目次
・「秘密計算」領域に見出した勝算
・創業当初から大企業向けに特化した理由
・日本はプライバシーの「課題先進国」
「秘密計算」領域に見出した勝算
―2018年のAcompanyの創業前は、どのような事業を手がけていましたか。
Acompanyを設立する前は、学生時代に家庭教師マッチングサービスを事業として始めていました。当時、私自身も大学生で、家庭教師のアルバイトをしていた経験などを基に、学生生活でのライスワーク(生活のための仕事)的な時間を減らして、自己実現やチャレンジの時間を増やせないかと考えました。「効率的な働き方を提供できれば、学生はその分の時間を新しいことへのチャレンジに使うはず」という仮説を立てて、事業を始めたのです。ある程度軌道に乗ったところで、このまま延長線上に進んでいいのかという悩みが生じ、リアルなユーザーの声を聞いて事業の手触り感を得ようと思いました。
そこで100人の学生から直接話を聞いた結果、この仮説が間違っていたことに気付いたんです。学生たちの多くは、お金を稼ぐ時間の確保自体には特に困っていませんでした。むしろ「どうやってチャレンジしていいか分からない」「1歩目をどう踏み出せばいいか分からない」といった悩みを抱えていたんです。
効率的に稼げる機会を提供しても、それが直接新しいチャレンジにつながるわけではない、つまり、私が解決しようとしていた問題と、実際の学生が抱えていた問題には大きなギャップがあったんです。このためにこれからの十数年の自分の人生をかけられるかと悩んだ末に、この事業を辞める決断をしました。
そのころ、東海地区の大学コンソーシアムによる起業家育成プロジェクト「Tongali」がスタートし、関わるようになってスタートアップの概念を知るようになります。事業規模の将来性と人生の10年を賭ける意味がある対象は何かと考えたときに、もっとテクノロジーで勝負する領域にピボットすると決めました。
―テクノロジーへの転換が「秘密計算」につながったのですね。
実は、2018年末から2019年にかけては、いわゆるブロックチェーンの冬の時代でした。ビジネス的にも暇だったので、この時期に世界中のブロックチェーンプロジェクトやユースケースを徹底的にリサーチしました。すべてのプロジェクトを調べ尽くしたと言っても過言ではないほどです。
ブロックチェーン領域で、さまざまなアイデアを試行錯誤しました。例えば、フリーランスの方の職歴を記録するブロックチェーンベースのプラットフォームや、ブロックチェーンのウォレットをゲーミフィケーションした、使えば使うほどウォレット内のモンスターが育つようなサービスなど、本当にいろいろなことを試みました。
その中で最後に取り組んだのが、企業間でデータを連係する際に、ブロックチェーンでサプライチェーンのセキュリティを保証しながら、トランザクション情報は秘密計算で秘匿するというアイデアでした。これは愛知県のアクセラレーションプログラムにも採択され、自動車部品メーカーなどに提案する機会も得ました。
ところが、自動車産業の構造がピラミッド型で、グループ内でのデータのやり取りには私たちのソリューションは必要ないことが分かりました。一方で、外部のパートナーとデータ連係したいが、生のデータはそのまま出したくないというニーズがあることに気づいたんです。
当時の2019年ごろは、秘密計算の研究は盛んでしたが、社会実装はまだ世界的にも進んでいませんでした。秘密計算に取り組むスタートアップは世界でも数十社程度しかありませんでした。一方、ブロックチェーン領域は、中国だけでも10万社くらいのプレイヤーがいるという報道もあるほど、競争が激しかったんです。
そこで、2019年末から2020年頭にかけて、完全に秘密計算の分野で勝負をしていこうと決意し、大きなシフトチェンジを行いました。
―現在の事業の特徴と強みについて教えてください。
現在のAcompanyは、パーソナルデータの利用に伴うプライバシーDXを一気通貫で支援する企業として、主に2つの柱となるソリューションを提供しています。プロダクトパッケージ「AutoPrivacy」と、プライバシーDXを伴走支援するコンサルティングです。
「AutoPrivacy」には、企業間でのデータ連係や分析を日本のプライバシー規制に対応して、安全に行うためのデータクリーンルーム(DCR)とプライバシーガバナンス構築に特化した「AutoPrivacy Governance」があります。いずれも、プライバシーチェックの技術プラットフォームとSaaSとして使うためのプラットフォームの2つの基盤から構成されています。
プライバシーDXコンサルティングでは、企業のパーソナルデータ活用やLLMを初めとする新技術活用に伴うさまざまな課題に対して、データ活用の戦略立案、法務上の論点の整理、プライバシー影響評価(PIA)の実施など伴走支援を行っています。
強みとしては、プロダクトとコンサルティングという2つのソリューションを組み合わせて提供できる点です。チームメンバーも技術者だけでなく、弁護士や大手コンサルティングファーム出身者など、さまざまなバックグラウンドを持つ専門家が在籍しています。クライアントの複雑なニーズに対して、多角的なアプローチが可能になっています。
創業当初から大企業向けに特化した理由
―顧客となる企業にはどのような特徴がありますか。
売上高1兆円以上のエンタープライズ企業をターゲットにしています。その規模の企業はSaaSなどを導入するだけではなく、サービスの企画設計が顧客のニーズに合う形までチューニングし、価値提供できるところまで伴走が欠かせません。当社はその伴走支援に注力しています。
取引先企業に占める割合は、売上高1兆円以上の企業が85%以上、売上高500億円の企業まで含めると98%を占めます。設立当初からエンタープライズ企業に特化し、営業ハードルが高いクライアントに対して、しっかりとした価値が提供できるのも特徴となっています。
―データ活用の領域で、エンタープライズ企業はどのような課題を抱えているのでしょうか?
これらの企業は、新規事業でパーソナルデータを活用したプラットフォームを検討し、数千万ユーザーを対象とするような大規模なプロジェクトを展開しています。こうした大企業が抱える課題は多岐にわたります。
まず、ビジネスの方向性を描くことはできても、それを法律や技術の観点から適切に融合させ、具体的なユースケースへと展開する困難を感じています。ビジネスとプライバシーリスクのバランスをどう取るか、どこまでリスクを取るべきか、どこで踏みとどまるべきかの判断が非常に難しいのです。
また、ユーザーからの許諾に関する課題もあります。「同意疲れ」という言葉に象徴されるように、適切な同意取得が大きな問題となっていて、法改正議論の中でも、現状の同意取得方法の問題が指摘されているほどです。さらに、個人データをそのまま利用することのリスクと、データ利用が限定的になることによるビジネス機会の損失のバランスも取れていません。秘密計算や連合学習の新しいプライバシー保護技術を導入する際やさらにはLLM(大規模言語モデル)を活用する場合、それらに関する法的論点をどう整理すべきか、明確な指針がないことも大きな課題です。
―他社と比較したときのAcompanyの強みはなんでしょうか?
製品のアーキテクチャーとコンセプトの違いにあります。例えば、SnowflakeやTreasure Dataのようなデータベースを主とする製品は、基本的にデータベース事業がメインです。彼らのデータクリーンルームは、プラットフォーム組み込み型になっています。
Snowflakeのデータクリーンルームでは、Snowflake同士のデータ連係は非常に簡単です。しかし、GoogleのBigQueryなど、他の製品とのデータ連係となると話が変わってきます。異なるプラットフォーム間でデータを連係させるには、別途システムを構築したり、データをSnowflakeに移行したりする必要が出てきます。これは大きな手間とコストがかかる作業です。
一方、当社のAutoPrivacyによるデータクリーンルームは、プラットフォームに依存せず、中立的な立場でデータ連係が可能です。顧客企業は既存のデータベースを使いながら、他社とのデータ連係を効率的に実現できます。
―博報堂DYホールディングスなど大手企業との提携事例も生まれていますが、今後の提携意向について教えてください。
そもそもが大企業をクライアントとする事業モデルになっているので、提携の形態にはこだわらず、資本提携や技術提携・代理店提携などすべての方向性で大企業と緊密に事業を行っていきたいと考えています。どのような形態でも、当社の製品や技術を活用いただくことで、事業成長に貢献できる形がベストです。
image: Acompany
日本はプライバシーの「課題先進国」
―当初から海外展開を視野に入れているかと思いますが、今後の方策をお聞かせください。
日本のプライバシー市場は、グローバル展開の観点からも非常に有望なフィールドです。米企業などからも日本市場は魅力的に映っているものの、規制の厳しさなどから、なかなかアプローチが難しい状況にあります。この日本のプライバシー規制環境が、当社にとってアドバンテージになると考えています。
プライバシー規制に関して、欧州連合(EU)は非常に保守的で厳格、アメリカは逆にオープンで緩い傾向にあります。一方、日本はOECD(経済協力開発機構)のガイドラインに近い、中庸な立場を取っています。最近の動向を見ると、アメリカは連邦レベルでのプライバシー規制を検討し始め、EUはデータスペース構想など、データ活用の規制緩和を議論しています。つまり、両者が日本の立場に近づきつつあり、日本は「プライバシーの保護と活用のバランス」という点で課題先進国と言えます。日本は世界有数の経済規模を持ち、IT投資も盛んです。そして、プライバシー保護技術(PETs)の活用においても先進的です。
―日本での事業展開自体が、グローバル市場での有利な立場に直結するのですね。
日本で培ったスキームは、プライバシー保護と活用のバランスを求める他国にとって、一種のロールモデルになり得るからです。特にAPAC地域において日本はベンチマークとされることが多いです。当社の取り組みは、APAC地域はもちろん、欧米市場にも展開できる可能性が高いと考えています。
したがって、当社が開発し日本企業・日本市場で利用される製品やサービスは、海外市場でも大きなポテンシャルを持っています。この強みを活かして積極的に海外展開を進めていきたいです。
グローバル展開に向けては、まず国内市場で圧倒的な地位を確立することが重要だと考えています。具体的には、今後2〜3年という中期的なスパンで、日本市場で圧倒的な地位を築くことを目指しています。同時に、2022年に当社とEAGLYS、LayerXのスタートアップ3社で設立した、プライバシーテックの社会実装を目指す業界団体「プライバシーテック協会」を通じた、政府機関への提案活動により日本のプライバシー技術の国際標準化にも貢献したいと考えています。