AI市場が世界的に急成長を遂げるなか、各国でより高性能なAIの開発競争が激化している。そんな中で、AIの性能を根本から支える「教師データ」に特化し、AI開発・運用を支える“インフラ”の構築を目指しているのが、FastLabel(ファストラベル、本社:東京都新宿区)だ。教師データの提供を軸に、AIモデル開発の支援やデータ活用のためのプラットフォーム提供まで手がける同社は、創業以来、毎年2倍以上の事業成長を遂げてきたという。今回は、創業者であり代表取締役CEOの鈴木健史氏に、起業のきっかけから現在の事業戦略、そして今後のビジョンについて話を聞いた。

目次
アルゴリズムの追求から教師データの質の追求へ
顧客はスタートアップから大企業に
教師データに特化した自社プロダクトで差別化
AI社会で「空気のような存在になりたい」

アルゴリズムの追求から教師データの質の追求へ

―2020年に創業されるまでの経緯を教えてください。

 大学・大学院では、ディープラーニングが本格化する前から機械学習の研究に取り組み、特に優れたアルゴリズムの開発に注力していました。研究の中では、性能の高いAIを実現するため、ベンチマークデータセットを活用してアルゴリズムを改善し続けていました。

 卒業後はワークスアプリケーションズに入社し、業務用アプリケーションにAIを組み込むプロジェクトに参加しました。そこで痛感したのは、研究と実務の違いです。研究室では既に整備された高品質なデータが使えましたが、実務では教師データを自分たちで作るところから始まります。そして、AIの開発時間の大半はこの教師データの作成に費やされ、データの質がAIの精度を大きく左右することを実感しました。

―教師データ作成に関して、特に印象に残っている経験はありますか?

 会計伝票を読み取るAIの開発プロジェクトでは、「この伝票は配賦伝票である」などと判断できるよう、教師データの作成が必要でした。会計の知識が求められるだけでなく、伝票のフォーマットが企業ごとに異なるため、記載位置や見た目の違いを人間の目で判断しながら、ひたすらタグをつけていく作業が続きました。1カ月以上、そのタグ付けだけを行ったこともありました。

 こうした経験を通じて、アルゴリズムよりも教師データの整備に多くの時間が割かれている現実を知り、同様の課題を抱える現場が非常に多いことも見えてきました。

―その課題意識が、ファストラベルの創業へとつながったのでしょうか?

 はい。その後、法人向けフードデリバリー事業を立ち上げたものの、ニーズの強さや事業の継続性に課題を感じ、1年ほどでクローズしました。そのとき改めて「自分が本当に時間をかけるべきことは何か」を考えた結果、研究や実務で培った知見を活かし、今後ますます社会的ニーズが高まるAI領域、特に教師データの整備こそが、自分の取り組むべきテーマだと確信しました。こうして、ファストラベルを創業しました。

鈴木 健史
代表取締役CEO
早稲田大学大学院創造理工研究科修了。在学中、機械学習の研究に従事し、国内外4つの学会にて研究発表、査読付き論文採択を経験。ワークスアプリケーションズで、会計ERPパッケージシステムの開発、会計SaaS立ち上げや複数のAIプロジェクトに従事した後、法人向けフードデリバリー企業を共同創業。その後、独立しFastLabelを創業。

顧客はスタートアップから大企業に

―創業時からAIをめぐる環境は大きく変化しています。アノテーション作業においては、どのような変化を感じていますか?

 創業当初は、「人の頭を円で囲む」といった比較的シンプルな作業が中心でした。しかし、ディープラーニングの登場から10年が経ち、今ではピクセル単位で人や車、道路などの輪郭を正確に囲む高度なセグメンテーションが求められるようになっています。

 同時に、顧客側の理解度も上がってきています。AIの性能はデータの質に直結することが広く認識されるようになり、精度の高いデータを求める声が年々強まっていると感じます。

 また、アノテーションが必要とされる業界も広がりを見せています。自動車、ITS(高度道路交通システム)、製造業、建設・不動産、医療、農業・漁業など、あらゆる分野でコンピュータービジョンの活用が進み、それぞれに最適化された教師データが求められるようになっています。

―顧客企業の変化についてはいかがでしょうか?

 創業から1年ほどは、導入企業の多くがスタートアップでした。しかし、現在ではプロジェクトの規模が拡大し、予算に余裕のある大企業からの依頼が中心となっています。

 特に大手企業には、AIに対する高い知識を持つ担当者が多く、教師データの要件定義や必要な精度について、非常に細かいコミュニケーションを重ねながら進めています。こうしたやり取りを通じて、私たちの強みである「データ品質に対するこだわり」がより発揮できるようになってきました。

教師データに特化した自社プロダクトで差別化

―ビジネスモデルや提供サービスについて教えてください。

 私たちは、教師データの作成から管理、活用までを一貫してサポートするプラットフォーム「FastLabel Data Factory」を中心に事業を展開しています。具体的には、以下のようなサービスを提供しています:

・データの収集・提供
・アノテーション代行(ラベル付け作業)
・データコンサルティング(AI性能向上のための最適なデータ提案)

 中でも最も大きな売上を占めるのが、教師データの作成業務です。「FastLabel Data Factory」は自社で開発したもので、アノテーション作業の効率化と高精度化を支える機能を多数搭載しています。

 例えば、AIによる自動アノテーション機能、品質チェックのための自動QA機能、人の手による最終確認作業を効率化するツールなどがあり、データの精度と作業効率を両立しています。

―競合他社との違いはどこにあるのでしょうか?

日本国内では、教師データの作成をBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)として受託する企業が多く、クラウドソーシングやオフショア拠点で安価に大量のデータを処理するスタイルが一般的です。

 一方、私たちは自社開発のプラットフォームと専用機能を活用し、教師データ作成に完全特化したソリューションを提供しています。この点が、労働集約型のBPO企業とは一線を画す、大きな差別化ポイントです。

―海外企業と比較したときの優位性はどのような点ですか?

 教師データの作成には、単なる作業だけでなく、文化や言語に対する深い理解が求められます。例えば、自動運転分野では、日本語の交通標識や地域特有のルールを正しく理解しなければ、正確なデータは作れません。

「そば」「ラーメン」「そうめん」の違いなど、日本人には容易に見分けがつくものでも、海外のアノテーターには難しいことがあります。このような文化的背景まで踏まえた細かい判断が必要な領域において、私たちは大きな強みを持っています。

 実際、海外大手が日本市場への参入を試みた事例もありますが、こうしたローカルな壁により、定着しきれなかったと見ています。

image : FastLabel

AI社会で「空気のような存在になりたい」

―今後のマイルストーンについて教えてください。

 まず目指しているのは、国内市場での確固たるポジションの確立です。教師データ作成の分野でNo.1を取るという目標は、今年または来年には達成できる見込みです。その一環として、IPOの準備も進めており、これが一つの大きな節目になると考えています。

 そして、次なるステージとして見据えているのが、海外市場への本格的な進出です。海外には巨大なAI市場とビッグテック企業が存在しますが、本格的にAIを開発している企業は限られており、そこを狙っていきたいと考えています。

 私たちのソリューションは国内外問わず通用するものですので、これまでに培ってきたAIの技術ドメインをグローバルに広げていくことが、今後の挑戦となります。ただし、海外での教師データ作成を本格的に手がけた経験はまだ少ないため、まずはしっかりとした海外拠点を構築しながら、慎重に進めていきたいと考えています。

―国内企業との提携はどのように進めていますか?

 すでにいくつかの企業と提携を進めています。たとえば、2024年にはパナソニックと協業し、AI開発の効率化を目的としたプラットフォーム連携を開始しました。

 私たちは、技術を囲い込むのではなく、広く共有しながら社会に浸透させていくことを大切にしています。ですので、特定の形式にとらわれず、さまざまな形での提携を歓迎しています。今後も、自動運転や生成AIといった重要な領域で、自社にはないアセットを持つ企業と積極的に連携していきたいと考えています。

―ファストラベルが掲げる「AIインフラ」とは、どのような意味を持つのでしょうか?

 私たちは、AIが社会に本格的に浸透する時代において、「当たり前に存在している」インフラのような企業になりたいと考えています。電力会社が電気を供給するように、AIを動かすための基盤として、教師データを提供し続ける存在です。

 そのような未来を実現するには、今後も絶えず変化するAIのトレンドに対応し続ける必要があります。生成AIをはじめとする新技術の登場によって、求められる教師データの質や形式も変わっていくでしょう。

 目の前の課題を一つひとつ丁寧に解決しながら、AIが社会のあらゆる場面に普及するまで、「AIインフラ」としての役割を果たし続けたいと考えています。

image : FastLabel HP



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