世界では新薬開発品目のうち80%がベンチャー企業から生まれているとされ、日本でもスタートアップによる創薬イノベーションへの期待が高まっている。「フェロトーシス創薬で病気を治す」というミッションを掲げ、世界がまだ見ぬ抗がん剤の開発に取り組むのが、FerroptoCure(フェロトキュア、本社:東京都千代田区)だ。「フェロトーシス」はがんやアルツハイマー病などさまざまな疾患との関連が報告され、新たな治療ターゲットとして世界的に注目を集めている。臨床現場で直面したがん治療の限界を超えるべく、医師から創薬ベンチャーの経営者へと転身し、新薬開発に挑む代表取締役CEOの大槻雄士氏に、創業の経緯から今後の展望について話を聞いた。

目次
がん細胞を死滅させる「フェロトーシス誘導」とは
課題は「資金調達」と「ベンチャー創薬への理解」
薬を開発する立場になって分かったこと
日本発の新薬の成功事例を目指す

がん細胞を死滅させる「フェロトーシス誘導」とは

―起業のきっかけとなった体験を教えてください。

 きっかけは、臨床現場でがん治療の限界を強く感じたことです。呼吸器外科医が担当する手術の大部分はがんの手術で、自然とがん治療に向き合うことが多くなります。手術をして抗がん剤治療を行っても、がんが再発して治療の継続が難しくなる患者さんを何度も目の当たりにしました。そういった現場での経験から、このまま臨床医を続けていても同じような患者さんが今後も多く出てくるのであれば、一度、臨床医としてではなくがん研究の道に進み、新しい治療法の開発に取り組む選択肢もいいのではないかと考えました。

―FerroptoCureの創薬の目的、背景となる技術について教えてください。

 私たちが目指しているのは、治りにくい、あるいは再発しやすい難治性がんに対する新しい治療法の開発で、具体的には2012年に新しく報告された細胞死のメカニズム「フェロトーシス」を誘導する薬の開発に取り組んでいます。

 フェロトーシスとは、がん細胞内で代謝や抗がん剤での治療により活性酸素が蓄積すると、アポトーシス(細胞の自然死)とは異なるメカニズムで細胞が死滅する現象です。がん細胞は、抗酸化物質を利用してフェロトーシスを抑制し、生存を維持しています。この抑制を解除することで、がん細胞を効果的に死滅させることができます。この原理に基づいたフェロトーシスの抑制を解除する「フェロトーシス誘導性抗がん剤」の開発を進めています。

―他社のアプローチや効果と比較したとき、どのような優位点があるのでしょうか。

 技術的な特徴は、2つの標的タンパク質に同時にアプローチする点です。通常、創薬では1つの標的に絞って開発を進めることが一般的なのですが、私たちは研究の過程で、1つの標的だけでは効果が限定的であると気づきました。

 1つの標的に絞った開発により、治療の過程で薬が効かなくなる、いわゆる「抵抗性」が出てくる傾向があります。そこで私たちは、もう1つの関連する標的を加えることで、より強力にフェロトーシスを誘導する方法を見い出しました。この技術は慶應大学の研究室での研究成果が基盤となっていて、担当する教授の前職での研究も含めると20年以上の蓄積があります。

大槻 雄士
代表取締役CEO
北海道大学医学部卒、慶應大学博士課程(医学)修了。2022年にFerroptoCureを創業し、抗がん剤開発リーダーとして研究開発に従事。クリニック経営の経験ももつ。

課題は「資金調達」と「ベンチャー創薬への理解」

―現在直面している課題について教えてください。

 現在の最大の課題は資金調達です。これは創業当初から変わりません。新しい薬が開発されて医者や患者さんへ届くまでの間には、本当に大変な紆余曲折があり、数多くの人や会社が関わっています。中でも、抗がん剤の開発は非常に困難な道のりで、成功確率で言えば1万分の1から3万分の1といった世界です。そのため開発には莫大な資金と時間が必要で、他の疾病の創薬と比べても開発コストが高くなります。

 今年からは海外での研究開発や事業展開を見据えており、そのための資金調達も必要になってきています。また、海外でのコア人材の確保や、大学・医療機関との提携先開拓も課題となっています。海外展開における人材確保の難しさは、言語の違いだけでなく、コミュニティの問題もあります。日本国内ではさまざまな関係性やエコシステムの中で活動できますが、海外ではそういったコミュニティに属していないため、人材の発掘や確保が困難です。

 事業を継続する上で「ヒト・カネ・モノ」は常に課題になるというのを実感しているところです。

―「日本の創薬スタートアップ」であるメリット・デメリットはありますか。

 日本特有の課題としては、ベンチャーに対する理解がまだ十分でないことが挙げられます。例えば、海外では新薬開発品目のうちの8割がベンチャー発の技術を基に開発されています。製薬会社がライセンスを買い取って製造や販売をしています。しかし日本の医療関係者の間では、大学病院や大規模な研究機関を除けば「ベンチャーはいかがわしい」という見方が依然としてあります。創薬ベンチャーに対して親和性を持ってもらわないと、日本発の創薬はなかなか進まないと感じています。

 もう1つの課題は、海外、特にアメリカで事業展開する際に、現地法人がないとなかなか相手にしてもらえないという点があります。投資家や事業会社からも「日本から来た知らない人」と認識されてしまい、デューデリジェンスも厳しいです。現地に人がいないことは大きなデメリットだと感じています。

 一方で、日本の科学力は国際的に評価されているので、大学や研究機関との連携においては、むしろアドバンテージになることもあります。特に、科学の質を重視する研究機関は、日本発の技術に対して関心を示してくれます。

 最近では、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認定VC制度の拡充など、追い風となる動きも出てきています。また、これまで創薬に携わっていなかった企業が参入してきているのも心強い変化です。例えば、富士フイルムのように異業種から創薬分野に積極的に投資する企業も現れています。

―これからのパートナーシップについて考え方を教えてください。

 現在は日本の事業会社との提携事例はなく、VC等などの日本企業からの出資は受けています。今後の海外展開を踏まえると、提携形態での最優先は私たちの技術のライセンシング先との提携、次いで共同研究開発、そして資金提携という順序で考えています。

 特に重視しているのは、抗がん剤の開発に本気で取り組む姿勢を持ち、十分なリソースを投入できる企業との提携です。がんの領域は他の疾患と比べても開発コストが高く、長期的な投資が必要です。そのため、大手製薬企業との提携が現実的な選択肢になります。

image : FerroptoCure

薬を開発する立場になって分かったこと

―臨床医から起業家となって、意識の変化は感じますか。

 最も大きな変化は、創薬におけるビジネスの視点を理解できるようになったことです。医師は基本的に薬のユーザーでしかありません。しかし、実際に薬を開発する立場になって初めて、1つの薬が製品化されるまでの過程がいかに複雑で、多くの業種が関わっているかを実感しました。

 医者が製薬企業のMRへ「なぜこういうデータがないのか」と、よく気軽に質問することがありますが、今では解析した実験結果をデータ化するのにどれだけの人員と資金が必要かを理解しています。「この解析をすれば結果が出るはずだ」という単純な考えは、実際の創薬の現場では通用しません。また、製薬企業も限られたリソースの中で複数のプロジェクトを進めているという現実も見えてきました。

 ベンチャーに比べれば大手製薬企業は圧倒的な資金力や人員を持っていますが、複数のプロダクトを抱えていて、非常に限られたリソースの中でやりくりをしています。その点は他の営利企業と変わりません。「なぜこのデータを出さないのか」という医師からの要望に応えられないのは、必ずしも企業の怠慢ではなく、リソースの制約による場合も多いのです。そこまで考えられる医者も、ゼロではないものの多くはありません。このような理解は、医療の質を向上させるうえでも重要だと感じています。

 私は、すべての医師がこうした創薬のビジネスモデルを理解する必要があると考えています。それは単に薬の使い方を知るだけでなく、治験の結果の見方や、病院経営における薬価の意味など、医療全体を理解することにつながるからです。欧米では、金融業界で経験を積んだ人やビジネスマインドを備えた人が、医薬品の研究開発や病院経営に関わるケースは珍しくありません。

 日本の医療業界は正規化・規格化されていて、そのおかげで国民皆保険制度が成り立っているというプラスの面もありますが、ビジネス視点が欠けがちというマイナス面もあるように思います。すべて欧米のやり方がいいとは思いませんが、その視点は医療サービスの継続の観点からも大事になってくると感じています。

―同じようにベンチャーを立ち上げようとする医師へのアドバイスをお願いします。

 強いて挙げるならば、最初から取り組むビジネスの経験がある仲間を見つけ、一緒に先を見越したプランを立てたうえで取り組むべきです。走り始めてから人を集めるより、走り始めのときに一緒に走ってくれる人の方がビジョンを共有できて理想的だと思います。

 私が起業する際は、リクルートプラットフォームやマッチングイベント、知り合い伝いなどいろいろな方面から創薬ビジネスに興味を持っている人を探し、メンバーを集めました。声を掛ける基準としては、創薬・製薬領域のビジネス経験があるのを前提として、そのうえでチャレンジングスピリットを持ち合わせていることでした。

 大手の製薬企業での経験が長いと保守的な考えをする方もいたり、またアカデミアでの経験があると創薬に対するモチベーションが維持できない、つまり研究だけに打ち込みたいという方もいます。チャレンジングスピリットを重視したのは、私たちはベンチャーなので、大手の製薬企業の環境とは違った、バックボーンのない中で、どのようにビジネスを組み立てて解決し続けていくか、という考え方ができる人を重視して探しました。

日本発の新薬の成功事例を目指す

―今後の展望について教えてください。

 保有しているパイプラインのうち第1相臨床試験段階まで進んでいるのが、乳がん全体の約2割を占める難治性がん「トリプルネガティブ乳がん」の治療薬です。この薬の承認を目指すとともに、ほかのさまざまながんに効果があるというデータもすでに蓄積されていますので、特定のがん以外のがん患者さんを治療できる薬の開発を目指しています。

 また、現時点では経口薬として開発することを選択しています。これは患者さんのがん治療に加えて、患者さんを介護・ケアする家族の生活の質を考慮した判断です。がん患者の介護のために離職する事例も少なくありません。患者さんの周囲の人の負担も減らせる薬にしたいという思いも、コンセプトに加えて研究を進めています。

 私たちのような創薬ベンチャーの成功事例が増えることで、日本の創薬ビジネスのシステムそのものをよい方向へ変えていきたいと考えています。日本発の新薬が続々と成功例として出てくれば、研究開発の場として日本の価値や魅力が高まっていきます。それが新たな創薬につながっていく循環を生み出してくれるはずです。そのためにも、しっかりと新しい薬を患者さんのもとへ届けられるようにしていきます。

image : FerroptoCure HP



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