたスケジュールを立てるという機能もあります。長期記憶化というのが大きなテーマです。
image: モノグサ
何をもって「記憶した」と定義するか
―「長期記憶化」をテーマにした場合、競合他社とはどういう違いが出てくるのでしょう。
「記憶をどう定義するか」が、とても大きな差かなと思っています。
例えば、ある問題に6回挑戦し、「2回正解して、2回間違えて、1回正解して、1回間違えた」という人がいるとします。この人は今、覚えている状態だと言えると思いますか?正答率で言えば50%ですが、一番最後は間違えて終わっている。ただ、最後はもしかしたらうっかりミスかもしれない。これをどう評価するかが、言うなれば、記憶をどう定義するかということです。
従来のサービスは、2回連続で正解したら記憶したものと認めていたりとか、正答率が何%を超えたら覚えたと認めていたりとか、色々なロジックがあります。それなら、まぐれで2回正解したら覚えたことになるのかとなるので、これらは直感的に破綻しているんですね。これまで記憶できたか、できていないかを明確に計測する手段がありませんでした。
―記憶をどう定義するかは想像以上に複雑そうですね。Monoxerはどういったロジックでこれに対処しているのですか。
記憶をどれぐらいしているかAIが予測し、それに対して機械が問題を作ります。AIが問題を考えて、ユーザーが回答する前にAIが正解を予測するんですね。「たぶん間違えるだろう」「たぶん正解するだろう」と。予測が外れたり、当たったりするんですが、例えば、AIが「正解する」と予測して実際にユーザーが正解すると、その予測に対する確信が強くなり、予測が当たる頻度も高まるし、覚えていると認定もできるなど、いいことばかりなんです。
それに対して、AIが「間違える」と予測したのに正解する場合もあります。AIはこの時、正解しているから形式的には認めるけれども、疑っています。このように、AIが予測を立てて、結果と比べる中でより正しい状態を予測し続けるという形です。予測値が一定の基準を超えたときに「覚えた」と認定します。コンセプトとしては少し難しいですが、そういったものを記憶と定義しています。
こうした記憶定義における状態でデータを蓄積していきます。現在、月間1億回さまざまな問題を解いてもらえるようなプラットフォームになっていますので、データがどんどん集まってきているというのがわれわれの強みだと思っています。
―顧客はどのように拡大していきましたか。顧客による導入事例も教えてください。
初期の顧客は塾業界で、一番最初は留学生向け予備校でした。塾から始めたのは、大手であれば数万人規模の生徒を抱えているので営業効率の面もありつつ、課題感が顕在化している度合いが強いからです。つまり、成績を上げたいと思っている度合いが強ければ強いほど、記憶に対する課題も高いんじゃないかということですね。
その後、私立の小中学校に展開していき、専門学校、大学と続きました。直近では企業単位で社会人をターゲットにした取り組みを開始していたり、公立の小中学校に導入していただく自治体向けのビジネスも調整しています。
導入事例に関して、われわれの仮説ではあるんですが、顧客と話す行為、つまりトークが重要な業種は当社のサービスと相性が良いと考えています。東京海上日動様には2023年4月から保険募集人の育成プログラムで導入していただき、保険営業として独り立ちするまでに必要となる知識・スキルを習得するための6カ月間の研修プログラムを提供しています。専門知識の多い保険領域との相性が非常に良く、また、これまで対面形式で一斉に研修を実施していたのに対し、受講する本人のスケジュールに合わせた学習が行えるとの声をいただいています。
image: モノグサ
―ビジネスモデルはどのような形態ですか。
今のところ、次の2パターンがあります。1つ目は基本の利用料金で、生徒1人当たりをいくら、従業員1人当たりをいくら、といった形がベースにあります。もう1つは、出版社などを対象にしたマーケットプレイスで、Monoxer向けのコンテンツを販売できる場を提供しています。コンテンツの販売収益を、出版社と当社で分配するという形です。
―大企業との提携などに関心はありますか。あるとすれば、どういった形態が望ましいでしょう。
提携とは少し異なりますが、先ほど申し上げたMonoxerのマーケットプレイスにコンテンツを出品いただくとか、当社のお客様として接点を持っていくという形になると思います。学術面では、東京学芸大学様と教育現場でのICTツールの有効活用した授業モデルなどを研究する共同プロジェクトを立ち上げています。
当社は記憶に関連したサービスをやる会社だと思っていますので、記憶に興味をお持ちいただける場合や、記憶の面で事業のアップデートにつながるケースなど、良い座組があれば提携も前向きに検討したいと思っています。
記憶のプラットフォームに
―リクルート時代はオンライン学習サービス「スタディサプリ」の事業に携わったそうですね。教育関連サービスへの関心が強かったのですか?
子供の頃の体験を通じて、世の中の教育格差の是正につながるようなサービスを作りたいという夢がありました。そうして社会人4年目で最初に教育関連のサービスに携わったのが「スタディサプリ」です。高校向け営業組織の立ち上げなどに取り組みました。
スタディサプリは、映像授業を低価格で視聴できる、カリスマ予備校講師の授業を受け放題のようなサービスです。しかし、映像授業を見ても成績が思うように上がらないというか、相関関係が出ない。いいサービスなはずなのになぜだろうと考える中で、記憶を定着させることの重要性や、それに対する解像度が高まっていった時期です。
課題が分かり、解像度も上がる一方、リクルートという大組織の中では承認など手続き面での難しさもありますし、一緒に課題解決に取り組みたいと思っていた畔柳が来てくれるわけでもないということで、どんどんモノグサの起業に傾いていきました。
―最後に、今後の短期的・長期的な展望について教えてください。
短期的には、モノグサを使ったら確実に成績が上がるという結果を起こすことです。英単語を覚えたい、偏差値を上げたい、英検を取りたい、といった学習の目標に対して、明確にモノグサが結び付いている状態というのを色々な領域で作っていきたいです。
当社は、記憶が誰にでも負荷なく自然に行える活動になることを目指し、「記憶をもっと容易に、より日常にすること」をミッションに掲げています。これが実現し、本当に記憶が日常になった時であれば、誰が何を覚えているのかを可視化できる、何なら記憶を人に見せることすらできるというのが世の中に提示できる新しい価値観かなと思っています。
例えば、一瞬で就職のマッチングをすることが可能かもしれないし、反対にこの素養を身に付けたらこんなにお仕事ありますよ選択肢を広げることができるかもしれない。そういったところまで、記憶のプラットフォームとして浸透していきたいというのが長期的な展望です。