目次
・大学休学中の連絡「暇なら起業するか」
・大規模イベント対応で競合と差別化
・コロナ禍の閉塞感がVRイベントの追い風に
・海外展開を視野に入れた提携に関心
大学休学中の連絡「暇なら起業するか」
―京都大学で共同創業者の加藤氏と出会ったそうですが、当時のエピソードを教えてください。
中高時代から、周囲にパソコンやプログラムが好きな友人が多い環境で育ちましたが、プログラムだけに打ち込んだわけではなく、部活やゲームに夢中になっていた普通の学生でした。得意だった数学を学ぼうと思い、学問としての数学を学ぶなら、レベルの高いところがいいという理由で京大へ進学しました。
ところが、1回生の時点で大学の数学で扱う領域の抽象度の高さにギャップを感じました。それで数学よりも、現実世界へ応用できる領域がある物理へと、専門分野を切り替えました。そのとき、勉強はある程度できるものの、すごく好きではないと気づいて、京大が自分に合っている場所ではなかったと思うようになりました。何かをやりたいがために京大を選んだ人も周りにたくさんいましたが、私はモラトリアムを楽しんでいる大学生の一人でした。
―加藤氏と初めて会ったときの印象は?
学部生のころの加藤の印象は、すごく勉強熱心な人でした。同じ学部・学科の1学年先輩で、サークルも同じでしたが、実は学生時代にはそれほど交流してはいませんでした。一緒に過ごす時間が多くなったのは、私が大学を休学してブラブラしているのを知った加藤から、LINEで「暇そうなら、起業でもするか」とフランクに誘われてからのことです。
当時、加藤は修士課程に進んだもののやはり休学し、同じサークルの先輩が立ち上げた企業から紹介されて、ゲーム開発会社から受託開発の仕事を請け負っていました。新たな面白いことに対する好奇心は以前から強かったから誘いに乗って、加藤と共に開発を行うようになりました。クラスターを起業するまでの間は、加藤の部屋でずっとプロダクトを作り続ける日々でした。
2015年の春先に「会社を作るから東京へ行く」という話を聞いたと思ったら、いつの間にか京都にあった加藤の部屋は引き払われていて、早々に加藤は東京に行ってしまっていました。「お前も早く東京へ来い」と言われて、慌てて部屋を探して東京へ引っ越したのを覚えています。
クラスターを設立した当初は、CEOの加藤はシードラウンドでの出資を受けたSkyland Venturesをはじめとする、出資者やVCとの交渉からプロダクトのデザインなど幅広く担当し、私はCTOとして技術のコアとなる部分の開発やプロダクト作りに専念していました。
大規模イベント対応で競合と差別化
―起業時から現在のようなVRプラットフォームを構想されていたのでしょうか?
構想していたのは「VR空間にたくさんのユーザーが集まり、同時にコミュニケーションがとれる仕組み」です。その技術的なコアとなるネットワークエンジンやゲームエンジンを自分たちで作り上げ、サービスとして提供することを当初から目指していました。
法人化のタイミングでVCに提示したデモは、スマホを装着するタイプのVRヘッドセットを使って、3Dバーチャル空間内のアバター同士でコミュニケーションを行うものでした。現在の「cluster」の原型に当たります。出資が決まり、会社を立ち上げましたが、スマホ向けVRヘッドセットもスタンドアロン型のVRゴーグルも市販されているのは開発者向けキットのみで、まだ一般ユーザーが購入できるデバイスがありません。そこで、VR空間でアバターを操作できるスマホ向けサービスを作りました。
その際に試行錯誤したのは、VR空間内でのコミュニケーション手法です。テキストでのコミュニケーション、ボイスチャット、録音したメッセージを再生する非同期のコミュニケーション、VR空間のなかで再生した動画を複数のアバターが一緒に見る体験など、アバター同士のコミュニケーションをさまざまな方法を通じて模索しました。コミュニケーションのアプローチを変えて、VR内で遊べるゲームやVR内での配信サービスも作りました。
法人設立の翌年、2016年の2月にVRイベントプラットフォームとして「cluster」をローンチします。ローンチのタイミングは前年の末に決まったので、開発期間は2カ月程度しかありませんでした。しかし「cluster」の開発以前から構築していた技術的な土台があったため、スピーディーにローンチできました。
―競合するサービスと比較したときの「cluster」の優位性はどこにありますか?
VRプラットフォームビジネスを構想した当時、オンラインゲームで1つの空間に100人くらい集まって同時に遊べる環境はすでにありました。それを数百人、数千人規模で実現するのは難しく、同時に表示されるアバター数を制限するのが一般的な解決方法でした。
もし既存のネットワークエンジンを採用すれば、同時接続数や表示数の制約がつきまといます。私たちは初めから、1,000人でも同時に集まれるサービスにしていきたかったため、コアとなるエンジンを自前で開発するところから始めました。その結果、同じVR空間のなかで多くのユーザーを一度に扱う技術とネットワークの安定性を実現できたことが、優位点として挙げられます。
VTuberなどのバーチャルタレントが流行しだしたころ、VR上でのイベントを提供するプラットフォームやサービスはさまざまな会社が提供していました。しかし技術的障壁が高く、人が集まりすぎて公演ができないといったトラブルになるケースも珍しくなかったのです。「cluster」は、ローンチ当初から安定してVRイベントを実施できる技術力がありました。
image: クラスター
コロナ禍の閉塞感がVRイベントの追い風に
―VRプラットフォームがビジネス的に成功したきっかけは?
ビジネス的な成功の端緒となったのは、2020年3月のiOS版・Android版アプリリリースです。ちょうど日本でも新型コロナの流行が本格化し緊急事態宣言が発表されたころです。リアルで人が集まるイベントはもうできないのではないか、イベントはVRに置き換わっていくのではないか、という空気に包まれた時期でした。
コロナ禍前もバーチャルYouTuberが流行し、ファン向けのライブイベントがVRで開催される事例はありましたが、一般向けのPRイベントや研修・教育用途で企業がVRを活用することはまれでした。コロナ禍により、企業のVRイベント活用が急速に広がり、プラットフォームビジネスとして成立するところまで認知が拡大しました。このタイミングと、VRのイベントプラットフォームをビジネスとしてやっていこうという社内体制の構築を始めたタイミングが重なったことは、大きな追い風になりました。
―「cluster」はリリース当初からどう変化したのでしょうか。
「cluster」はリリース当初「バーチャルイベントサービス」を謳っていました。VRデバイスが開発者向けにしかなかった時代ですから、イベントといえばエンジニア向けの勉強会やカンファレンスをイメージしていました。もともとは、技術者が集まるイベントがVRで開催できれば喜んでくれるのでは、という思いから生まれたサービスです。アバターも「cluster」が用意したものを選ぶ形式で、見た目もロボットのようなものでした。個性を出せるのは、顔のところに貼りつけられるアイコンだけでした。
現在の「cluster」が当時と大きく違うのは、ユーザー自身が「AvatarMaker」でアバターを作成できるほか、ユーザーが集まるVR空間「ワールド」もユーザーが作成できる点です。「ワールド」には、イベントのような開始時間・終了時間がなく、いつでもユーザーが集まってコミュニケーションできます。また、アバターのほかに、ワールドを構築するアイテム「クラフトアイテム」やアバターに装着する「アクセサリー」もユーザーが自由に作成し、「cluster」内の通貨「クラスターコイン」で売買することができます。
image: クラスター
image: クラスター
海外展開を視野に入れた提携に関心
―ビジネスモデルと展望について教えてください。
アバターをはじめとするUGC(ユーザー生成コンテンツ)アイテムを売買できるバーチャル経済圏を拡大させ、その流通から手数料を取るBtoCビジネスと、企業がイベントを実施したり、常設コンテンツを公開するVRプラットフォームとして「cluster」を利用する、BtoBのエンタープライズ事業とがあります。両方の事業ともにグローバル展開によるビジネスの拡大を目指しています。
長期的な展望としては、BtoC領域をいかに伸ばすかを重視しています。そのために必要だと考えているのは、より高度で、より幅の広いUGCを実現できる環境作りです。
すでに「cluster」のゲームエンジン「Unity」を利用して、ユーザーがさまざまなゲームを作成できます。これを進化させてより高度なゲームを作れるようにしたり、アバター、クラフトアイテム、アクセサリー以外にも作れるものを増やしたり、クリエイティビティの幅と深みを広げるための技術を突き詰めたいと思っています。
その結果、他のゲームプラットフォームのゲームクリエイターや、SNSやDiscord、YouTubeなどすでにユーザーコミュニティを形成しているクリエイターが、「cluster」でものを作ったり配信したくなる環境ができれば、コミュニティごと「cluster」へと移ってくる可能性も高まります。クリエイターに選ばれ、人が集まるサービスを目指していきたいです。
―国内企業との提携意向を教えてください。
これまでにもさまざまな形での提携を行っていますので、形にはこだわらず広く提携していこうと考えています。一例として、2022年には東京⼤学稲⾒研究室、京都⼤学神⾕研究室の協⼒の下、⽇本社会でのメタバースのあり⽅を再定義し、真の価値創造を図る産学連携の取り組みとして「メタバース研究所」を設立しました。
―最後に、提携相手に求めるものについて聞かせてください。
BtoB・BtoCの両面でグローバル展開を目指しているため、欧米を中心とした海外への強いコネクションを持つパートナーが望ましいです。日本市場は他地域と比べて企業によるVRイベント利用が多いという特徴があります。そのためVRイベントが日本市場では独自の進化を遂げていて、クオリティの高いサービスを提供できています。そこまでのクオリティを持っているプラットフォームや事例が、海外ではまだ少ない状況ですので、海外での事業展開に強みを持つ企業と提携ができると、お互いにメリットがあると考えています。