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技術移転オフィス(Technology Transfer Office: TTO)をご存知だろうか。海外では多くの研究機関でTTOを設置し、研究と事業化の間にある「ギャップ」を埋め、「ラボから市場」へのスムーズな技術移転を推し進めている。TECHBLITZ編集部が8月に発行した「研究所発スタートアップ Trend Report」を基に、研究所発のスタートアップ創出における課題やサポートを考察し、TTOと技術移転プログラムを通して研究成果の商用化とスピンオフの育成を積極的に進めているドイツの研究機関の取り組みを紹介する。

研究機関や大学からの「スピンオフ」創出が注目され始めている

 岸田政権が2022年6月に発表した「骨太の方針」では、岸田文雄首相が掲げる経済政策「新しい資本主義」の重点投資4分野の1つに、「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」が盛り込まれた。

 その中で、「ディープテックなど事業化まで時間を要するスタートアップなど、長期間をかけて大きな成長を目指すスタートアップを後押しするための環境整備」「スタートアップが大学の知的財産権を事業化する環境整備」「ディープテック系スタートアップとのオープンイノベーションの促進」が必要と言及している。

 日本だけでなく、世界各国でスタートアップの創出と既存企業とのオープンイノベーションの重要性に関する理解が進んでいる。その一方で、研究所や研究大学からの「スピンオフ」の育成には長い間、特別な注意が払われてこなかったとされる。

 近年、特に公的な支援を受けて進められてきた研究の成果を、社会的な課題解決や経済的利益につなげ、ひいては新しい市場の形成や雇用の創出、国の経済成長と競争力強化につなげることの意義が指摘されるようになってきた。

Image: 研究所発スタートアップ Trend Report

「科学者たるもの金儲けの道に進むべきではない」からの転換

 代表的な事例として、フランス政府の取り組みがある。政府は2019年に「DeepTech Plan」を策定し、毎年500社のディープテック系スタートアップを創出するという壮大な計画を立てた。目標の500社には届かなかったものの、2021年には前年比26%増の250社のディープテックを軸にした企業が生まれた。その土台になったのが、教育・研究機関を中心としたエコシステムだとされている。

 ただ、優れた科学者の条件と、優れた科学起業家の条件は必ずしも一致しないことは知られており、起業には技術的な専門知識に加え、アイデアを売り込むための説明能力、ネットワーキング力、経営や財務に関する知識といったスキルも求められる。

 また、多くの国において、「科学者たるもの金儲けの道に進むべきではない」という意識が今なお根強いとも言われ、研究者たちの意識改革から着手することが必要だという声も聞かれる。加えて、投資家の側においても、研究開発型の企業はリターンが得られるようになるまでに比較的時間がかかることから、投資に消極的になりがちだった。

 これらの障壁を取り除くべく、世界中の研究機関で、所属する研究者を対象とした起業のための情報やトレーニングの提供、知的財産(IP)契約の合理化、投資家や民間企業との関係構築など、技術移転のためのさまざまな取り組みが行われている。

 その取り組みを加速させるために、多くの研究機関が「技術移転オフィス(Technology Transfer Office: TTO)」を設置し、TTOと技術移転プログラムによって、スピンオフの育成を積極的に進めているのだ。

スピンオフ創出への障壁とサポート

(1)科学研究の事業化の可能性の発見とアイデアの創出(Discovery & Ideation)

 事業化の可能性を発見したり、アイデアを創出したりする段階において、主な障壁となるのは、先述した「科学者たるもの金儲けの道に進むべきではない」といった根強い意識に基づく「商業化に対する周囲の否定的な態度や文化」をはじめ、「起業と離職に伴うリスクの認識」「起業に関する情報やサポートの欠如」「成功モデルの不足」などが挙げられる。また、「研究活動と起業準備を並行して進めることの時間的制約」も課題だ。

 その上で、サポートとして、「技術の商用化を後押しするという研究所としての明確な意思表明」や「起業実績が評価される新たな報酬体系の導入」がある。また、起業のためのトレーニングプログラムやサバティカルの休暇制度、起業が失敗した場合の「研究の世界」への復帰の道筋を提示できるかどうかも、ポイントだ。

(2)事業化の可能性があるアイデアを実行可能なものにするインキュベーションプロセス(Concept, Prototyping and Validation)

 この段階では、ディープテック系スタートアップの起業で生じる固有課題を深く理解するメンターの不足や、イノベーションを製品やサービスに転換させるための必要なスキルやプロセスに関する情報やトレーニングの欠如などが、障壁として立ちはだかる。

 それに対し、インキュベーションプログラムの提供や、ディープテックに特化したトレーニング・メンタリングプログラムの構築によって、壁を乗り越える後押しができる。特に、ディープテック起業の事例が増えるほど、経験や知識を持つ起業家のパイプラインが強化され、起業を目指す研究者の指導に当たることができ、次の人材が育成されるという好循環を形成できる。また、起業家コミュニティとのネットワークを持つメンターとつながることによって、創業メンバー探しと獲得にもつながる。

(3)法人化や商用化に必要な技術のライセンス供与(Licensing and Spinning out)

 研究所に帰属するIPのライセンス供与交渉にかかる時間と労力や、ライセンス条件が事業成功への足かせとなることもあり、また法人設立手続きに関する情報不足もハードルだ。これらの障壁に対し、スピンオフの成功は、出身研究所に対する評価の向上や、ロイヤリティ収入増による経済的利益の拡大につながることの理解と積極的な支援が必要だ。

 また、ライセンス供与の交渉プロセスの合理化や、助成金制度・税制優遇措置などを含む起業の具体的な手続きに関する情報の提供も課題解決につながる。

(4)顧客/パートナー/投資家探し、市場適合性の確認と成長(Commercialisation and Scaling)

 投資家は、ディープテック系の起業はデジタル系に比べてより長い期間と資金を要することを懸念したり、スピンオフ企業側がアイデアを売り込むための説明や営業力が不足していたりすることが壁となる。

 そこで、スピンオフ企業の認知度向上と、潜在的な投資家や顧客、パートナーの関心を集めるための情報発信がサポートとなる。投資家や産業界とのネットワーク機会の提供や、投資家や顧客に適した言葉でのピッチやプレゼンをサポートすることもカギになる。困難を克服した事例や経験者の紹介、困難を乗り越えるスキルを持ったメンターとつなぐことも大事だ。

Image: 研究所発スタートアップ Trend Report

フラウンホーファー研究機構「学術界と産業界の橋渡し役」

 研究所がスピンオフの創出を推進している事例として、ドイツのフラウンホーファー研究機構(Fraunhofer-Gesellschaft)の取り組みを紹介する。

 フラウンホーファー研究機構は、ドイツ国内に76の研究所と研究施設を持つ応用研究機関だ。その規模は欧州最大と言われ、研究分野もバイオエコノミーからヘルスケア、人工知能(AI)、次世代コンピューティング、量子テクノロジー、資源効率化・温暖化対策技術、水素技術など幅広い。

 学術界と産業界の橋渡し役を自認しており、年間研究費総額の70%を民間企業の委託研究契約からの収入が占めるなど、産業界と密接な関係を築いている。「社会に役立つ実用化のための研究」に重きを置き、技術移転とスピンオフも積極的に支援している。

Image:Fraunhofer-Gesellschaft HP

 同研究機構内の独立部門として、Fraunhofer Ventureは2001年設立。研究機構内の研究活動を通して得られた知識や知的財産権(IP)に基づく技術移転と起業(スピンオフ)を支援している。有望なアイデアの特定とビジネスモデルの構築から製品テスト、実際の会社設立まで、起業にまつわるすべてのステージをサポートする。

 これまで約500社以上のスピンオフに成功しており、同研究機構発のスタートアップの97%は創業から3年後も事業活動を継続している。委託や共同研究などを通して培われた産業界との強いコネクションを活かし、各スタートアップに合ったスポンサーシップや資金調達の機会も模索する。研究機構が共同出資者になるケースや、研究機構のVC(Fraunhofer Technologie-Transfer Fonds: FTTF)が出資するケースもある。

 例えば、フラウンホーファー研究機構は「事業化の可能性があるアイデアを実行可能なものにするインキュベーションプロセス(Concept, Prototyping and Validation)」の段階において、起業助成プログラム「AHEAD」を通したスピンオフ準備を行っている。

  同プログラムでは、4日間のブートキャンプを開催し、ビジネスアイデアに対するフィードバックを受けながらロードマップを作成した後、Phase 1 として最大6カ月の間に、必要なIPを明確に定義し、Go-to-market戦略の策定、フラウンホーファーとタームシートを締結する。そこで5万ユーロの助成がある。Phase 2 では、最大18カ月の期間で、各プロジェクトのニーズに沿った個別の継続支援を行っている。

 また、「法人化や商用化に必要な技術のライセンス供与(Licensing and Spinning out)」の段階では、企業戦略の調整や資金調達など、次のステップに進むための支援などのほか、フラウンホーファーが株主としてスピンオフ企業に参画することもある。

 このほか、ドイツの研究所、ヘルムホルツ協会(Helmholtz-Gemeinschaft)の技術移転部門として2005年に設立されたHelmholtz Enterprise (HE)では、設立以来2020年までに、ヘルムホルツ協会の研究成果を元に254社のスピンオフを実現している。

 フランスには、CNRS(国立科学研究センター)の技術移転オフィスCNRS Innovationや、国立情報学自動制御研究所(Inria)が2019年に設立したInria Startup Studioがある。

 イスラエルでは、ワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の技術移転部門であるYEDA Research and Developmentのサポートがあり、ライセンシングなどを通して得られた収入を更なる研究と科学教育に投資し、研究と商業化の間の好循環を生み出している取り組みがある。

世界のディープテックを把握【研究所発スタートアップトレンドレポート】
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※この記事は、TECHBLITZ編集部が2022年8月に発行した「研究所発スタートアップ Trend Report」を再構成したものです。同レポートでは、

  • 1.科学研究の事業化の可能性の発見、アイデアの創出
  • 2.アイデアを実行可能なものにするインキュベーションプロセス
  • 3.法人の設立、商用化に必要な技術のライセンス供与
  • 4.顧客/パートナー/投資家探し、市場適合性の確認と成長
の4つの段階において、ドイツ、フランス、イスラエルの各研究所がどのようにスピンオフ創出をサポートしているのか、より詳細な情報を、スピンオフ事例と共に紹介しています。



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