人工衛星と通信する地上アンテナのシェアリングサービスを手掛けるインフォステラ(東京都新宿区)。クラウドベースのソフトウェアプラットフォーム「StellarStation(ステラステーション)」で、世界各地に点在していた地上局をネットワーク化し、宇宙との通信に革新をもたらした。世界経済フォーラムが選出する2023年のテクノロジー・パイオニア100社に日本から唯一選ばれた注目スタートアップの共同創業者で代表取締役CEOの倉原 直美氏に、プロダクトやビジネス戦略について聞いた。

原体験は宇宙テーマパークで感じた高揚感

―倉原様の専門領域と経歴、創業の経緯をお聞かせください。

 私は宇宙関連の研究を行ってきました。子供の頃から宇宙のことに興味を持っていたのです。大分県の出身なのですが、北九州にあった「スペースワールド」というテーマパークに小学生の時に親に連れて行ってもらってから「もう宇宙行くしかない!」と感じたのを強烈に覚えています。同じ頃、日本人で初めて宇宙ステーションに行った秋山豊寛さんや、日本人初の職業宇宙飛行士、毛利衛さんなどを取り上げた宇宙のニュースを見てかなり影響を受けました。同じ世代の人には宇宙が好きな人が多いのではないでしょうか。

 大学は工学部の電気工学科でしたが、学部4年のとき人工衛星に関わる研究を行う研究室に入り、大学の博士課程を卒業するまでの研究テーマは人工衛星と宇宙環境などでした。人工衛星に関する博士研究員として3年半ほど勤務した後、民間企業に転職しました。そこでは、人工衛星を運用するための地上側の管制システムのエンジニアとしてまた3年半勤務し、その後2016年にインフォステラを創業しました。

 インフォステラは人工衛星の地上局ネットワークを提供する会社なのですが、地上局というのは、人工衛星とデータを送受信するため、アンテナなどが設置された通信設備のことです。周回衛星の場合、軌道上を周る衛星と地上のアンテナの位置は固定ではありません。通信時間をより長く確保したり、サービスの利便性を高めたりするには、世界中に地上局が必要となります。しかし、産業全体として地上局が不足していると感じていて、より使いやすい地上局ネットワークを提供したいと思ったのが創業の理由です。

倉原 直美
インフォステラ
共同創業者/代表取締役CEO
九州工業大学大学院で博士号(電気工学)を取得。JAXAでイオンエンジンと宇宙プラズマ環境の研究を実施。東京大学の博士研究員として、人工衛星運用システムおよび地上局開発のマネジャーを務める。衛星管制システム企業Integral Systems Japan社で衛星管制システムエンジニアとして勤務後、2016年にインフォステラを創業。

―地上局のネットワークというのはそれまでなかったのでしょうか。

 地上局に使われる商用のアンテナは、直径3メートルから7メートルのものが多く、1つの地上局を構築するには1億円から3億円ほどかかります。これまで、人工衛星を使ってビジネスをしたいという企業は、自分たちでこれらの投資を行って地上局を構築していたのです。地上局ネットワークもあったのですが、ノルウェーのKSATとスウェーデンのSSCの2社による寡占状態が続いていました。なぜなら、2010年くらいまでは衛星を使うユーザーが少なく、国や政府系の宇宙機関、エアバスやボーイングといった大手企業がメインだったので、KSATやSSCが提供するもので足りていたのです。

 2010年代以降は小型衛星が登場し始めて、プレーヤーが一気に増えました。衛星の数も右肩上がりで、民間企業やベンチャーが宇宙産業に参入するようになったのです。すると、KSATやSSCの地上局ネットワークでは不足するようになりました。国や政府系機関の衛星利用でしたら費用対効果を度外視した調査もできますが、民間企業はビジネスとして成り立たなければなりませんので、より効率の良い仕組みが求められるようになってきたのです。

衛星オペレーターとアンテナ保有者双方にメリットを提供

―民間企業での宇宙ビジネスというのはどのようなものがありますか。

 2010年代に盛り上がりを見せた領域の中に「地球観測」があります。衛星のカメラで地表面を撮影して、その画像データを分析することによってビジネスを行うものです。画像そのものを販売するケースもあれば、画像を分析して情報を抽出・提供するケースもあります。例えば、富士通は観測衛星データによって農業の生産性向上の支援をしています。

―御社が開発したソフトウェアの特徴を教えてください。

 地上局は、衛星と通信するためのアンテナの設備ですが、私たちのソフトウェアには、3つの機能があります。1つ目は、いつ、どの衛星が、どのアンテナを使うかの予約を入れる機能。2つ目は、予約の時間に衛星との間で通信を行う機能。そして3つ目は、設備の状態の監視・制御です。データを受け渡している最中に、アンテナが向いている方向や無線機の設定などを確認・調整できるようにします。

 これを実現するには、各種設備のインターフェースを調整しなければならないのですが、衛星の地上局はプレイヤーが少ないため、携帯電話やWi-Fiなどと違って標準化された規格がありません。そこで、さまざまな地上局と衛星の通信に対応したミドルウェアを開発し、2018年からシェアリングプラットフォーム「StellarStation」を提供するようになったのです。米国にも自前の地上局を保有して類似のビジネスモデルを展開するスタートアップはありますが、私たちは数多くの地上局の保有者を「StellarStation」でネットワーク化している点が差別化ポイントです。

 中心となるビジネスモデルは「StellarStation」の利用料になります。基本的には弊社の顧客である衛星オペレーターから、地上局を利用した分だけ料金をいただきます。そして、私たちはその利用料金で得られた収益から、ネットワークを構成する地上局に還元します。このプラットフォームができてからは、地上局ネットワークの拡大と、衛星を利用したい顧客両方を増やす活動に注力しています。2018年に1つだった地上局は、2022年には26となり、世界的に見た地上局のカバレッジは良好です。

 2年前からは、日本に地上局を置きたい海外パートナー向けにインフラのホスティングも行っています。弊社としては基礎部分やフェンスで囲んだエリアなどの場所をお貸ししていて、アンテナ自体はパートナー企業が用意します。

―グローバルに地上局ネットワークを構築するには、さまざまなアンテナ保有者と契約しなければならないと思います。創業からどのようにネットワークを構築していきましたか?

 衛星の打ち上げ数は増えてきましたので、地上局が不足するだろうと予測し、すでにある地上局を結ぶアグリゲーターになろうとしました。しかし、創業してソフトウェアのプラットフォームをつくって、地上局の保有者に営業にいくわけですけど、最初の契約獲得にはすごく苦労しました。たくさんの地上局が参加しているネットワークなら魅力的かもしれませんが、誰もいない状態では、地上局が参加するメリットがイメージできないからです。

 最初に参加してくださったのは、航空測量・空間情報サービス事業を展開する日本企業のパスコでした。衛星用のアンテナをお持ちで、アンテナの空き時間の有効活用を考えていたため、私たちがお客さんを連れてくることにメリットを感じていただきました。それから、ソフトウェアの部分で、顧客に簡単なインターフェースを提供できるということも採用のモチベーションとなったようです。

AWSとも協業。日本の宇宙産業が蓄積した技術を世界に広めたい

―導入事例をお聞かせいただけますか。アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)との協業も大きな話題となりました。

 日本のお客様で、北海道と沖縄の2カ所に地上局が必要な企業のケースを紹介しましょう。当時、北海道と沖縄にアンテナを持つ事業者がいなかったため、2社とそれぞれ契約しなければならなかったのですが、弊社のネットワークは両方のアンテナに対応していましたので、その方が楽だと契約してくださいました。このケースだけでなく、海外も含めると複数の地上局と個別に契約するのは面倒だし時間もかかります。

 AWSは、世界に地上局を十数カ所展開していて、現在は私たちの地上局ネットワークに参画していただいています。実は、私たちが2018年に「StellarStation」のフルサービスの提供を始めてから1カ月後にAWSも衛星地上局サービスを開始したので当時は社内がざわついたのですが、その後、私たちの技術が評価され、2021年から連携するようになりました。

―新しい機能の開発などは進めていますか。

 通信障害などが発生した際に、顧客企業が迅速に状況を把握できるような機能の拡張を考えています。「StellarStation」を使って通信ができるのは今や当たり前になっているのですが、問題が発生した場合の状況把握については実はかなりアナログな部分があります。使用しているインフラが海外にあって問い合わせ時に時差を考慮しなければいけないとか、そもそも連絡手段は電話なのかメールなのかといった具合です。将来的には「StellarStation」を使えばこの部分をDX化できるので、例えば、ダッシュボードを見れば問い合わせをせずとも詳しい状況が把握できるといったことが可能です。機能としてはすでにありますが、今後ここに特化してより便利な仕組みへと作りこんでいきたいと考えています。

 宇宙関連の技術は先進的なイメージもありますが、世界的に見ても地上局の数は少なく、標準化された技術があるわけでもありませんので、アナログな運用もされています。地上局運用のDX化をしていくといった方が分かりやすいですね。

image: インフォステラ HP

―日本企業との協業はどのような展開が考えられますか。将来展望も含めてお聞かせください。

 衛星のメーカーや通信インフラ、データセンターなどの事業者との協業が考えられます。近年では、気候変動が大きな話題となっていますので、その分野は今後成長していくと考えています。弊社のプラットフォームは、グローバルに地球の状況を把握するアプリケーションとは相性がいいと思います。特に、海洋系の情報はあまり流通していないので、船舶や海運、資源探査、環境改善など海の活動に利用していただくのはいいかもしれません。政府系なら安全保障などのニーズにも応えられると思います。

 衛星は活用の可能性が広く、私はもっと使われるべきだと考えています。日々の生活をもっと暮らしやすくしたり、利便性を高めたり、気候変動の課題を解決したりするのに大きく寄与できる可能性がある産業技術です。地上局がないことでそれが生かせないのが悔しいという思いがこのビジネスの始まりなので、衛星技術をより身近に使っていただけるようにしていきたいですね。

 日本には以前から宇宙産業に取り組んできて技術の蓄積があります。しかし、海外展開は少し出遅れている印象ですので、そこを変えていきたいと考えています。日本の宇宙産業を海外展開する取り組みを是非皆さんと一緒にやっていきたいです。



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