10年後の未来から逆算してビジネスを起こす
GVEのCEO房広治氏は、イギリス留学中にインベストメントバンクの職を得て、ロンドンでM&Aアドバイザーの職に就く。1990年からは東京のインベストメントバンキング業務に従事し、外資系バンクを日本市場で成功させた後、クレディ・スイス証券に参画し、同社が買収したDLJディレクトSFG証券(現:楽天証券)の社外役員を務めた。
以来、金融とテクノロジーの世界にのめりこみ、2004年に独立して立ち上げたヘッジファンドで得た利益をもとに、ライブドアのFXシステム会社を買収して大成功を収めたこともある。リーマンショック後は、プライベートエクイティ投資も手がけるなど、ずっと投資金融の分野を歩んできた。とくに銀行出身の投資家としての実績とバックグランドをもちながら、FXシステムの開発にも関わった経験をもつ房氏は、デジタル技術にも精通する稀有な存在といえる。
英オックスフォード大学ワクチングループの戦略アドバイザーも務める房氏は、これまでの経験から科学的思考を重んじており、10年後の社会を逆算しながらビジネスをする必要性を感じていた。そこで、科学ベースでセキュリティの高い、スピード感をもった戦略のある会社を起こしたいとGVEを2017年に創業する。
GVEが描く10年後の未来戦略は、「クラウドとスマホだけで決済が済む世界をつくりたい」というものだ。マッキンゼーによると、現金輸送にかかるコストは、2019年に2兆ドル発生しており、2023年になると2.7兆ドルに膨らむと見られている。日本円に換算すると、年間約300兆円もの莫大なコストがかかる予想というわけだ。また、キャッシュカードに使われるICチップやプラスチックなど、貴重な資源も多く消費されている。スマホだけで決済できれば、こうした無駄なコストを効率化できるだけでなく、輸送にともなうCO2排出量や、資源の無駄を削減できるのではないかと考えたからだ。
また、理由は環境問題だけではない。デジタル化で大きく後れをとる日本が、デジタル通貨で再び技術立国としての輝きを取り戻してほしいという、房氏自身の熱い想いもある。GVEのデジタル通貨プラットフォーム「EXC」の開発には、「Felica」を開発したソニー出身の日下部進氏の協力を仰いだ。日下部氏は世界に先駆けてモバイル決済を開発した、世界に誇る技術者だからだ。
IMFが設定した中央銀行デジタル通貨の評価基準をクリア
いま各国の中央銀行が、デジタル化した銀行券「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」を発行してはどうかという議論があるが、GVEが考えるデジタル通貨のプラットフォーム「EXC」はこれと同じ考え方だ。
EXCプラットフォームでは、これまで中央銀行と、市中銀行、クレジットカード会社それぞれ異なったサーバーを全て同じ「EXCサーバー」に統合するなどによって、他のいかなる電子マネー、クレジットカード、スマホ決済よりも優れたセキュリティ、スピード、コストを実現する設計となっている。2018年に国際通貨基金(IMF)が発表した、CBDCのための技術に関する11の基準をクリアしている。
房氏によると、EXCプラットフォームの優れた点は、高度なセキュリティを持ちながら、Felicaのように瞬時に使えることだ。本人確認に従来のパスワード認証ではなく、スマートフォンの生体認証とサーバー側の認証技術を組み合わせており、強固なセキュリティを担保している。
「スマートフォンの非常に高性能なカメラとマイクを活用すれば、指紋認証するだけで不正アクセスが5万分の1に減少しますし、顔認証すれば100万分の1ぐらいになります。さらにこの二つの技術を組み合わせれば、リスクは500億分の1になりますから、ほぼ突破される可能性はないと言っていいでしょう。また、もしも誰かがパスワードを盗んでしまった場合に備えて、本人以外による『なりすまし』操作であることを判別する軍事レベルの技術もサーバー側に採用しています」(房氏)
ビットコインやイーサリアムに代表されるブロックチェーン技術は、暗号化による偽造・改ざん防止の仕組みが構築されているが、膨大なエネルギーを使った計算が必要なことが大きな課題となっている。また近い将来量子コンピューターの登場によって暗号化記述が破られ、偽造防止が成立しなくなる可能性もあり、量子耐性を持った技術の必要性が指摘されている。EXCプラットフォームでは、生体認証とサーバー側の技術によってこのような不安を払拭するのだ。
10年以内にスマホ決済のスタンダードを目指す
ビットコインなどの暗号資産は中央に管理者を持たない分散型の技術という側面も持っているが、房氏は、将来的にはデジタル通貨は中央銀行が発行するモデルが主流になると考えている。現在、GVEのプラットフォームは、発展途上国のデジタル通貨として検討が進められている。レガシーシステムが整っていない新興国の方が、一足先にデジタル化に取り組みやすいことと、途上国では銀行よりもスマホの方が圧倒的に普及しているためだ。
GVEの収益は、こうした途上国とのパートナシップ料から得る仕組みで、いくつかの国と提携交渉中だという。2020年5月、Evolution Financial Groupから28億円を調達した。社員は5名で、エンジニア3名が日本にいるが、採用するよりも特許技術をベースとした外部委託の開発に投資していく考え。EXCの他に、電子カルテシステムの開発にも取り組んでいる。
収益があがるのはまだ10~20年以上先だが、それまでの資金は自己資本と調達資金から十分に確保しているという房氏。まずは最初の1カ国での成立を目指し、2024年くらいには100億円規模の売上を予測している。あとは稼働に応じて数十億円という莫大なリターンが戻ってくる事業となる。
諸外国と交渉中ではあるが、日本からは、地域通貨に取り組む地方自治体や、現金輸送のコスト削減をしたい金融機関、流通企業からの引き合いが多く届いている。まだどれも実証実験段階だが、要望があれば積極的に相談に乗りたいとした。
GVEの長期ビジョンは、10年以内に本当に便利で、シームレスなスマホ決済を実現すること。その発想のベースは、シナリオ思考(Scenario)と、スピード(Speed)、セキュリティ(Security)、サイエンス(Science)の4つのSから成り立っている。10年後から逆算したシナリオを描き、科学技術を駆使したスピーディーかつセキュアな基盤を構築していく戦略だ。そのために、必要なロードマップを描いて着実に布石を打っていきたいとした。
「本当にスマホとクラウドだけで、現金がいらない決済ができる世の中になるには、まだ10年くらいかかるでしょう。その時、『もう現金やカードには戻れない』というくらい本当に利便性の高い世界を描いています。たとえばPOSシステムにシームレスにつなげられたり、日本で開設した銀行口座が世界中どこにいっても使えたりするようなものです。10年先の未来を考えた時、そこから逆算していまやるべきことを考えるのが私たちの仕事です」