ドイツ南西部のズルツバッハに拠点を置くスタートアップ、Kraftblockは、廃熱や再エネ電力を効率的に「熱」として蓄え、産業プロセスに再利用できる蓄熱システムを提供している。本来は大気中に放出されるはずだった廃熱を再利用できる点に強みがあり、350度から最大1,300度という高温を長期間安定的に蓄えることが可能だ。蓄えられた熱は必要なときに放出され、再生可能エネルギーとして活用できるほか、加圧水による蒸気発電にも対応する。共同創業者でCEOのMartin Schichtel氏に話を聞いた。

目次
捨てられていた熱を貯蔵するため創業
上限温度を1300度に設定した理由
グリーン水素にはない、廃熱利用のメリット
2022年から三菱パワーヨーロッパと協業

捨てられていた熱を貯蔵するため創業

―創業のきっかけは?

 Kraftblockを立ち上げる以前、私はさまざまな業界で高温アプリケーションに関わる仕事をしてきました。たとえば、炉の効率を高める特殊コーティングの開発や、煙道ガスライン用の付着防止コーティングの提供などです。そうした現場で特に印象的だったのが、鉄鋼業やセラミック業界で大量のエネルギーが無駄に捨てられているという事実でした。

 なぜ、この余剰エネルギーは回収・再利用されないのか? なぜ大気中にそのまま放出してしまうのか? この素朴な疑問が、創業の原点となりました。

Martin Schichtel
Co-founder & CEO
ドイツのザールラント大学にて化学・ナノテクノロジーの博士号を取得。同大学での研究開発を経た後、ザールラント大学での研究、ItN Nanovationでのスマートコーティング部門の責任者、Viking Materialsでのゼネラルマネジャー職を経験。2014年にKraftblockのCEOに就任。

―2022年には、オランダのPepsiCo工場向けプロジェクトを受注されています。ガスボイラーからKraftblockのシステムへ切り替えることで、CO2排出量が年間1万7,000トン(98%)削減されるそうですね。Kraftblockの強みは何でしょうか?

 私たちは、「熱の貯蔵」に特化した標準化されたプラットフォームを提供しています。基本単位はコンテナ式のモジュールで、すべて同じ構造を持ち、中には熱を効率よく吸収する特殊な球状素材が入っています。このモジュールを必要な分だけ積み重ねることで、2個でも10個でも800個でも、柔軟に熱容量を調整できます。

 この標準化が、保守のしやすさや運用コストの低減につながっています。

 さらに、充電(熱の入力)と放電(熱の出力)のインターフェースが統合されており、設置後すぐに稼働できるのも大きな特徴です。熱源も柔軟で、工場からの廃熱はもちろん、風力や太陽光といった再生可能エネルギーを活用することもできます。再エネが利用できない場合でも、電力網から電気を取り込み、それを熱に変換して蓄えることが可能です。

 蓄えた熱エネルギーは、工場の生産工程や暖房など、さまざまな用途に使えます。

 また、私たちは充放電に必要なヒーターやファン、熱交換器といった機器を自社で製造していません。すべて市販品を使用し、それらを最適に組み合わせることで、高効率かつ低コスト、そして導入しやすいシステムを実現しています。これは経済性の面でも大きな強みです。

 ちなみに、PepsiCoのプロジェクトでも他社と同じ標準モジュールを使用していますが、同社の場合は電化による運用です。電力を熱に変換して充電し、その熱は、ポテトチップスなどを揚げるための油の加熱に活用されています。

image : Kraftblock

上限温度を1300度に設定した理由

―他に工夫している点があれば教えて下さい。

 多くの顧客は、CO2排出量を削減するだけでなく、コスト削減も同時に実現したいと考えています。さらに可能であれば、新しいシステムの導入によって収益を増やしたいというニーズもあります。Kraftblockのシステムは、そうした顧客の期待に応える、非常に説得力のあるソリューションです。

 例えば弊社では、コンテナ式の貯蔵モジュールだけでなく、蓄熱温度も標準化しています。競合他社の中には「1,500度」や「2,000度まで対応可能」とアピールしているところもありますが、私たちは上限温度を1,300度に設定しています。実際には弊社の技術でも2,000度まで対応は可能ですが、業界全体を調査した結果、98%以上の企業が1,300度以下の温度しか必要としていないことが分かりました。

 このように、あえて必要以上のスペックを求めず、温度を標準化することで設計・製造・運用がシンプルになり、コストの最適化にもつながっています。

 インドの製鉄会社での事例が、Kraftblockの価値をよく表しています。この工場では、私たちのシステムを導入することで数メガワット時分のガス消費と、年間3万トンのCO2排出を削減することができました。さらに、Kraftblockの貯蔵モジュールは非常にスマートに運用される設計となっており、システム全体の効率を2%向上させることも可能です。このわずか2%の向上が、顧客にとって大きな経済的インパクトとなり、本当の意味での付加価値を生み出しているのです。

image : Kraftblock

グリーン水素にはない、廃熱利用のメリット

―SNS上では「グリーン水素業界が停滞している」と言及されていましたが、その背景を詳しく教えてください。

 まず誤解のないようにお伝えしたいのは、私は水素技術の大ファンです。ただし、同時に現実的な視点も持ち合わせていると自負しています。水素は特定の用途では非常に有用ですが、例えばPepsiCoのプロジェクトでは、水素は適さない選択肢でした。

 その理由は主に2つあります。ひとつはコストの高さ。もうひとつは、より重要な点として、水素を生成する過程で再生可能エネルギーの大部分が失われてしまうことです。水素を用いて熱を得る場合、生成した水素を燃焼させます。確かにその際にCO2は発生しませんが、水素を生成・輸送・貯蔵し、最終的に燃焼させるまでに、元の再エネ電力の55〜60%がロスします。

 一方、私たちKraftblockのシステムでは、再生可能エネルギーをそのまま熱として貯蔵・活用するため、エネルギーの95%を保持できます。グリーン電力の効果を最大限に活かせる点が、私たちの強みでもあります。

―PepsiCoやインドの製鉄会社の事例以外に、他のプロジェクトについても教えていただけますか?

 現在、公式に公表しているのはPepsiCoとインドの製鉄会社とのプロジェクトの2件ですが、それ以外にもいくつかの取り組みが進行中です。

 例えば、ドイツのComet社とは廃熱回収をテーマにしたプロジェクトを進めています。また、インドの別企業との提携についても、近く正式発表できる見込みです(インタビュー日である2025年6月6日から約4週間後を予定)。

 さらに、スペインでも新たなプロジェクトを開始しており、PepsiCo案件の約5倍規模となる可能性のあるドイツ国内プロジェクトも検討中です。

 Kraftblockの技術は、2019年にドイツのセラミック業界向けに初導入されました。このとき展開した熱ストレージシステムは、今も安定して稼働しており、すでに6年の運用実績を積んでいます。PepsiCoに導入した貯蔵モジュールも、基本的にはこの時の技術と同じものですが、スケールが異なる点が特徴です。

 このセラミック業界の顧客は、初期導入の成功を受けてさらなるスケールアップと完全な脱炭素化に向けて動き出しています。こうした長期的な信頼関係と実績の積み重ねこそ、私たちの技術の信頼性と汎用性を裏付けるものだと考えています。

image : Kraftblock

2022年から三菱パワーヨーロッパと協業

―2022年より三菱パワーヨーロッパ(三菱重工グループの欧州現地法人)と協業されていますが、日系企業との協力の予定は他にありますか?

 はい。現在、日本のSBI銀行が関係する産業系ファンドの投資家と話を進めています。このやり取りの中で、日本市場におけるニーズや商機を理解するために、10〜15回にわたる会合を重ねました。そして、日本で私たちのサービスやソリューションを展開するための協業の可能性についても議論を深めています。

 昨年から日本市場の調査を本格的に始めました。具体的には、日本における再生可能エネルギー資源の分布や、余剰電力がどこで得られるのかをマッピングし、私たちのような熱エネルギー貯蔵システムにどの程度の需要があるかを分析しています。今は、電化を進めながらエネルギーの無駄を回収するという視点から、日本市場に適したパートナーを探している段階です。

 典型的なドイツ企業として、私たちがいきなり日本で単独でビジネス展開するのは現実的ではありません。だからこそ、ローカルの信頼できる企業とチームを組み、影響力を高めながら市場にアプローチすることが重要だと考えています。

 理想的なパートナーは、三菱のように技術力があり、私たちのソリューションを幅広い産業に届けられるEPC(設計・調達・建設)企業だと考えています。

―ビジネスモデルについて教えて下さい。

 2023年末までは、私たちは典型的なシステム販売モデルを採用していました。Kraftblockが設計・設置を行い、システムは顧客の所有となり、運用も顧客が行うというスタイルです。PepsiCoもこの形式です。

 しかし2024年からは、「Heat-as-a-Service(熱のサブスクリプションモデル)」という新たなビジネスモデルも展開しています。このモデルでは、Kraftblockがシステムを所有・運用し、顧客は得られた熱の使用量に応じて支払うだけです。初期投資を必要としないため、特に資本支出を抑えたい企業にとっては魅力的な選択肢です。

 また、日本で信頼できるEPCパートナーを見つけられた場合は、ライセンスモデルの形をとる可能性もあります。このモデルでは、Kraftblockが技術面とモジュール設計を担当し、ヒーターやファンなどの調達・設置といった部分はパートナー企業が担います。このように役割を分担しつつも、全体のシステムは「Kraftblockシステム」としてブランド展開する予定です。

―今後のマイルストーンを教えてください。

 直近の目標としては、今後6〜12カ月の間に2〜3件のプロジェクトを契約・始動させることです。

 中長期的には2つの柱があります。ひとつは、Kraftblockの製品とシステムを国際的に拡大していくこと。もうひとつは、顧客にとっての「エネルギーハブ」としてKraftblockの存在感を確立し、エネルギー・インフラのプラットフォーム企業となることです。

―日本の潜在的な投資家や読者に向けて、伝えたいことはありますか?

 私たちは日本を非常に重要かつ魅力的な市場だと考えています。鉄鋼、セラミック、化学といった高温産業が数多く存在し、Kraftblockのシステムが実際に価値を提供できる余地が大きいからです。

 また、アジア全体での展開拠点を探している中で、日本にはグローバルに積極展開している企業が多く、三菱のように相性の良いパートナーも存在します。

 最後に付け加えると、日本とドイツは考え方や文化的価値観が非常に近いと感じています。どちらも保守的でリスク回避を重視する傾向があり、長期的視野で物事を捉えます。だからこそ、日本で良いパートナーと巡り会えることは、私たちにとっても大きな前進になると確信しています。



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