植物由来の原料で「肉に似せた」植物肉ではなく、細胞から肉そのものを培養する培養肉。最大の課題は「コストの壁」だったが、近年は世界中で開発競争が激化しており、シンガポールでは培養鶏肉で作ったチキンナゲットが実際に街で売られるなど、海外勢が先進的な取り組みを見せている。日本に目を向けると、独自技術を持つ有望スタートアップも登場しているが、培養肉分野への投資総額で米国やイスラエルと「数桁差」を付けられ、資金が足りずに足踏み状態を強いられているのが実情だ。課題を紐解くと、未来の技術への投資に極めて慎重な日本企業の風土や、国の規制整備の遅れが見えてくる。「共培養」という特許技術を開発したインテグリカルチャー(本社:東京都文京区)の代表取締役CEO、羽生雄毅氏に、業界を取り巻く日本の課題などを聞いた。

「数千万円の培養肉ハンバーガー」の意外な内訳

―培養肉というと現状は通常の肉より非常に高価な印象ですが、どういった背景があるのでしょうか。

 培養肉の開発において最大の課題は血清成分の価格、つまりコストです。培養液は「基礎培地」と「血清成分」で作られていて、血清成分は必須原料ですが、非常に高価*で、低価格化のハードルが高い。それがコストを跳ね上げる原因になっています。2013年に世界で初めて製造された培養肉は、ハンバーガー1個当たり3,000万円程度でしたが、高価になってしまう理由としてこうした背景があります。*インスリンやトランスフェリンが現在16万ドル/kg、EGFやFGF2が現在5千万ドル/kg

 さらに言うと、「おいしい細胞性食品」を作ろうとすると、血清成分のコストが積み上がる構造なんです。食感に必要な萌芽細胞、風味に必要な脂肪細胞、固形化に必要な繊維芽細胞などで「おいしさ」が作られますが、これらは細胞ごとに必要とする血清成分の種類や組み合わせが異なるためです。

羽生 雄毅
代表取締役 CEO
2010年、University of Oxford Ph.D(化学)取得。東北大学 PD研究員、東芝研究開発センター システム技術ラボラトリーを経て、2015年10月にインテグリカルチャーを共同創業。

―そうした課題に対して、インテグリカルチャーはどういった課題解決のアプローチをとったのですか。

 実は、こうした血清成分や成長因子は生き物の体の中では普通に作られています。人間の体の中とか、動物の体の中とかで起きていること、それをそのまま機械の中で再現してしまおうというのが、当社の技術の発想です。具体的に言うと、フィーダー培養層の中に肝臓細胞や膵臓細胞を入れて、これらの細胞に血清成分を作らせます。この血清成分が、ターゲット培養層の中に流れ込み、筋肉なり脂肪なりの細胞が増えるという仕組みです。

 つまり、動物の体内の臓器同士が血管でつながり、相互に作用を及ぼす体内環境を疑似的に構築することで、血清成分を外部から加えなくても、細胞培養の過程でシステム内で作ることができるんです。「共培養」という考え方で、これが当社の特許技術「CulNet(カルネット)システム)」です。こうした独自性の高い技術がインテグリカルチャーの特徴となっています。

 当社が革新的な点は、このように細胞を基礎培地のみで安価に培養する技術を確立したことにあります。基礎培地自体は糖分、アミノ酸、ビタミン、ミネラルなどの混合物で、言ってしまえば根本的にはスポーツドリンクと同じなので安価です。「CulNet システム」は低コストで複数の血清成分を一度に製造することができ、抽出精製工程も不要な点などに競合他社との優位性があります。

 また、競合他社は牛や豚、魚など特定の動物などに特化した細胞培養を得意としているケースが多いですが、当社の技術はどんな種類の細胞でも培養できる点も特長です。

image: インテグリカルチャー HP

「ステーキ肉」の実現にはまだ高い技術的ハードル

―これまでの実用例を教えてください。

 2023年2月にアヒルの肝臓を形成する細胞を培養し、食品素材として利用することに成功しました。いわゆる「培養フォアグラ」です。味わいに関しては、うまみ成分が一気に口の中に広がる感じと言いましょうか。試食会では「存在感の強い味」と表現されるなど好評をいただきました。

 ただ、これは本物のフォアグラとは異なり、血や筋などが含まれていない純粋な細胞の塊で、今の技術ではフォアグラと全く同じ食感や風味の再現は難しいのが現状です。味わいなどで本物と競合することにもなるので、「フォアグラ」として売り出すべきかは慎重に検討する必要があります。

 一般的なイメージで「培養肉」というと、ステーキ肉のようなものが既に完成していると思われがちですが、そこに達するにはかなりの技術的なハードルがあります。ぐちゃっとした細胞の塊だけでは、ステーキにならないんですね。ステーキ肉を作る技術というのは生体組織を作る技術なので、例えるなら、再生医療の世界で夢のまた夢とされている臓器を作るに至る技術と同じということになります。培養肉の世界で、それを完全に実現できる企業や研究室はまだ世界のどこにもありません。

「食べられるアヒル肝臓由来細胞」(インテグリカルチャー提供)

―食の分野以外でも活用が進んでいるそうですね。

 培養肉に限らず、動物由来細胞から食品や原料などを生産する方法を「細胞農業」と呼びますが、当社の「CulNet システム」も食品だけでなく、コスメ、皮革、医薬品などに幅広く応用することができます。

 すでに製品化されているものが、卵由来のプラセンタ様細胞を採取・培養して作るスキンケア化粧品原料「CELLAMENT(セラメント)」です。肌のハリや整ったキメのための有用性が確認され、化粧品などを手掛けるバイオテクノロジー企業のユーグレナさんにコスメ原料として採用していただいています。今後は培養毛皮などの生産も目指していく方針です。

 化粧品向け製品などはマーケットとして確かに存在し、そちらを追いかければ当社は儲かるかもしれません。しかし、地球環境への負荷など食肉に関する社会問題は解決しないので、食以外の分野もやりつつ、培養肉の開発を目指していく形です。ですので、化粧品で得た収益を食品に投じるというイメージになります。

資金調達で海外勢と「桁違い」の差

―2022年1月のシリーズAラウンドで7.8億円の資金調達を実施し、累計資金調達額は約19億円となりました。資金調達は順調に進んでいるように見えます。

 残念ながら、そうではありません。2016〜2020年の細胞農業分野への累計投資額は、日本が約25億円だったのに対し、米国は約2,300億円、イスラエルは約900億円に達しています。日本全体の投資額が、海外の有望スタートアップが1社で調達する金額より少ないのが現状です。資金調達に向けた動きとして、VCへのピッチなどに参加していますが、海外勢より2桁ぐらい少ない額で何とかやろうとしている厳しい環境に置かれています。

 日本の細胞農業は動き出しが早く、当初は先頭集団を走れていました。官僚の方々も色々と頑張ってくれて、他国より5年くらい早い動きができていたと思っていますが、今はそのレースから脱落しつつあります。

 今、当社が十分な資金調達をできないために、実証製造ラインの整備が遅れ、そのため厚生労働省のルールメイキングが進まないという状況が発生しています。産業界は国の方針が定まっていないので投資などに踏み切れず、国側も産業界の製品が形になってこないと方針を定められないという板挟みの状態です。

―そうした状況を打開して、資金調達を実現していくためには何が必要だと思われますか。

 もう、日本脱出じゃないですかね。他業種でもよく聞かれますが、残念ながら日本では情報だけを欲しがる大企業がすごく多いです。実際に何かをやろうという気運が起きても、結局、誰もお金を出さないという。

 特に商社などは非常にデューデリジェンスが長く、こちらはたくさん情報を出すんですけれど、結局のところ、まだ分からないと投資見送りとなってしまう。日本で資金調達しようとしても、時間の無駄になってしまうことが多いです。日本企業のオープンイノベーションは、掛け声倒れになっているケースが多いと感じています。

―「日本脱出」という言葉に当事者からの危機意識を感じます。海外には有望な市場が広がっているのですか?

 細胞農業全体に関して日本が遅れてきているので、顧客はほぼ全て海外になりつつあります。共同研究に関しては、マルハニチロさんや、日本ハムさんなど日本企業と一緒に取り組ませていただいていますが、実際の顧客候補になり得る企業は、海外の方が圧倒的に多いです。

 当社が目指しているのは、細胞農業生産プラットフォームを構築し、個人から事業者まで幅広い顧客層が活用できる仕組みをつくること。この生産プラットフォームを欲しがるのは誰かというと、同業の海外スタートアップなど、海外にいるプレーヤーになってきています。日本全体で細胞農業が遅れ始めている半面、海外では細胞農業の会社がどんどん増えているからです。

 いいスキームが描けたり、資金に余裕ができたりしたタイミングなどで、例えばシンガポールに拠点を置き、営業活動などは海外で行うのが適切なのではないかなという風に感じています。

image: インテグリカルチャー HP

細胞農業の国内エコシステムを構築

―創業の経緯をさかのぼると、自宅での細胞培養が始まりだそうですね。また、今も重要な役割を果たしている「Shojinmeat Project」について詳しく教えてください。

 はい、幼いころからSFの世界観が大好きで、自宅で培養肉が育つ過程を動画で配信したのが始まりです。培養肉の作り方はちょっと調べれば分かったのですが、お金がかかり過ぎるので、自宅で作ることができれば技術的な課題解決の本筋につながるのではないかと考えました。動画配信をきっかけに、細胞培養に興味のある人が集まり、何かユニットがあったらいいということで、2014年に同人サークルの「Shojinmeat Project」を立ち上げました。

 大企業でも大学でもないところで技術開発が進められ、オープンソースでその技術がばら撒かれたら面白いなということで、培養肉に関する情報はオンライン上で公開しています。培養液の合成方法や細胞の取り出し方など自宅で培養肉を作るマニュアル本をコミックマーケットで販売するといった活動もしていて、サークルの活動資金としていました。

 この活動の中で、細胞農業とはどうあるべきか議論を重ねました。そして、細胞農業を普及していくためには、技術的な側面以外にも、文化思想、経済社会など多方面からのアプローチが必要で、細胞培養に関する国内のエコシステムを構築するべきだと考えたのです。

 そうして、「Shojinmeat Project」を母体にスピンオフしたのが、企業として産業化を担う「インテグリカルチャー」、シンクタンク的な役割を担うNPO法人の「日本細胞農業協会」です。主にこの3つの機関で、細胞農業の普及を多方面に進めていて、その中心的な位置付けにあるのがインテグリカルチャーです。法人化に関しては、実験で使用する試薬などを購入する際、法人格が必要なこともあり、必要性に迫られたといった側面もあります。

―今後はどのようなビジョンを思い描いていますか。

 培養肉自体を作ることは比較的簡単で、公開されている動画を見れば高校生でもできるものです。ただ、それはあくまでも小規模生産であればという話。企業がやるべきことは大規模化であり、インテグリカルチャーとしては、その技術をプラットフォームとしてオープン化していきたい。

 そのプラットフォームの上に、顧客企業などの知財が乗っかることで、変わり種の培養肉ができたり、顧客企業にとっても新たな独自知財として差別化できるというメリットが生まれる。そうした産業としての細胞農業の将来図を思い描いています。



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