宇宙への興味の原体験は「スター・ウォーズ」
―宇宙への憧れの原点となった経験を教えてください。
小学生の頃に公開された「スター・ウォーズ」シリーズに登場した、宇宙船などを見て「ああいうものを作りたい」と思ったのが始まりです。当時はまだ、作り方マニュアル付きのレゴのスター・ウォーズセットなどがまだない時代でしたから、単品のレゴブロックを組み合わせて、一から映画で見た宇宙船を再現していた記憶があります。宇宙への興味の原体験として、「宇宙飛行士になりたかった」とか「天文学や星が好きだった」という話はありますが、私の場合は宇宙船だけでした。一時期は浮気をしてロボットに興味が向かった時期もありましたが、エンジニアリングやメカニックへの興味が根本にありました。
―宇宙への興味へと変化したきっかけは「ロボコン」だったと伺いました。
高校時代の興味の中心は「ロボコンに出場すること」で、大学受験もロボコンに出るためという基準で進路を選びました。ロボコンに出られる学科というのが、東京工業大学の当時の第4類、工学部の機械宇宙学科でした。そのときに初めて航空宇宙学という学問分野があると知り、研究したい方向性と宇宙とが重なったのです。
結局、東工大には受からず、最終的に名古屋大学工学部航空宇宙工学コースを卒業した後、ジョージア工科大学大学院への留学を経て、外資の経営コンサルティング企業に就職します。その後、友人の結婚式で偶然「Google Lunar X Prize」に参加していたWhite Label Spaceの関係者と出会い、それをきっかけとしてHAKUTOプロジェクトへの参加、そしてispaceの創業へとつながりました。
―創業当初、どのような課題があったのでしょうか。
ミッションを実行するための継続的な資金と、ミッションを実行する確実性の高い技術力をどう確保するかが課題でした。
宇宙開発の領域によって違いはありますが、ビジネスとして発展させる領域では、技術の先進性や新規性がボトルネックではないと考えています。宇宙へ行きミッションをこなすことは既存技術で十分可能で、問題はそれを実行するためのビジネス資金や人材の不足です。出資者や利用者が求めているのは「月へ行くこと」や「宇宙で何かを行うこと」であり、技術の先進性は関心の本質ではないはずです。だから、最先端の新技術だけを追い求めると、マーケットにはなりません。
―当時と比較して、変化したことはありますか。
創業当時はそもそも宇宙開発事業で資金調達ができるのか分からなかった時代でしたが、10年前と比べると大型の資金調達も可能になりました。私たちも今年4月に東証グロース市場へ上場し、VCなど一般的なスタートアップへの投資先だけによらず、キャピタルマーケットのなかで大きく資金調達をできる環境にいると考えています。また、株式だけでなく銀行からの融資などさまざまな形での調達がしやすくなってきたと思います。
とはいえ、簡単に資金調達ができるわけではありません。宇宙産業全体が不確定要素の多い先の見通しづらい産業分野であり、投資元からもよく分からないと思われることも多いです。私たちが提示する成長への道筋を実感し、理解してもらうことが、重要になってきていると感じます。
ミッション1の経験を通じ、確信を持てる部分と改善点が明確に
―今年4月の「HAKUTO-R」ミッション1では、どのようなフィードバックを得られましたか。
ミッション1で月面に着陸ができなかった理由については、その後のデータ解析で明確に分かりました。月のクレーターの縁を通ったときに、高度センサーが正確に変化は捉えていたものの、その変化の差が大きすぎたためソフトウエア側でエラーと認識してしまったことが直接的な原因だと判明しました。
エラーの元をただすと、詳細設計を固める審査会の後に着陸地点を変更したことが要因でした。要件が変わる可能性があったため、もちろんわれわれとしても把握できるところは全て確認しましたが、クレーターの縁を通るという点が残念ながら対応できず、今回の事象が起こってしまいました。着陸までの飛行などのデータは取れていますので、データを基に検討を進めており、ミッション2は着実に実現できると見ています。
―ーミッション2に向けての取り組みを教えてください。
ミッション1での経験は非常に大きかったです。ミッション1以前はあらゆるケースを検討する必要がありましたが、ミッション1で検討や想定していたことの正誤が分かり始めているので、現場も非常に進めやすくなっていると思います。ミッション1では全てに不安を抱えていたのに対し、ミッション2では「これはできる」と確信を持って考えられる部分や、さらなる改善のためにすべきところが見えてきました。
また、次のミッション2はミッション1と同じハードウエアを使って行います。ミッション1でハードウエアとしてはしっかりと機能していることは示せていて、問題点だったところも原因がハッキリとしています。着実に改善することで、ランダーの月面着陸とローバーによる探査の技術検証もしていきますので、その後にもつながるよいミッションにしたいと考えています。
当社はミッション3までを計画に掲げていますが、3つのミッションを同時並行できるだけの資金調達を行うことで、前段階のミッションで不測の事態が起こっても、得られた知見を次段階以降のミッションにフィードバックして技術成熟度を高められます。
今までの宇宙業界では、1つのミッションを終えてから次の資金調達をするのが一般的でした。この方法ですと、資金調達に失敗するとそれまで得られた知見が全て無駄になるリスクが非常に高まります。研究開発やデータの継続性を維持する上でも、ビジネスメカニズムをしっかり構築しながら事業に取り組んでいます。
image: ispace
―収益モデルについて教えてください。
収益を上げる事業モデルは3つあり、主力は月面への輸送サービスです。1kg当たりいくらという形で月輸送の容量を販売するものです。これから別の主力にしていきたいと考えているのがデータベースサービスです。月面で獲得したデータをデータベース化し、データベースへのアクセス権を提供するものです。3つ目が目下で進めているのが、スポンサーシップのような形態でマーケティングライツを提供するビジネスです。マーケティングライツを提供するのに付随して協業も行っています。協業企業は各社ごとにテーマを持っていて、マーケティングコンテンツとしてもらう形です。
―技術開発面の取り組みについて意識されていることお聞かせください。
技術的には可能であっても、コストや時間がかかりすぎて経済的に回らないものだったり、社会に受け入れられないものだったりすると意味がありません。その技術や技術が生み出す宇宙資源が、社会に価値を提供する仕組みをどうすれば作れるかという、全体像を描く必要があると考えています。
―国内外の競合企業について、また競合に対する強みを教えてください。
月面の輸送サービス領域では、日本国内には競合はいません。海外では、米国に私たちのような輸送サービスを行う企業が3社あり、競合と認識しています。
ispaceの優位性は、グローバルに事業を展開している点です。競合となる米国企業は自国のルールにより輸出制限が厳しく、米国以外の企業との取引が難しいのです。そのためクライアントはNASA頼りになっています。私たちは売上がNASA以外にも日本、欧州、中東などに分散化している点が特徴となっています。
また、技術面や人材確保面でも同様の強みがあります。米国は技術の流出制限が厳しいことに加えて、人材採用を米国籍者だけに限定しています。ispaceは米国以外の技術も含めて最適なものを組み合わせられたり、米国籍者以外の有能な人材にもアクセスできるという優位性があります。
image: ispace
―国内企業との協業意向についてお聞かせください。
シスルナ経済圏の構築は私たち1社だけでできるとは思っていません。いろいろな企業と協業し、エコシステムを形成していく必要があります。協業の形については、資本提携はもちろんそれ以外のさまざまな協業の形が出てくる可能性はあります。
―現状では、どのような企業や業界が興味を持っているのでしょうか。
月面活動に利用する水素インフラを中心に開発を行っていますので、水素インフラに関わるプレーヤーは関心を示し始めています。水素バリューチェーンのプレーヤーとの協業は先行的に行われる可能性がありますが、今後人間が宇宙に居住するようになると、シスルナ経済圏は人間が住む世界になってきます。すると人間生活に必要なすべてのモノやサービス、インフラが必要になります。
宇宙に関わりのなかった企業にも、AからCまでの各シリーズで投資や賛同をいただいたという経緯もありますので、協業の対象も幅広くなると考えています。宇宙や月を特殊な領域としては捉えず、色眼鏡を外して、実際に動いている物事を一緒に見て可能性を感じていただきたいと思っています。
―最後に、シスルナ経済圏構築へ向けての意気込みを聞かせてください。
シスルナ経済圏のデザインにおいては、どういった経済的なメカニズムができるかを明確にして、多くの人が理解できるようにしていくのが重要だと思っています。その過程でメカニズム構築を突き詰めて、思考を広げていくと、具体的な事業の姿が見えマーケットの形も見えてきて、より多くのプレーヤーが参入し自律的に成長できる環境になっていくと考えています。
また、宇宙開発の継続性・持続性を保ち続けるためには、私たちよりも若い世代が仕事としてちゃんと稼げることが大きな要素になります。特に20歳代以下は日常生活の一部に宇宙が組み込まれていく世代になってくるだろうと思います。出資や投資をする側だけでなく、そこで働く人たちも持続できるシスルナ経済圏を作るために、道を切り開いています。