宇宙ビジネスは活況を呈し、人工衛星の打上げ数は2030年頃までに4,000機以上になると予想されている。しかし、打ち上げられた小型人工衛星の多くは推進システムを搭載しておらず、軌道や姿勢を制御するのが難しい。高推進力を持つ液体燃料には爆発性や可燃性があり、安全管理にコストがかかるためだ。この課題に対し、革新的なソリューションを提供するのが、2020年設立の北大発スタートアップ「Letara(レタラ)」だ。同社は、特許技術のプラスチック燃料を用いた高推力・安全・安価な小型人工衛星用推進ユニットを開発し、実証試験を実施中。NEDOの支援事業にも採択されている。同社の技術と今後の展開について、ケンプス・ランドン(Landon Kamps)共同CEOに聞いた。

目次
アフガン派遣で感じた人工衛星の恩恵
宇宙の「ラストマイル輸送」、どう解決する?
北海道の旧廃校で火を吹く推進システム
「地上のような宇宙空間」を目指して

アフガン派遣で感じた人工衛星の恩恵

―宇宙ビジネスを手掛けるようになったきっかけを聞かせてください。

 私はアメリカの大学で航空宇宙工学を専攻し、そこで得た知識を基盤に、卒業後は米陸軍の情報士官としてキャリアをスタートさせました。2012年にはアフガニスタンに派遣され、砂漠地帯にある最前線の拠点で任務に就きました。その地域は、周囲に道路や通信網といったインフラが全く整備されていない環境でしたが、最先端の軍事用人工衛星技術が、この過酷な環境に驚くべき可能性をもたらしていました。インターネット接続や天気予報、設備の管理といった機能が人工衛星を通じて利用できたのです。

 しかし、そこで目の当たりにしたのは、この画期的な技術が軍事目的に限られており、地元の人々にはまったく恩恵が届いていない現実でした。この状況を非常にもったいないと感じると同時に、技術と人々をつなげる方法について強く考えさせられました。この経験を通じて、人工衛星が人々の生活を根本から変える可能性を強く実感し、宇宙技術に対する興味が一層深まりました。

―Letaraを起業するまでの経緯を教えてください。

 陸軍にいる頃から大学院に進みたいと考えていたのですが、宇宙ロケットや人工衛星に関する研究者について調べる中で、固体燃料と液体燃料を利用するハイブリッドロケットの研究で著名な北海道大学の永田晴紀教授のことを知りました。そして、教授とやり取りするうちに、宇宙インフラ作りのボトルネックになっているのが安全性とコストであること、その問題を新たな推進システムで解決することを使命として研究に取り組んでいることに感銘を受け、軍を除隊し、2015年に北海道大学工学院に入学しました。

 大学では、宇宙環境システム工学研究室の研究生として、ロケットの黒鉛ノズル設計などの研究に取り組みました。博士課程修了後は、JAXA大学共同利用連携拠点で博士研究員として活動し、小型宇宙機用のキックモーター(軌道変換用ロケット)の開発に携わりました。

 その時、JAXAの人などと話す中で、この技術をビジネスとして立ち上げることができるのではないかと考えるようになり、同じ研究室の先輩だったハイブリッド化学推進システムの第一人者の平井翔大(共同CEO)と出会い、2020年6月にLetaraを起業したのです。

ケンプス ランドン
共同創業者 / Co-CEO
1988年アメリカ・フロリダ州生まれ。2011年に米陸軍の小隊長としてアフガニスタンに派遣。より平等な民間宇宙インフラの実現を目指し、軍を退職して北海道大学工学院に入学する。博士号取得後、2020年より北海道大学の特任教授として従事。2021年にLetaraを起業し、平井翔大氏と共にCEOに就任。

宇宙の「ラストマイル輸送」、どう解決する?

―現状の宇宙開発の手法には、どのような課題があるのでしょう?

 人工衛星を静止軌道に打ち上げるには大型ロケットが必要で、莫大なコストがかかるため、SpaceXなどの民間企業は小型ロケットで低軌道に人工衛星を投入するビジネスを展開しています。しかし、今後、高軌道や月に宇宙ステーションなどを作ることを考えると、低軌道から最終目的地に物資を送る「ラストマイル輸送」をどのように実現するかが重要になってきます。実際、大型ロケットで最終目的地に向かうより、いったん低軌道に機器や物資を送り、そこから最終目的に輸送する方がコストも安く済みます。

 ところが、現在低軌道に投入されている小型人工衛星の多くは、推進システムを搭載していないため、ラストマイル輸送ができません。その最大のネックになっているのが「推進剤」です。人工衛星の推進系には、一般的にイオン、水蒸気、液体燃料などが使用されますが、イオンや水蒸気は推進力が低く、目的地に着くまでに長い時間がかかってしまいます。

 一方、液体燃料には大きな推進力がありますが、可燃性が高いために爆発のリスクがあり、人工衛星の軌道変換用の推進システムには向きません。人工衛星の軌道を何度か変えて目的地に向かわせたり、役目を終えた後に宇宙デブリにならないように軌道から離脱させたりするには、長期間、安定的に貯蔵できる燃料でなければならないからです。

 比較的安定して貯蔵できる液体燃料としては現状、ヒドラジンがありますが、毒性が強く、腐食性もあるので取り扱いが非常に難しいという問題を抱えています。これらの問題に対し、解決策を提供できるのが、当社の推進システムなのです。

image : Letara 人工衛星向けの推進エンジンと燃料

―御社のシステムの特徴やメリットを教えてください。

 当社のハイブリッド化学推進システムは、プラスチックなどの固体燃料と液体酸化剤燃焼の両方を利用するものです。プラスチックの固体燃料は安全性が高く、液体酸化剤は高い推進力を出すことができるため、ハイブリッド化学推進システムは最も安全で高推力の推進技術と言われています。宇宙空間で小型衛星を短時間で移動させるには、100Nの推進力が必要ですが、当社は北海道大学での実験で40,000Nの出力を実証済みです。

 また、当社のシステムは固体燃料に着火し、衛星を移動させ、いったん燃焼をシャットダウンした後、再び点火して複数回使用することも可能です。宇宙空間で着火・再点火することは簡単ではありません。それを低電圧・低電力で信頼性高く再点火できることが、私たちの技術的な優位性です。

 安全性に関しても、当社のプラスチック燃料は無毒な上に、不燃性および非爆発性を有しています。液体燃料エンジンなどと異なり、取り扱いに特別な資格を必要とせず、固体のプラスチック燃料を素手でも扱うこともできます。

 そして、3つ目のメリットは、コストが安いことです。非プラスチックの成分と組み合わされているプラスチックは、一般的にリサイクルが困難で、廃棄されることが大半です。しかし、推進剤として燃焼するプラスチック製の固体燃料は、非プラスチック成分が混在していても利用できるため、原料価格が安く済み、低コストで製造可能です。さらに、3Dプリンターで製造できるので、必要な時にサイズや形状をカスタマイズして、必要な分だけ製造できますし、固体のまま安全に長期貯蔵できることから、保管にかかるコストも抑えられます。

―御社の推進システムは、具体的にどのような形で使用されるのでしょうか?

 SpaceXなどが手掛けている「ライドシェア」を利用することを想定しています。これは、複数の小型人工衛星を1つのロケットに相乗りさせて、低軌道や中軌道まで打ち上げ、そこから各衛星が離脱してそれぞれ目的とする軌道に移動するものです。この方法を使えば、コストを最も安くすることができますし、低軌道などへの打ち上げは何度も繰り返し行われているオペレーションなので、失敗のリスクも抑えられます。そのロケットに当社の推進システムを搭載した人工衛星を載せるのですが、当社の推進剤は安全性が高いため、爆発などを起こして相乗りしている他の人工衛星に被害を与える心配もありません。

 近年、人工衛星の打ち上げ件数は急速に増えていて、ライドシェアの席もすぐに埋まっていきます。ロケットの打ち上げのタイミングは決まっているので、デッドラインに間に合うように人工衛星とエンジンを組み合わせて機体を統合しなければなりません。エンジンの納期が遅れれば、計画が狂ってしまいます。その点、当社のエンジンは短期間での納品が可能で、打ち上げのスケジュールにスピーディに対応できるのも、大きな利点になります。

北海道の旧廃校で火を吹く推進システム

―これまでの事業の進捗状況をお聞かせください。

 北大での推進システムの開発を経て、地上での実証試験を行うために北海道滝川市と契約を結び、廃校となっていた旧江部乙中学校の校舎やグラウンドなどを利用した研究開発施設を今年9月にオープンさせました。実際に人工衛星を宇宙に送るには、振動試験や長時間の燃焼試験、予測通りの推力が出るかどうかという試験を行い、JAXAの認定を受けなければなりません。大学やJAXAの施設を借りるという方法もありますが、それらの実証試験をよりスピーディに実施するために、NEDOや経済産業省などから約4億円の資金を調達し、自前で研究開発拠点を整備したのです。

 当社は、地上での実証試験に続いて、今後1~2年を目安に宇宙空間での実証を重ね、信頼性を高めていく予定です。

―御社の技術や事業に競合はいるのでしょうか?

 推進システムにプラスチック燃料を使うアイデアは以前からありましたが、実際に宇宙空間でそれを小型人工衛星に実装した企業はありません。当社が成功すれば、世界初の快挙となるでしょう。

―世界に先駆けて、御社の研究開発が進展してきた理由は何でしょう?

 一つには、北大の永田研が25年にわたってプラスチック燃料による推進技術を開発してきたという歴史的なバックボーンがあります。私と平井が開発に加わってからも、すでに10年経っていますが、この研究において、長い間、世界の最先端を走ってきたことが大きな財産になっています。もう一つは、我々は2017年からJAXAの宇宙科学研究所の教授とこの推進システムが実用化できるかどうかという検討を行ってきていて、そのタイミングで同様の研究をしているのは、世界を見渡してもNASAのジェット推進研究所ぐらいしかなく、非常に先進的な取り組みだったということです。

 研究期間が長く、かつ経験豊富な研究室のノウハウを活用できる点が我々の強みであり、この分野において世界をけん引するポジションにいると思っています。

image : Letara

「地上のような宇宙空間」を目指して

―今後、どんな企業とどのような形でパートナーシップを組んでいきますか?

 当面は、人工衛星などの打ち上げ・運営の実績を増やしたい企業がユーザーになりますが、先々は宇宙における輸送インフラ構築や、宇宙環境を活かしたモノづくりの企業ともパートナーシップを組んでいくことになるでしょう。

―将来的に宇宙開発はどのような形で進んでいくとお考えですか?

 宇宙空間で製品を作り、保管し、必要とする場所に輸送するといった形で、地上と同じような活動ができるインフラ構築が進んでいくでしょう。そのような世界を実現するためには、宇宙ビジネスに関わる様々な企業が連携してコストダウンや技術革新を追求することが必要です。例えば、SpaceXの登場で、宇宙への輸送コストが30年前に比べて一桁安くなっていますし、当社の推進システムを使えば、それに加えて数十%のコストカットが可能になりますが、最終的にはさらに一桁コストダウンしなければなりません。

 また、推進システムだけでなく、宇宙での製造や保管などのシステムにもイノベーションを起こさないと、ボトルネックに突き当たり、宇宙インフラ整備が滞ってしまいます。

―将来のビジョンをお聞かせください。また、御社に興味をお持ちの企業の皆さんに、メッセージをお願いします。

 宇宙で大量の物や人を短時間で移動させられるようにしたいですね。昔は地上でも、遠くに行くのに長い時間がかかっていましたが、飛行機の技術の発達で、今では地球のどこへでも24時間以内に行けるようになりました。将来は、宇宙においても、ステーションや月など、どこへでも24時間で行き来できるようになることを目指しています。子供の頃からスタートレックやスター・ウォーズが大好きだったので、そういう世界が早く実現することを願っています。

 Letaraの技術は既存の地球軌道活動を改善するだけでなく、深宇宙に到達する将来の人類経済活動の主力となると思います。宇宙空間で大量の物と人が自由に往来できるような未来をぜひ一緒に作っていきましょう。



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