目次
・「人を助けたい」気持ちが生んだロボット
・データ収集率が10%から92%に向上した事例も
・ロボットとソフトウェア、両方がカスタマイズ可能
「人を助けたい」気持ちが生んだロボット
イタリア生まれのグアラニエリ氏は、2000年にイタリアでコンピュータサイエンスの学位を取得した。ロボット工学を学ぶために日本の文部科学省から奨学金を受け2001年に東京工業大学に入学した。
「基本的に物作りが大好きで、高校のときには電子回路を設計していました。コンピュータサイエンスを勉強する前から、ハードウェアとソフトウェアの両方に興味がありました。日本に来た理由の一つは、昔見ていたロボットアニメの影響もあります。いまもものづくりへの情熱はずっと続いています」
入学した当時、広瀬教授の研究室はなかったが、機械宇宙工学システムの分野で制御系の研究を進め、ソフトウェアの設計なども学んだ。2004年にハイボットを設立し、2007年にはロボティクスの博士号を取得する。
ハイボットでは、主にインフラの点検や補修のためのヘビ型ロボットと、デジタルツインを含むソフトウェアプラットフォーム「HiBox」を統合したロボティクス・アズ・ア・サービス(RaaS:Robotics as a Service)を提供している。ロボットは、これまで人が行っていた危険な場所や狭い場所での作業を代替する。
image: ハイボット
「例えば、飛行機の翼の中やタンクといった危険な場所に入る作業があります。これをロボットが担うことで人は安全な場所から作業できます。ロボットから収集するデータによって、これまでより正確なデータ解析も可能になります」
世界各地の化学工場や発電所、航空機、その他インフラに関わる点検やメンテナンスを担当する人たちは危険にさらされることが多い。広瀬教授の研究室にはさまざまな人々が訪れ、「自社の社員が大変な作業をしている」「問題が多く、解決する技術がない」といった相談が寄せられていた。インシデントが起きれば、それは人命にも関わり、予期しない操業停止の影響も受ける。こうした状況を解決するために投資が行われ、ロボットの研究が進められていった。
「もともと、われわれは人を助けたい、社会に役立つ形で自分たちのノウハウを生かしたいという思いがありました。そのためにさまざまな研究を進めてきましたが、そのノウハウを社会に還元したいと考えたのです。ロボットをリモートで操作できれば、危険な場所に行かずに点検やメンテナンスができます」
データ収集率が10%から92%に向上した事例も
ハイボットが現在のようにロボットとソフトウェアサービスを提供し始めたのは2022年ごろだ。通常、プラントやインフラなど検査すべき資産を持つ企業は、非破壊検査技術を持つ外部の会社に依頼して検査や保守を行っている。ハイボットは、これらの会社に対してロボットとソフトウェアサービスを提供している。ロボットを1カ月単位でレンタルするモデルもあれば、販売するモデルもある。また、非破壊検査会社を通さずにエンドユーザーに直接サービスを提供することもある。
ハイボットのロボットは、パイプやタンクの点検など、狭い場所での作業に加え、放射線がある危険なエリアやボイラーの中でも作業ができる。例えば、欧州のある企業向けには放射性廃棄物の安全な処理を担当している。また、くまなくデータを収集することで、業務効率の向上にも成功している。さらに、人が点検に入るために足場を組む必要がある場合でも、ロボットならその手間が不要となる。
image: ハイボット
「われわれの取り組みの甲斐あって、これまで手が届かなかった場所にも対応できるようになりました。高所や化学プラントなど、これまでは困難だった作業も可能になりました。あるパイプラインの検査では、データ収集率を10%から92%に向上させました。また、以前は1日に1箇所しかできなかったタンクの点検補修作業が、1日に4〜5カ所できるようになった例もあります」
ハイボットは日本のみならずヨーロッパにも拠点を設けて事業を拡大している。事業の売上について具体的な数値は明かされなかったが、RaaS事業を開始した2022年以来、売上は10倍以上の規模になっているという。今後1〜2年の間に資金調達を行い、機械をヨーロッパや北アメリカに展開する予定。また、各地域にハブを設置し、そこからローカルのサービスプロバイダや顧客に対応できる体制を整えていく考えだ。
「レンタルチームを作って、レンタカービジネスと同様にさまざまな地域でサービスを提供できるようにしています。顧客の約3分の2は海外の大手企業で、これらの企業は各地にプラントを持っています。化学関係やゼネコン関係など、問い合わせも増えています」
image: ハイボット
ロボットとソフトウェア、両方がカスタマイズ可能
ハイボットのRaaSは、ロボットとソフトウェアの両方がカスタマイズ可能である。ただし、既存のロボットの先端部分を変更して要件に対応するなど、モジュール化されている。新たに部品を作ることもあるが、基本的には用途を想定したオプションを取りそろえている。
同社はファブレス企業(自社で生産設備を持たず、外注先に100%製造委託しているメーカーおよびビジネスモデル)のため、ロボットを量産する製造設備は持たない。ゼロからの設計が必要な場合、まずプロトタイプを1〜2台設計し、必要な部材を集めて開発する。その開発が完了して要件を満たした後、同じロボットにリピートオーダーがあれば製造パートナーに依頼して量産を行う。
ソフトウェアの面では、AIも活用している。ロボットによって取得した映像やデータからAIが問題を検知する仕組みもある。点検やメンテナンスを行うオペレーターは、リアルタイムにデータを確認しながら業務をすすめることができる。顧客が持つAIモデルやアルゴリズムを使った分析にも対応する。
現在、成長フェーズに入ったハイボットのメンバーは45人ほどで、今後1〜2年で北米や欧州を含めて20人ほど増やす予定だ。それに加えて、社外のパートナーも求めている。グアラニエリ氏は「ビジネスサイドでは、まずサービスプロバイダーを求めています。サービスプロバイダーは非破壊検査会社など、実際のサービスを提供している企業です。このような企業パートナーを次々と増やしており、海外も含めて活動しています」と語った。
ハイボットが目指すのは、インフラのスマートメンテナンス推進に欠かせない「DXプラットフォーマー」だ。同社のビジョンについてグアラニエリ氏は「われわれはもともとハードウェア、特にロボット会社として始まりましたが、ロボットはお客様のニーズに応じるツールとして機能しています。重要なのはデジタルデータであり、そのデータを基にスマートにインフラをメンテナンスしていくリューションプロバイダーとなることを目指しています」と語った。
同社のRaaSは、危険な作業をなくすことで人の負担を減らすだけでなく、コスト削減も可能にする。稼働する場所によっては、1日作業を短縮するだけで何億円ものコスト削減が見込まれる場合もある。設備のダウンタイムを減らすことで、顧客のコスト優位性も高まるのだ。将来のパートナーや顧客に向け、グアラニエリ氏は次のようにコメントした。
「イノベーションは1日で成し遂げられるものではありません。本当に力を入れて一緒に未来を作っていこうという気持ちが重要です。一緒にゴールを見据え、全力で取り組んでいきましょう」