ダイナミックマップ基盤の「3次元高精度データ」の強みとは?
ダイナミックマップ基盤は、2016年に企画株式会社として設立、2017年に事業会社化した。自動車メーカーをはじめ、計測機器や測量、地図など日本のトップレベル企業が出資社に名を連ねる。同社は自動運転・ADAS(先進運転支援システム)をはじめ多様な産業を対象とした高精度3次元データの提供を手掛け、日本のリーディング的な企業の役割を担っている。
ダイナミックマップ基盤が展開する高精度3次元データの競合について、吉村氏は「狭義の競合としては、世界的に見ると、カーナビ業界のジャイアントであるオランダのトムトムやドイツのヒアなどがあります。ただ、当社が提供する高精度3次元データは、カーナビの地図と間違えられやすいのですが全く違い、似て非なるものです」と説明する。
人が行き先を設定し、「目に見える」カーナビの地図とは違い、高精度3次元データは、例えば自動運転の車両に搭載される制御データとして機能する。吉村氏によると、ダイナミックマップ基盤の高精度3次元データには3つの特徴がある。
まず1つには、データの精度の高さがある。同社に出資する日系自動車メーカー10社の要求を満たしつつ、センチメートル級の精度を実現しているという。2つ目には、生産プロセスの強み。これは高精度のソフトウェアを持つ、アメリカのUshr社を買収したことにより実現した。
そして3つ目は、クライアント企業の盤石な基盤だ。そもそも「オールジャパン体制」で始まったダイナミックマップ基盤は日系自動車メーカーが株主であり、クライアントでもある。Ushr社のHDマップは、米ゼネラル・モーターズ(GM)の車両に採用されている。こういった株主やクライアントの基盤が充実している点が強みと言える。
「日本のために」の使命感を持ち、商社マンから転職
2022年に代表取締役社長CEOに就任した吉村氏は、以前は三井物産の商社マンだった。スタートアップに興味を持った理由について、「新卒で入社した商社では、空港の整備や、船舶用、LNGなどのガスパイプラインの設立など、海外でのプロジェクトにも多く携わりました。ただ、日本のために何かをしたい、日本という国に対して意味のある仕事がしたいという気持ちを強く抱いていました」と振り返る。
商社勤務を経て、官民ファンドの産業革新機構(現株式会社INCJ)に2012年入社。「日本発グローバル展開」に挑戦する企業を支援したいと従事する中、投資などの取り組みを通じて感じたことがあった。「日本ではまだまだ自動車産業が強いということ。そして、例えば消費者向けアプリでは個人や国によっての嗜好性の違いも基にUX/UIを考えなければいけないが、普段は目に触れないようなデジタルデータなら日本から海外展開しやすいのではないか」
社外取締役として関わったダイナミックマップ基盤に大きな可能性を感じた。同社に移り、2020年に取締役副社長となり、2022年に現職に就いた。
ダイナミックマップ基盤の高精度3次元データを通じた自動運転の可能性や、メタバースを含むビジネスの新たな展開に大きな期待を感じながら、現在、事業拡大に向けた取り組みに力を注いでいると話す。
Image:ダイナミックマップ基盤
米企業買収で海外展開も一気に加速
ダイナミックマップ基盤は設立当初からグローバル展開を視野に入れており、2019年に米Ushr社の買収に至った。その経緯を聞くと、吉村氏はこう説明した。
次世代家電が集結する世界最大規模の家電見本市CES(The International Consumer Electronics Show)が2018年、ラスベガスで開かれた。この年は今後の自動運転の社会実装を見据え、自動車に搭載される地図関係のスタートアップ会社も数多く出展していた。ダイナミックマップ基盤も海外展開の足掛かりとしてスタートアップ20社とそれぞれミーティングを行った。
「そのうち19社は、カメラをベースにしたデータで当社とは違うテクノロジーを使っており、精度はそれほど高くありませんでした。しかし最後にミーティングをしたUshrは当社との類似点もあり、とても感心しました」と語る。Ushrは自動車用HDマップに取り組んでおり、ハンズフリードライバーアシスタンス機能の卓越した車両の安全性と制御をリードしてきたという。
「Ushrは米国のデータを当時12万マイル程度持ち、40名ほどのエンジニアも優秀な人が揃っていました。GMのキャデラックの自動走行システムに実際に使われていたという実績もあり、Ushrと一緒に働くことにより、自分たちのグローバル展開は更に加速できると確信しました」
契約交渉に1年半近くかけ、2019年4月にUshrの子会社化が実現した。現在は測量やデータサーベイなどは各都市・地域でそれぞれ行い、そのデータをアメリカのUshrに送り、図化(等高線やいろいろな対象物を描画する作業)など全体的な工程のスピードアップと精度を高めていくことができていると利点を述べる。2022年9月には、ダイナミックマップ基盤とUshrは、アメリカとカナダにおけるGM向けのHDマップの提供範囲を40万マイル以上に拡大し、業界初のハンズフリー運転支援システムであるSuper Cruiseの対応エリアを2倍に拡大したと発表した。
Image:ダイナミックマップ基盤
「高精度3次元の情報を使って、さまざまな業界でイノベーションを起こしたい。その1つがまず自動運転です」と吉村氏は語る。自動運転のマーケットは2つに分かれているという。1つは一般のドライバーである消費者が使うオーナーズカー。もう1つはライドシェアの分野だ。
現在、国内外で自動運転システムを備えた自動車の開発が進んでいる。運転自動化レベルは0~5に分けられており、日本国内では、2020年4月には改正道路交通法が施行され、高速道路など一定の条件下で自動運転できる「レベル3」の自動車が公道を走れるようになった。2021年3月には、ホンダが自動運転レベル3を実現する「Honda SENSING Elite」を搭載した「LEGEND(レジェンド)」の発売を発表し、ダイナミックマップ基盤の保有するデータが採用された。ADASから自動運転まで手掛けるダイナミックマップ基盤について、吉村氏は「レベル2から5までが当社のマーケットになります」と話す。
ライドシェアの分野の将来展望についてもこう語る。「サンフランシスコでは、Waymo(ウェイモ)や、GMの自動運転子会社のCruise(クルーズ)が自動運転タクシーの一般向けサービスに取り組んでいます。ライドシェアの広がりで、例えば、高齢者たちがよく行く病院やスーパーなどへの移動に利用が期待されます」
ドローンなど、3次元空間データの多用途展開も視野に
資金調達と今後の事業拡大について、吉村氏は「1つには、グローバルにデータを作って自動車会社に提供できるようにしていきたいです」と語る。日本やアメリカでのデータ提供範囲をさらに広げていくことに加え、新たにヨーロッパやそのほかの国にも進出し、データの提供エリアを拡大させていきたいと考えている。
また、車両の自動運転以外の産業での高精度3次元データの用途拡大、そして事業拡大に伴う人員の採用にも力を入れていく考えだ。
自動運転以外の新たな産業への展開とはどんなイメージなのか。「会社のミッションとして『Modeling The Earth』を掲げています。つまり、もう1つ地球を作るというイメージです。目の前の『もの』を、高精度に3次元化する、1体1のスケールを作っていくことにより、多くの可能性が広がると考えています。そんな時代が今後やってきます」と吉村氏は続ける。
メタバースも含めて、3次元空間を扱うビジネスを考えているさまざまな業界で、高精度のデータを使ってもらいたいと考える吉村氏。例えば、ドローンによって高齢者や過疎地域の人が必要とする物資を運ぶサービスなどの展開には、場所を特定する位置座標が必要となる。吉村氏は「これからはドローン向けに『空の地図』が必要になってきます。こういった分野でさまざまなビジネスが生まれてくると思いますし、グローバル展開に向けてビジネスの領域を広げていきたいです」と語る。
日本の大企業の新規事業開発やR&D向けなど「3次元空間の活用をイメージしている企業様にどんどん声をかけてほしい」と語る。ダイナミックマップ基盤は、道路などの各種インフラの維持管理や、国や地方自治体による防災・減災対策、各研究機関に向けた高精度の位置情報プラットフォームとして高精度3次元点群データを提供できる。今後、高精度3次元データの活用を検討されている企業に対して、「ぜひコンサルテーションの部分からお手伝いさせていただきたい」と説明する。
除雪支援システムを実証 これからのスマートモビリティ社会にも貢献へ
ダイナミックマップ基盤は2022年1月と4月、高精度3次元地図データを利用した「除雪支援システム」の実証実験を行った。場所は、長野県飯山市。日本でも有数の豪雪地帯として知られ、山間部における積雪平均は約4m、1年のうち約3分の1の期間が雪でおおわれるという同地域で、HDマップとRTK測位を利用した除雪支援システムの実証実験を行った。ホワイトアウトが発生した際にも、除雪支援システム上で路肩や区画線などを「見える化」することができ、除雪活動の確実性や安全性の向上につながることが確認できた。
自治体の除雪作業や除雪車両の運転は従来、人の手や経験に頼って行われていたという。システムの導入によって、路肩や構造物、投雪場所の把握が容易になり、除雪オペレーターの「高齢化」や「なり手不足」によって生じている「除雪ノウハウの継承」という課題解決に寄与できるという。
Image:ダイナミックマップ基盤
Image:ダイナミックマップ基盤
また、除雪支援システムでの自己位置推定値と実測値の差異が、実証実験時では概ね10cm以内という高精度なデータの確認もできている。この除雪支援システムにおいても日本のみならず、世界にも広めていきたいと吉村氏。
現在、同社の収益モデルについて、吉村氏は「基本的にはデータのライセンスから得ており、そしてデータを使った分だけ課金していくようなシステムになっています。また日本、アメリカ、ヨーロッパと拠点を拡大中で、売上高も毎年倍倍で伸びています。また非自動車の分野でも自治体、除雪やドローン、ロボット分野などでの導入数も増えていっています」とビジネスの順調さを強調した。
加えて、自動運転や高精度データの活用における環境関係の取り組みとして、カーボンニュートラルの実現に向け「よりよく制御すれば結果的に二酸化炭素(CO2)排出量を減らすことにつながり、いわばSDGsにも貢献している」と話す。
その取り組みの1つとして、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業「スマートモビリティ社会の構築」の研究開発委託事業者として、ダイナミックマップ基盤などが参加するコンソーシアムが採択された。
2022年7月の発表によると、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)を幹事機関に、一般財団法人電力中央研究所、独立行政法人自動車技術総合機構交通安全環境研究所、ダイナミックマップ基盤が共同で取り組むもので、2022年度から2030年度(予定)にかけて、電気自動車・燃料電池自動車の導入に向けたエネルギーマネジメントと車両運行管理を最適化するシミュレーションシステムを構築していく。
同社は、シミュレータが実際の運転と同じ状況を再現できるように静的・準静的・準動的データや勾配情報を紐付けたダイナミックマップの開発、運行管理シミュレーションで最適解を探索するために精緻なデータを基にした複数のルート候補を提示する最適ルート探索システムの開発などを担う。
運輸部門の脱炭素化に向け、シミュレーション技術を活用し、社会全体や個別事業者のエネルギー利用・運行管理等の最適化を実現するスマートモビリティ社会の構築を目指すものだ。
また、8月には、同社とNTTデータのコンソーシアムが、デジタル庁から「デジタルツイン構築に関する調査研究」を受託したと発表した。デジタル庁が目指すデジタルインフラの整備において構築するデジタルツインについて、具体的なユースケースでの実証を行い、今後必要となる仕様の検討や整備手法の開発などに関する調査を行うという。
「現実空間を高精度な3次元デジタルデータへ複製することで、これからの世界は変わります。そのデータを現実空間とぴったり重ねることで、移動や物流、ライフスタイル、機械制御、インフラ管理など、幅広い領域で高い安全性や効率性・快適性がもたらされます。当社は、多様な事業者などと連携し、こうした新たな社会の形成に取り組んでいきたいと考えています」と、吉村氏は高精度3次元データが拓く未来の可能性について語った。