植物由来の二次代謝産物と呼ばれる有用成分は、医薬品や健康食品の開発に広く用いられてきたが、生産性やコスト面が大きなネックだ。その解決策として今、世界が注目するのが、微生物に異なる遺伝子を導入して二次代謝産物を発酵生産させる合成生物学的手法であり、この分野の先頭を走るのが日本発のスタートアップ、ファーメランタ(本社:石川県野々市市)だ。同社の研究チームは、鎮痛剤などの原料となるアルカロイドを世界で初めて微生物から生産し、その後もWHO指定必須医薬品の原料の生産に成功するなどの研究成果を上げてきた。共同創業者でCEOの柊崎 庄吾氏に、その革新的な研究内容と今後のビジョンを聞いた。

目次
微生物発酵の手間とコストを減らす方法
ファーメランタのすごさは「大腸菌」にあり
2種類のビジネスモデルを想定
石油資源に依存しない未来も夢じゃない

微生物発酵の手間とコストを減らす方法

―起業に至った経緯などをお聞かせください。

 大学卒業後、2社の証券会社に務め、計6年ほど大企業向けのM&Aや資金調達のアドバイザリー業務に従事しました。その業務の一環として、日本の食品飲料会社が持つ発酵技術に関連した市場調査を行っていた時に、海外の企業が微生物を使って化粧品などの原料を製造していることを知ったんです。当時、植物の代わりに微生物を用いて有用成分を生産する合成生物学が、世界的に注目され始めていました。私は学生時代から国際協力に関心があり、ケニアにボランティアに行った際に現地の農業問題を目の当たりにしましたが、合成生物学の技術を使い、新たな発酵プロセスを社会実装できれば、農業をはじめ、さまざまな問題を解決できるのではないかと思い立ちました。

 そこで、その分野の研究シーズを探すようになり、当社の現CSOの南 博道と現CTOの中川 明の研究プログラムを紹介されました。2人は石川県立大学の生物資源工学研究所で15年にわたり、大腸菌を用いた発酵技術で希少な有用成分を作り出す研究を手掛け、鎮痛剤原料のアルカロイドの生産に世界で初めて成功しました。

 従来、微生物を用いて医薬品などを製造する際には、世の中に無数にいる微生物を片っ端から集めてきて、スクリーニングを行い、有用な成分を作っている微生物を見つけ出す方法が一般的でしたが、微生物に異なる遺伝子を導入して有用な成分を作る能力を与えるというアプローチの方が、はるかに効率的です。この技術は、まさに私が求めていたものでしたので、共同創業者として一緒にファーメランタを起業することになったのです。

―御社の技術は、どのような社会課題の解決に寄与するのでしょうか?

 現在、さまざまな医薬品やサプリメントなどに、植物から抽出した成分が使用されています。シンプルな構造の成分であれば、化学合成で作る方法もありますし、実際に実用化もされているのですが、複雑な構造の成分は化学合成では作れません。また、微生物に作らせるにしても、先ほど申し上げたように、膨大な数の微生物をスクリーニングするには、手間もコストもかかります。現状では農業に頼るしかありませんが、植物に含まれる有効成分はごくわずかです。そのため、大量に栽培しなければならず、年単位でしか収穫できない上に、天候にも左右されるため非常に不安定です。さらに、有効成分を抽出した後の植物の大量廃棄も、環境負荷の原因となります。

 それに対し、微生物に目的物質を作る能力を付与すれば、様々な原料物質を数日単位で安定的に生産することができる。このプロセスが社会実装されれば、まったく新しいサプライチェーンを構築することができ、人類と地球の健康増進に貢献することができます。

柊崎 庄吾
代表取締役 / CEO
東京大学経済学部金融学科を卒業後、バークレイズ証券に入社し、その後ドイツ証券へ。一貫して、投資銀行部門にて消費財セクターにおけるクロスボーダーM&Aや資金調達のアドバイザリー業務に従事する。合成生物学の技術的可能性に強い関心を持ち、共同創業者である南・中川氏と出会い、2022年にファーメランタを設立。NEDO SSA(研究開発型スタートアップ支援)フェローにも登録。

ファーメランタのすごさは「大腸菌」にあり

―微生物による有用物質生産の仕組みや、御社の技術の優位性について教えてください。

 そもそも植物は、進化の過程で外敵から身を守るために、多様で複雑な二次代謝産物を生産する能力を獲得してきました。それらの化合物の中には毒性を持つものもありますが、人がそれを少量摂取することで、毒ではなく薬として作用するケースがあります。植物は様々な養分を取り込んで、これらの二次代謝産物を生合成していますが、微生物に生合成遺伝子を組み込み、糖類などを与えることで、植物が作るのと同じ二次代謝産物を作らせることができます。

 この技術は他社でも研究されていますが、当社の技術が特徴的なのは「大腸菌」を用いて微生物発酵を行うという点です。大腸菌は生産効率が高く、例えば鎮痛剤原料となるアルカロイドなどを、他の微生物の1000倍も作ることができます。しかし、それを実現するには、大腸菌1菌株に20以上の遺伝子を導入しなければならないため、非常に難易度が高く、世界でも成功例がありませんでした。しかし、当社の研究チームは、情報解析技術を用いて様々な生物種からの最適な生合成遺伝子を組み合わせることで、大腸菌内で効率的な植物二次代謝産物の生合成経路の構築を実現しました。

 さらに、目的物質の生産効率を向上させるための遺伝子の発現バランスの最適化技術を確立するなど、合成生物学を利用した産業用人工菌株の統合的な基盤技術を作り上げました。この技術を活用すれば、いろいろな原料物質を短いサイクルで大量・安価に生産する道が拓けます。

―御社の技術によって、具体的にはどのような物質を作り出せるのですか? また人体への影響や安全面での懸念はありますか?

 医薬品関係では、鎮痛剤や抗がん剤の原料になるような物質を作ることができます。また、サプリメントや化粧品の原料にも数多くの植物二次代謝産物が使われており、例えばワインなどに含まれているポリフェノールなども、ほとんどの植物に存在する産物ですので、それを目的物質として大腸菌に生合成させることが可能です。

 微生物発酵によって作られた目的物質の純度を100%まで高めた時、自然界にあるものとまったく同じ物質になりますので、それを適量摂取していれば、人体に悪影響を及ぼすことはありません。さらに、植物栽培によって有効成分を得る方法では、大量の水や肥料、土地が必要になりますが、微生物発酵なら資源の消費量を大幅に押さえることができ、廃棄物も削減されます。

 また、微生物発酵は、化学製品など自然界にないものも作り出すことができます。現在、化学製品のほとんどは化石原料から作られていて、大量のエネルギー消費やCO2排出という問題を抱えていますが、微生物発酵で化学製品を製造すれば、そうした環境負荷を大幅に低減できます。当社の技術は、地球環境にも大きな貢献を果たす可能性を秘めているのです。

image: ファーメランタ

2種類のビジネスモデルを想定

―御社の研究は、これまでどのような形で進捗してきているのでしょうか?

 2016年から2020年にかけて、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「植物等の生物を用いた高機能品生産技術開発」プロジェクト(スマートセル・プロジェクト)の採択を受けて、情報解析系の研究グループとの連携により、微生物菌株の構築に係るコア技術を確立してきました。また、2021年からは、生物系特定産業技術研究支援センターが実施する「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」の採択を受け、引き続き研究開発に取り組むとともに、社会実装を通じた事業化の準備を進めています。

 また、企業との共同研究も始まっていて、遺伝子技術によって生物細胞の機能を改変する「セル・エンジニアリング」ソリューションを提供することを目指しています。当社の設立は2022年ですが、今では従業員約20人、業務委託者も10人以上に増えていて、組織的にも大きくなっていますね。

―御社のビジネスモデルや、事業の進捗について教えてください。

 2種類のビジネスモデルを想定していまして、その1つとして、微生物の菌株を作るのがわれわれの得意技術ですので、クライアントが求める目的物質を狙って生合成できる細胞をセルエンジニアリングで作り、その細胞をライセンスアウトするというビジネスを考えています。もう1つは、われわれ自身が作りたい物質がいくつかあり、それを量産して自社で販売していくというビジネスです。菌株の細胞は、最初はラボの中で作り、小型の発酵装置で培養しますが、実用的な量を生産するためにはビール工場のような大型の発酵タンクで培養しなければならないので、事業化にはそれなりの期間を要します。

 現在、ラボレベルでの研究は順調に進んでいますので、生産プロセスを確立した後、スケールアップのフェーズに入ります。スケールアップを外部に委託することも可能ですが、われわれはその部分についてもノウハウを蓄積したいと考えています。まずは自社でパイロットプラントを建てて技術実証を行う予定です。

 課題としては、狙った物質を効率的に生産するためのセルエンジニアリングの技術をさらに高める必要があるだけでなく、スケールアップや商業用グレードの開発、製品販売のための規制のクリアなどが挙げられます。これらの課題を克服するために、優秀な人材をさらに拡充していかなければなりません。

image: ファーメランタ HP

石油資源に依存しない未来も夢じゃない

―今後どのような企業とパートナーシップを組んでいくお考えですか?

 当社は設立間もない小さな会社ですので、事業を拡大するには規模の大きな企業とパートナーシップを組む必要があります。その組み方としては、微生物培養の実績がある企業から委託を受けて当社が作ったものを提供し、量産は先方が行うという形もありますし、共同でスケールアップして一緒に原料物質の製造まで手掛けるという形もありますし、販売パートナーとしてわれわれのプロダクトを売っていただくという形も考えられます。

 ただ、受託一辺倒になると、ビジネスのスケールが限られ、ライセンスフィーだけをもらって食いつなぐような形になってしまいますので、自社でやるべきものについては製造まで手掛けて、サプライチェーンに関わる領域を広げ、収益機会を最大化したいと考えています。

―御社の将来のビジョンをお聞かせください。また、将来のパートナーに対するメッセージをお願いします。

 合成生物学という分野はまだ新しく、実際のプロダクト事例もまだありませんので、夢の世界の話のように聞こえるかもしれませんが、これが活用されるようになれば、さまざまなものが効率的に作り出せるようになります。医薬品原料などは、農業に頼らず、気候に左右されない安定的な生産が可能になりますし、化学製品の製造も石油資源を輸入しなくても作れるようになりますので、地産地消できるようになり、サプライチェーンに一大変革が起きるでしょう。

 われわれは、まずは医薬品やサプリメントなど、人々の健康に資するものを安価、安定的に供給できる体制を整えながら、変革の後押しをしていきたいと思っています。また、世界的に見ても、当社の技術に比肩する企業はほとんどないと自負しているので、海外でも十分に戦っていけるでしょう。

 人々の健康に貢献する日本の伝統的な発酵産業は、世界が認める数々の素晴らしい製品を生み出してきました。そこに合成生物学のテクノロジーを取り入れることで、それらの製品をより効率的、かつ環境負荷も少なく供給する産業に発展させることができます。パートナーになっていただける企業があれば、ぜひ一緒にその新たな産業を作っていきたいですね。当社には世界一と自負する技術がありますし、社員は皆、使命感を持って成果創出に取り組んでいますので、社業発展に資するプロダクトやソリューションをご提供できると思います。



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