目次
・OLED分野の権威の下へ、九州大の門叩く
・AR/VRグラスに活用できる新技術を開発中
・量産化で大手メーカーとの協業も視野
OLED分野の権威の下へ、九州大の門叩く
―KOALA Techは九州大学発のスタートアップですが、九州大学に来られる前の経歴や創業までのストーリーを教えてください。
私はアルジェリアの科学技術大学で電子工学の学士号を取得しました。卒業後、アルジェリアにあるサムスンのフランチャイズ企業で、アフターサービス部門に勤務しました。ここでの仕事は、製品の問題を受け取り、修理や報告を行い、その報告を韓国のサムスン本社に提出するというものでした。約3年間この仕事に従事し、新卒として初めてのリーダーシップの経験をしました。この経験は、私のキャリアにおいて非常に重要な一歩でした。
その後、新技術への情熱を追求し、キャリアの発展を模索する中でフランスへと移り、マイクロ/ナノエレクトロニクスで修士号を取得しました。そして、半導体技術、特にディープテックや先進的なデバイスの製造に興味を持ち、有機太陽電池についての博士研究を進めました。有機エレクトロニクスは、伝統的な技術分野での革新が難しい中、新しい技術領域であり、色鮮やかで柔軟性のある電子デバイスの研究を通じて、先駆者としての新たな発見やイノベーションの可能性を探求しました。
博士号を取得した後、さらに技術を探求し、海外で経験を積むことを目指しました。OLED分野の権威である九州大学の安達千波矢教授(2012年に第3世代の有機EL素子を開発)の下で研究を行うことにしました。私が長年にわたり持ち続けてきた、新たな技術や文化を発見し、学び続けたいという情熱によって、この決断をしたのです。
九州大学で安達教授の指導の下、ポスドク(博士研究員)として3年間働きました。そこでは、OLEDや有機レーザーについて掘り下げる研究を行いました。ポスドク期間の3年間が終わった後、「会社を設立するのはどうだろう?」という話題になり、会社設立の具体的な話し合いが進められました。私は、研究成果を市場にどう出していくかを考えたいと思っていました。アカデミアと産業界にはギャップがあると感じていましたので、研究成果を社会にもたらすには、誰かがそのギャップを埋めなければなりません。会社設立の話を聞いて「これは良いタイミングだ」と思いました。ちなみに、会社名のKOALAは、オーストラリアの研究所と共同研究していたことから思いつきました。
AR/VRグラスに活用できる新技術を開発中
―有機半導体レーザーダイオード(OSLD)技術をどのように活用するか、そして開発状況についても教えてください。
当社では、OLED技術とレーザー技術を組み合わせた、特定の方向に光を送る光源の開発に取り組んでいます。OLEDの場合、光は全方向に広がるため、どの角度からでもスクリーンを見ることができます。しかし、ARグラスやVRグラスで使われるようなアプリケーションでは、多くの光学素材を通過する際に光が失われがちです。そこで、光が直進するような光源を作ることで、光学素材を通しても輝度を高められるのです。私たちの目指すのは、不要な方向に光を放たない、方向性を持った光源を作ることで、特にスマートグラスなどの用途において、高い輝度を実現することです。
スマートグラスは、産業用途での使用などが考えられます。3D表示を利用した教育などにも応用できるでしょう。教師や学生が特定の形状をイメージする必要がある場合、3Dイメージを表示するために利用できます。
開発状況ですが、ディスプレイには赤、緑、青の光が必要です。現在、私たちは青色の光源を開発しました。そして、今は青色の改善に加えて、緑色の開発に注力しています。2024年末までには赤色も追加したいです。来年にはRGBがそろう見込みです。
―有機素材を使うという点についてどのようなメリットがあるのでしょうか。
従来の技術ではシリコンを使用しています。これは非常に強固な結晶で、結晶内の原子は強い結合を持っています。しかし、私たちは有機材料、つまり炭素と水素の鎖を使用しています。例えば、炭素と水素で構成される分子があるとして、それに隣接する別の分子との結合は非常に弱いです。これがプラスチック材料の特徴です。私たちの場合、電気を伝導できるが伝導率はそれほど高くない、いわばプラスチックのような半導体材料を使用しています。
有機材料の大きな利点は、製造コストが従来の技術よりも低いことです。例えば、半導体を製造する際には、1000度を超える高温に達することもありますが、有機材料の製造には200度程度で済みます。これは、よりエコフレンドリーであるだけでなく、製造装置も大幅に小さく、コストもはるかに安価になります。
私たちが成し遂げたブレイクスルーは、光の方向性の制御です。ナノ構造は非常に小さく、ナノ構造をOLEDデバイスに統合することで実現しました。一部の特定の材料は自ら製造し、他の材料は購入しています。これらの材料を組み合わせることで、光の方向性を最適化できるようになりました。この技術は九州大学から生まれたばかりで、現時点では同じような技術を扱う競合他社は存在しないと思います。
image: KOALA Tech
量産化で大手メーカーとの協業も視野
―日本企業とのパートナーシップについてはどのようにお考えですか。
私たちの競合はOLEDパネルの製造業者かもしれませんが、別の見方では、そうした製造業者は私たちのパートナーになる可能性もあります。私たちスタートアップは大量生産のための資金で大企業には適わないので、知的財産(IP)や核となる技術を提供し、技術をスケールアップするために大企業と連携する可能性は大いにあります。現在、私たちはソニーとの間で共同開発契約を結んでおり、2年後にはスマートグラス向けのマイクロディスプレイのアプリケーションを実用化できる仕様を確立したいと思っています。
パネルの製造パートナーとしては、ソニーのような大手企業が最適です。しかし、当社は特定の用途やニッチ市場向けにOLEDを製造したいと考えている小規模な企業にも協力できると考えていますので、パートナーは広く募集しています。現在、大企業から派生した小規模な部門や、独自のOLEDパネルを製造している企業が興味を持っています。日本企業ではそのような企業の引き合いは少ないですが、海外では多く存在しています。実際、最近ではそのようなスタートアップの1つがサムスンに買収されています。
―事業化の先にある、長期ビジョンについてお教えください。
私たちはスマートディスプレイの実現に貢献することです。現在のディスプレイは単に映像を表示するだけですが、私たちはディスプレイにセンサー機能を加えることで、ディスプレイがユーザーと「対話」できるようにしたいと考えています。
例えば、現在のスマートフォンには顔認識や指紋認証のためのセンサーがありますが、将来的にはディスプレイにさらなる機能を加え、ディスプレイ自体がインテリジェントで、センサー機能も持つスマートディスプレイにすることを目指しています。このようにして、有機素材の柔軟性を活かし、人々に優しい社会を築くためのエレクトロニクスを実現することに貢献したいと思っています。
―Apple Vision Proがリリースされ、「空間コンピューティング」というコンセプトを示しました。彼らの動きについてどう思いますか。
私は、3Dデータ活用への良いスタートだと思います。スマートグラスやヘッドセットの未来は3Dでの表現にあるからです。現実空間とのやりとりを改善するためにも、3Dは重要な方法の一つです。そのため、3Dデータの特別な計算が非常に重要です。そのためには、特定の光源が必要です。スマートグラスやヘッドセットに必要な光源や光の特性を考える上で、新しい製品が普及することは非常に重要です。
私たちは自社の技術がARグラス用のマイクロディスプレイに4、5年以内には応用したいと考えています。大量生産レベルに到達するにはさらに時間が必要ですが、私たちはニーズに合った良いプロトタイプを作りたいです。その後の大量生産はソニーなどのパートナーが担うでしょう。
―将来的なパートナーや顧客に対してのメッセージをお願いします。
日本でのスタートアップ活動において、大企業からのサポートが非常に重要だと感じています。特に、ソニーや三菱といった日本の大手企業の存在は、私に大きな印象を与え、日本でのビジネス展開を選択する決定的な理由となりました。スタートアップエコシステムは国によって大きく異なりますが、日本は新技術の試験やサポートを受けるには最適な場所です。ここでは、金銭的な支援だけでなく、日本でのビジネス運営やグローバル市場への展開方法についての理解を深めることも、サポートの一環とされています。
このような協力関係は、大企業にとっても有益だと思います。私たちのチームは、ソニーとの共同作業を通じて、大きな成長を遂げることができました。大企業の人々の豊富な経験が、非常に良い影響を及ぼしているのです。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)からの資金提供や、研究開発チームとの連携は、非常に良いことだと思います。
私たちのいる九州地方では、電子領域での人材を見つけることが難しいですが、関東地方を含め日本には多くの高度にスキルを持った人材がいます。一方、九州は新しい会社を設立するのに適した場所です。全国から高度にスキルを持った人材を招くことが重要だと考えています。
image: KOALA Tech