2013年、山形県鶴岡市のバイオスタートアップ企業「Spiber(スパイバー)」が送り出した1本の糸が世界を驚かせた。クモの糸や様々な自然界のタンパク質素材にヒントを得て、植物由来の糖類を主原料に使用し、微生物による発酵(ブリューイング)プロセスにより製造された「構造タンパク質Brewed Protein™️(ブリュード・プロテイン)素材」。生分解性もあり、またアパレル業界における動物性繊維と比べ環境負荷低減も期待されている。THE NORTH FACE、sacaiなどの一流ブランドとのコラボに加え、資源・環境問題解決に向けた様々なプロジェクトが動き出そうとしている。同社を率いる取締役兼代表執行役の関山和秀氏に、この新素材の持つ可能性と事業展望を聞いた。

遺伝子工学とコンピュータサイエンスの融合で、前人未到の快挙達成

――ブリュード・プロテインが開発された経緯を聞かせてください。

 昔から環境問題や資源問題など地球規模の問題を解決する仕事をしたいと思っていました。高校3年の時に慶應義塾大学の先端生命科学研究所の所長である冨田勝教授の話を聞いて感銘を受け、大学進学とともに冨田研究室に入りました。膨大な数のテーマ探索をしましたが、ある時「クモの糸はすごい」という話題で盛り上がりました。

 クモの糸は、以前から「夢の素材」と言われていて、鋼鉄や炭素繊維をはるかに超える強靭さを持っています。また、タンパク質でできていて生分解性があるため、再資源化も可能で、これが実用化できれば石油などの枯渇資源に頼らない循環型社会への道が拓けます。それまでクモの糸を人工的に合成した事例はありませんでしたが、「それが実現できたらすごいね」という話になり、そこから研究が始まりました。

関山和秀
取締役兼代表執行役
2001年、慶應義塾大学環境情報学部に入学後、山形県鶴岡市の同大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動を行い、2004年よりクモ糸の人工合成研究を開始。博士課程在学中の2007年に学生時代の仲間とともにSpiberを設立し、世界初の人工タンパク質「Brewed Protein素材」の開発に成功。現在、同社のCEO、及び2014年に小島プレス工業との合弁で設立された人工タンパク質素材製造子会社Xpiberの取締役を務める。

――それまで成功例のなかった研究を、どのようなブレークスルーによって成功させたのですか?

 まず、遺伝子工学の技術が進展したことが大きいですね。クモの糸を人工合成しようという試みは、1990年代の前半から始まっていたのですが、当時はまだ技術が未成熟でしたし、DNAの解析や合成にも大変なコストがかかりました。それが、近年になって技術進化とともにコストが劇的に下がったのが第1点にあります。

 さらに、当時は分子生物学関係の方々が研究に当たっていたのに対し、我々はバイオインフォマティクスベースのアプローチをして、コンピュータを駆使してデータドリブンでDNA配列を調べ、何が強度に関わっていて何が伸縮性に関わっているかなどを解析しました。

 その上で、天然のクモの糸をそのまま人工物として再現するのではなく、世の中のニーズにマッチした性能だけを引き出し、かつ製造コストも抑えられるタンパク質DNAを設計しました。そして、用途に応じて最適化したこのDNAを、微生物に組み込むことで世界初の繊維素材の合成に成功したのです。DNA配列自体をゼロから自由に設計できる、このようなプラットフォームを作るには、非常にコストもかかりますし、リスクも高いので誰もやりたがりません。我々はあえてそれにチャレンジし、資金調達もして十数年かけて実用化しました。

Image:Spiber

強まる環境規制への最適解として、多くの企業が熱視線を送る

――現在はどのようなビジネスを展開されていますか?

 アパレルメーカー7ブランドに当社の素材を提供し、ジャケットやセーター、Tシャツなど10アイテムに採用いただいています。また、資生堂さんのマキアージュブランドのマスカラに入っている繊維にも、お使いいただいています。

――多くの一流ブランドが、御社の新素材を採用している理由はどこにあるのでしょうか?

 環境負荷を大幅に低減できるからだと思います。先日行ったLCA(ライフサイクルアセスメント)レポートによれば、当社のタイのプラントでブリュード・プロテイン素材がフル生産に入った時には、モンゴル産のカシミアを生産するのに比べて、温室効果ガスの排出が79%減、河川の水質悪化の指標である富栄養化が82%減、土地の使用率と水の使用率に関しては97%もの削減が図れることがわかりました。

 カシミアやメリノウールなどの動物性の繊維は、高級素材として人気がありますが、生産する際の環境負荷が大きいんです。反芻動物は、CO2より温室効果の高いメタンガスを大量に排出しますので、獣毛をとるためにヤギや羊を飼うこと自体が環境負荷になります。加えて、それらの家畜を飼育するには、大量の穀物が必要になりますから、穀物栽培のための広大な土地と膨大な水を使わなければならない。これから人口が増えて、穀物などの食料不足が深刻になっていくという状況を考えても、これ以上動物性の繊維を使用するのは得策ではないと、アパレルメーカーも考えるようになっているのです。

 一方、マスカラについては、プラスチック繊維が使われているタイプの製品があり、その繊維が洗顔した後、排水に入り込むとマイクロプラスチックとして生態系に悪影響を及ぼす可能性があります。資生堂さんも、それに配慮して当社の繊維素材を採用されているわけですが、化粧品には意外に多くのプラスチックが使われているので、当社製品の活躍の場はまだまだあるのではないかと思っています。

Image:(左)資生堂/(中)Yuima Nakazato/(右)ゴールドウイン

――製品の供給体制についてお聞かせください。

 これまでは、山形にあるパイロット設備で作った素材を数量限定で供給していました。パイロット生産なので大量には作れませんし、価格も高いので、メーカーさんの製品の中に一部織り交ぜて使っていただいていた形ですね。しかし、タイに新設した量産プラントが2022年春より生産を開始しましたので、今後はより多くの製品にご利用いただけると思います。ただ、量産プラントとは言っても、生産規模は年産最大数百トン程度で、生産技術開発拠点としての役割も兼ねている状況です。

 今後はタイに続き、アメリカに年産数千トン規模のプラントを建設する計画も進めており、まずはタイプラントで技術課題を洗い出してブラッシュアップし、その知見を基にアメリカで効率高く生産を行っていく予定です。スケールアップを続けて生産効率をさらに高めることで、エネルギー消費量を抑えて環境負荷を低減できますし、コストも下がってリーズナブルな価格で素材を提供することができるようになるでしょう。

Image:Spiber

――今後、どのような企業とのコラボやビジネス展開をお考えですか?

 繊維メーカーや化学メーカーとのアライアンスができればと考えています。今、サーキュラーエコノミーの波が広がりつつあり、今後は売れ残ったアパレル製品の廃棄規制も強化されていくでしょう。そうなると、どうしてもリサイクル可能な繊維を使わざるを得なくなくなりますが、現状ではその選択肢が限られています。化学繊維もリサイクルできないわけではありませんが、アクリル繊維やポリウレタンなどの製造時に溶媒として用いられているDMFやDMACの使用を規制する動きも出ており、将来的にはこれらの化学繊維を製造することができなくなるかもしれません。

 そうなった時に、遊休化した化学繊維原料プラントを有効利用して、当社のブリュード・プロテイン素材を作れるようにすれば、メーカーさんはより高付加価値のビジネスにシフトできますし、脱石油化で政府が推進するグリーン・トランスフォーメーション(GX)の流れにも乗ることができる。当社としても、生産規模を一気に拡大することができ、願ったりかなったりです。

 製品のリサイクル可能率を高めるには、素材の選定や製品設計から詳細に検討しなければなりませんが、当社の技術を使えば、そのニーズに応える最適な製品を創出できますし、アパレルなどに使用された後のリサイクルプロセスについても環境負荷のかからないシステムを構築・提供できます。

 現在、アパレル製品には年間数百万トンの動物繊維が使われていますが、まずはそのうちのカシミアや高級ウールなどの高付加価値繊維をブリュード・プロテイン素材に置き換えるところから、ビジネスを拡大していきたいと考えています。

Image:PANGAIA

食感を改善し人工肉の普及へ 食料問題にも「救いの糸」を差し伸べる

――大きな可能性を秘めたブリュード・プロテイン素材ですが、将来のビジョンについてはいかがですか。

 繊維メーカー、化学メーカーとのアライアンスの先のビジョンとしては、食品メーカーや医薬品メーカーとのアライアンスも視野に入れています。先ほども触れたように、今後食料問題はさらに深刻さを増していきますが、特に大変なのがタンパク質不足です。

 現在、我々はタンパク質の多くを食肉から摂っていて、地球規模でみると1人当たり年間40㎏強の肉を消費しているとされています。世界人口は、2050年に100億人近くに膨らむと言われていますので、そうなると年間4億トンの食肉が必要になります。

 ところが、今生産されている食肉は3億トン程度です。残りの1億トンをどう供給するのかという話になってくるわけです。もちろん、家畜を増やせばその分、食肉は増えますが、家畜の飼育にはその何倍もの穀物が必要になるため、今度は穀物が足りなくなりますし、温室効果ガスや土地・水の使用率が増加するなど環境問題も引き起こします。そこで昨今、食肉に代わる人工肉が注目を浴びているのです。

 しかし、今の技術では挽き肉状の人工肉しか作れず、食感が悪いという課題があります。結局、ステーキなどは筋肉、つまり繊維があるからこそ歯応えがあって美味しいわけで、美味しくなければ人工肉は普及しません。これまでは人工肉の食感を改善する方法がなかなか見つかりませんでしたが、当社の技術・素材なら、その課題をクリアすることができるでしょう。実際に、開発もかなりのレベルまで進んできています。

 医療分野では、抗体医薬をはじめ、タンパク質ベースの医薬品はいろいろあります。医薬品の候補物質になるような高分子化合物のライブラリを作って、創薬に向けたプラットフォームを整備する作業も進めています。この分野に関しても、中長期的に大きな貢献ができるのではないかと期待しています。

Image:Spiber

――御社の技術やビジネスモデルに注目されている企業も多いと思いますが、その方々に向けて改めてメッセージをお願いします。

 タンパク質を素材として使いこなしていく技術に関しては現在、当社以上の会社は世界に存在しないと思います。また、その素材設計や製造プロセス設計から、リサイクルを含めた全体最適なサプライチェーンを設計するプラットフォームを構築できるのも世界で唯一、当社だけです。

 先ほど申し上げたように、2050年に食肉が1億トン不足するとして、その1%を当社がまかなうとすれば、100万トンの素材を生産しなければなりません。また、アパレルの繊維は現在、1人当たり年間約10㎏を消費していますので、世界人口が100億人になったら年間1億トンの繊維が必要になります。

 そのうちの1%を当社の繊維に置き換えるのなら、これも100万トンの生産量を確保しなければならなくなる。当社の素材が世界に普及し始めたら、100万トン、200万トンというオーダーの生産体制をすぐにも整備しなければならないわけです。

 我々は2050年にそういうフェーズに入っていることを想定し、そこから逆算して2030年、2040年時点での生産拡大プランを立てています。その過程で生産の効率化やコストダウンも進んで、製品の販売にさらに弾みがついているでしょう。

 当社との協業をご検討されている皆さんには、世界の産業構造やサプライチェーンがどのように変わっていくのかを我々とともにロングタームで考えていただき、サステナブルな未来を一緒に実現していくことができればと思っています。



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