大企業でさえもExcelでの管理に頼っていたサブスク・従量課金の販売・請求管理に特化したSaaS「Scalebase」を提供するアルプ(本社:東京都港区)。ピクシブの代表取締役社長兼CEOを務めていた伊藤浩樹氏が、ビジネスで直面した悩みを解決するため、起業家へと転身して共同創業した。伊藤氏にプロダクトの強みや開発の経緯について聞いた。

目次
ピクシブ時代に直面した課題を解決するため起業
EXCELで管理する企業が大半
サブスクや従量課金ビジネスを成功に導くシステム
導入したNTT、業務工数が3分の1以下に削減
企業が「フルスイング」できる状態をつくる

ピクシブ時代に直面した課題を解決するため起業

―サブスクリプションサービスを運営する企業向けの管理プラットフォームを提供していますが、事業のアイデアを思い付いたきっかけを教えてください。

 アルプ創業前はピクシブの代表として全事業を見ていました。有料会員の月額課金がありましたが、そこで直面したのが複雑な販売オペレーションやプライシングを管理する難しさです。

 例えば、旧来の価格と新価格、通常価格とキャンペーン価格が適用される顧客がいて、「誰に」「いつ」「いくら」請求するのかが非常に複雑でユーザー管理が難しい状態となっていました。

 一方で、料金改定やオプション追加などに対応できるようシステムを改修すれば、こちらもかなりのコストがかかります。状況が変わるたびに、自社で販売管理システムを改修していましたが、内容によっては半年から1年かかるし、そのためのエンジニアを雇う人件費もかかります。MRR(月次経常収益)などのKPIを把握したいのに管理に時間がかかり、機動的な対応が取りづらい状況に陥っていました。

 ピクシブ時代はこの問題にいつも頭を悩ませていましたね。管理業務は収益を生み出す会社のコアバリューではありません。改修に投下している予算や人員、時間などのリソースをコア業務にまわしたいという思いは常に頭の中にありました。この時に思い付いたのが、SaaSやサブスクリプションビジネスにまつわる商品設計や売上管理、請求、KPIの可視化・分析などの業務をまとめて支援するプラットフォームで、当社のプロダクトである「Scalebase(スケールベース)」につながるアイデアです。

image: アルプ

EXCELで管理する企業が大半

―拡大するサブスク市場の中で競合と呼べるシステムはなかったのでしょうか?

 販売オペレーションやプライシングが複雑化し、従来の管理システムでは対応ができず、工数や開発コストの増加が成長の足かせとなっている企業は年々増加しています。

 矢野経済研究所が2022年に実施した「サブスクリプションサービス市場に関する調査」によると、国内のサブスクサービス市場は前年度比10.6%の成長率。2022年度のサブスクリプションサービス国内市場規模は1兆524億7,500万円で、2024年度には1兆2,422億4,000万円になると予測されており、今後はBtoB・BtoC合わせて50兆円以上の市場になるという試算もあります。

 定額制(サブスクリプション)モデル、従量課金モデル、フリーミアムモデル、パッケージモデル、成功報酬モデルなど、さまざまなプライシングを導入する企業がさらに増えていく社会で、その管理ができる専用のソフトウェアがあれば多くの企業を助けることができると考えたのです。

 開発前は市場調査も入念に行いました。結果として分かったのは、多くの企業がスプレッドシートやExcel、もしくは自社開発ツールによる管理に頼っていること。継続課金ビジネスに共通の課題を解決するソフトウェアが流通していないという現状が判明しました。

 簡単なサブスクリプション管理システムはありましたが、日本の商慣習に合った複雑な管理に対応できるBtoBのシステムはありませんでした。グローバルでは「Zuora」というサブスクリプション管理SaaSもあったのですが、商習慣やプライシング、ユーザビリティなど、日本へのローカライズはそこまで進んでいるとは言えませんでしたね。

 私たちがイメージする販売管理システムは国内に競合製品がほぼ存在しない状態。完全なブルーオーシャン市場が広がっていました。新しいシステムのアイデアを実現するためにピクシブを退社した私は、アルプを2018年に創業しました。有名企業の社長というポジションを退くのはもったいないという人もいましたが、まだ世の中にない価値を広めることに挑戦しがいを感じたのです。

 Scalebaseの開発には時間をかけました。機能を制限してリリースすることもできたでしょうが、中途半端な製品にしたくなかったのです。顧客情報、請求情報、契約情報など、扱う領域が広いので、開発は試行錯誤の連続。ようやく世に出せるカタチとなった時には2年が経過していました。

伊藤 浩樹
代表取締役CEO
2008年、東京大学法学部卒業。モルガンスタンレー、ボストンコンサルティンググループを経て、2013年にピクシブに入社。ピクシブでは新規事業開発、開発組織のマネジメントを経て、17年に代表取締役社長兼CEOに就任。2018年8月、サブスクサービス運営企業向けの運営管理プラットフォーム開発を行うアルプを設立。

サブスクや従量課金ビジネスを成功に導くシステム

―どのような機能を持つのか、システムの特長を教えてください。

 Scalebaseは、一言で言えばサブスクや従量課金を成功に導く販売・請求管理システムです。顧客ごとに適用される販売条件、請求サイクル、契約サービスの組み合わせ、変更履歴など、全ての契約情報を管理でき、従量料金の自動計算、請求書発行と送付、決済システム連携などにも対応しています。

 企業が新サービスや新プランを販売する時、プライシング戦略を見直したい時は、カスタマイズ性の高い契約管理が可能。改定時の煩雑な変更作業やコストから解放されます。また、アップセル、クロスセル、チャーンなども契約情報から把握でき、リアルタイムでMRRやチャーンレートといった指標を可視化・分析することも可能です。

 シームレスなオペレーション実現のために、SalesforceなどのSFA(Sales Force Automation)ツール、会計システムといった国内外のクラウドサービスとも連携しています。

 料金は基本的には月額制。取り扱う契約の件数に応じた変動料金を採用しており、契約件数が200件以下のクライアントは月額10万円、契約件数が2,000件を超えるような大規模なクライアントは月額50万円から。ほかに導入初期費用が10万円、導入期間中のプロジェクト支援費用が支援期間に応じてかかります。

導入したNTT、業務工数が3分の1以下に削減

―導入企業からの反響はいかがですか?

 大手企業でも多数導入されており、そのうちの一社が主力事業として「フレッツ光」などのサービスを展開するNTT東日本様です。同社が抱えていた課題は、Excelを用いて行う毎月の従量課金金額の計算。以前の担当者が、膨大な計算式を組み込んで作成したものであり、計算ミスが頻発していたそうです。そのため別のExcelでも料金計算を行い、都度複数の人員体制で二重チェックを行い、請求誤りを未然に防いでいる状況でした。

 また、Excelの運用メンテナンスにも苦慮されていて、新サービスや新プランを開始する際に顧客管理DBとExcelを読み解くことが必要で、小回りが効かないことも課題に感じていました。請求誤りの防止と機動力の向上、そして後任者にも引き継ぎやすい業務フローを構築するためにScalebaseを導入してから、同社は業務工数を1/3以下に削減できました。「従来の顧客管理DBとExcelの対応では、1つのサービス(プラン)を追加するのに、ツールの解読から改修・設計に30人日はかかっていましたが、Scalebaseではたった5人日ほどで設定・準備ができています」と喜びの声を頂戴しています。

 AI教材「atama+」(アタマプラス)を展開するアタマプラス様も導入企業の一社です。「atama+」の提供先は学習塾・予備校で、従量課金制を採用しています。従来はスプレッドシートを利用されていましたが、教室数の増加とともに管理が煩雑となり、Scalebaseを導入されました。

 請求業務関連のシステムと当社のカスタマー対応を評価してくださり、「弊社のプライシングを深く理解して、実現に向けて運用提案までいただけるのは非常に感謝しています」と担当者の方からお声をいただいています。

image: アルプ

企業が「フルスイング」できる状態をつくる

―今後の会社の展望を教えてください

 Scalebaseはまだ進化の途上です。ユーザーにさらに満足いただける機能を追加しながら、より完成度の高いものをつくり上げていきます。

 直近でリリースした機能として「承認ワークフロー」「AI請求業務アシスタント」「AI書類読み取り」があります。「承認ワークフロー」は、請求書の送付(メール・郵送代行)の操作に対して、指定した権限者による事前の承認を必須とする機能です。権限者による承認ステップを経由することで、内部統制の強化やダブルチェックによる誤処理の防止に貢献します。

「AI請求業務アシスタント」「AI書類読み取り」は、ChatGPTを基盤とした生成AI技術を当社独自に応用・導入、より少人数での管理業務体制の実現や最適なリソース配分での事業推進を可能としました。よりスピーディーに事業展開していくために自社開発にこだわることなく、異業種の企業との業務提携も積極的に進めています。

 昨年12月には企業間決済の代行サービス「NP掛け払い」を展開するネットプロテクションズと業務提携を開始しました。BtoB取引の請求業務と未回収リスクを削減し、事業者がコア業務に集中できる状態を強化していきます。

 Scalebaseの導入企業が増えていることで、私たちの下には日増しに膨大なデータベースが蓄積されています。そのデータベースを活用すれば、「どの企業がどれくらい成長性があるのか」「どんな客に商品やサービスが売れているのか」などを可視化でき、さまざまな角度で新機能を追加することが可能です。

 そこにあるのは、ただ請求を管理するだけの販売管理システムではなく「攻める管理システム」。これまで各社がExcelや自社DBで管理していた収益データをアクションデータとひも付けて、『どういうアクションを促せばいいのか』が分かるようなシステムを追求していきます。管理業務がボトルネックになって、攻めの営業ができない企業も多いですが、その課題を同時に解決できるシステムにしたいのです。

 海外展開の展望もよく聞かれるのですが、現地のローカルルールに合わせる難しさもあり、すぐには考えていません。ただ、タイミングが来れば進出することも当然あるでしょう。まずは、そのためにも国内市場で盤石の体制を築いておくことが重要です。

 私たちの理念は「あらゆる企業に、フルスイングを」です。企業の成長に立ちはだかる壁。その壁を私たちが取り払うことで企業にフルスイング(主事業に専念)をしてもらうという意味です。多くの企業にフルスイングしていただくために、Scalebaseを着実に進化させていきます。



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