自動車業界などでは「ジャストインタイム生産方式」に代表されるように、在庫を減らし効率化を追求するのが常道だった。しかし、昨今の半導体不足等による減産は機会損失を招き、この常道を大きく揺り動かしている。製造業向けに「在庫戦略モデル」を開発するFACTORY X(ファクトリーエックス、本社:愛知県岡崎市)は、在庫を単に負の資産ととらえる考え方に異を唱え、製造工程の生産性や収益性に加え、事業戦略なども入れ込んで最適在庫を算出するソフトで工場経営の支援を目指す。同社の創業者でCEOの神谷喜穂氏に、在庫を基軸とする工場経営の新たな戦略について聞いた。

目次
在庫評価モデルの独自研究が国際学会で受賞
ジャストインタイムが通用しなくなってきている
自動車やエンジン部品メーカーが関心
在庫を軸に、工場経営を進化させる

在庫評価モデルの独自研究が国際学会で受賞

―製造業、特に在庫に興味を持たれたのはどのようなきっかけからですか?

 トヨタ自動車や三菱自動車の拠点にも近い愛知県岡崎市で生まれ、子供の頃からテレビの「プロジェクトX」やロボコンが大好きで、ミニ四駆作りにも熱中していました。それで、中学に入ったぐらいから、将来はメーカーでハードウェアエンジニアの仕事をしたいと考えるようになりました。

 だけど、14歳の時に脳の病気が発症してしまって。薬の影響でまともな生活も送れなくなり、中学には通えず、高校も中退しました。そのためエンジニアの夢も諦めたのですが、17歳になって、完治ではないんですけど症状が改善したんです。

 その頃からエンジニアは無理でも、在庫管理を通じて製造業に関われないかと考えるようになり、在庫管理に興味を持ち始めました。当時はシステム設計が流行り出していた時期でしたし、物理学研究者の父の影響か、私も数学や研究が好きで、パソコンも持っていたので、「Excelでマクロを組んで面白いものを作ったら、どこかのメーカーが買ってくれるんじゃないか」と考えました。

 大学では、それを実現するのに役立ちそうな経営工学を専攻し、計画策定時などに科学的なアプローチで最も効率的なプランを導き出すオペレーションズ・リサーチを学びました。それをベースに、大学院進学の半年後に「Inventory evaluation model in consideration of the interrelationship of production, storage and consumption(生産・保管・消費の関係を考慮した在庫評価モデル)」という論文を国際学会で発表したところ、「Society of Interdisciplinary Business Research 2014 Best Paper Award」という賞をいただきました。

―その成果をビジネスにしたいと考えて、起業を思い立ったのですか?

 ええ。でも、研究成果をビジネスにするには、システムの開発も、お客さんへの提案も難しいため、経験を積むために、外資コンサルティング会社のアクセンチュアに入社し、さらに製造現場により近いAIスタートアップの「エクサウィザーズ」に転職しました。そこでは、AIロボット開発のプロダクトマネージャーを担当しましたが、その会社がIPOをした後ぐらいに、個人的に新規事業のピッチ大会に出てプレゼンテーションしたところ、良い反応をいただきまして。

 そこにはスタートアップの社長も来ていたんですが、投資家になってくれそうな企業の担当者に夢を熱く語っている姿を見て、自分が想像していたイメージとはずいぶん違うなと感じました。それまで私は、起業家のことを「ちょっと威張っている金持ち」みたいに勝手に思ってたんですよ(笑) でも、その時、印象が変わって、起業家になるのもいいな、と考えるようになりましたし、市場規模の大きい製造業なら投資家を見つけやすいのではないかと思い、会社を立ち上げることに決めました。

神谷 喜穂
創業者 & CEO
小さい頃から製造業に憧れを持ち、脳の病気を患ったことをきっかけに、在庫管理に興味を持つ。青山学院大学大学院で経営管理を専攻。在庫の収益性評価の研究に取り組み、半年で国際学会のBest Paper Awardを受賞する。その後、アクセンチュアに入社し、グローバルSCMのデータ分析などの案件に従事。さらに製造現場により近いAIスタートアップであるエクサウィザーズへ転職し、AIロボット開発プロジェクトを担当。自身の研究による「在庫戦略モデル」の開発・事業化に取り組むために、2022年9月にFACTORY Xを創業。

ジャストインタイムが通用しなくなってきている

―御社が開発中のソフトウェアは、製造業のどんなソリューションを実現するものなのですか?

 例えば、トヨタなどが採用している「必要なものを、必要な時に、必要な量を生産する」ジャストインタイム生産方式では、生産のリードタイムや物流のリードタイム分しか在庫を持ちません。しかし、新型コロナウイルスの蔓延や半導体不足によってサプライチェーンに大きな混乱が起きると、最小限の在庫を持つだけでは到底対処しきれません。特に、自動車を作るには3万点もの部品が必要で、大手自動車メーカーは世界中に1,000社ぐらいある部品メーカーからそれを集めて車を組み立てています。部品が1つでもそろわなければ、自動車を生産できません。

 突発的な事件でなくても、サプライチェーンでは小さなトラブルが日常的に起きていて、メーカーは在庫を必死に集めなければならないとか、在庫が余って大変だとか、今何を作ればいいのかわからないといった問題に悩まされ、経営が不安定になってしまいます。確かに在庫は、マイナスの資産扱いになりますので、多く持ちすぎるのにはリスクがあり、経営者や財務はできるだけ減らそうとしますが、一方で在庫不足が起きれば機会損失になる。現場にしてみれば、いつ、何を、どれだけ作ればいいのか判断がつかず、混乱状態に陥ってしまいます。

 要するに市場の変化が激しい現在においては、生産目線だけで意思決定するのは難しく、ジャストインタイムのような方式が通用しなくなってきているということです。そして、この状況に対応するためには、会社の方針や利益・コスト、生産条件も含めた視点から最適在庫を算出しなければなりません。実は、そのような在庫管理のシステムは、Amazonやコンビニなどの流通業ではすでに確立されていて、損益分岐点などもきちんと把握されているんですが、製造業ではそれができていなかった。われわれの在庫戦略モデルは、そこにソリューションを提供できるのです。

―具体的にはどのような形で最適在庫を実現させるのですか?

 まず、企業が製品を生産する際に用いる材料や予算、設備の費用、見込み収益などのデータに加えて、事業方針など会社の状況をシステムに入れ込むことで、工程ごとの最適なリードタイムや持つべき在庫を算出します。さらに、このデータを集約し、工場全体の在庫の最適化を図るんです。製造業では、あらかじめ市場動向を予測して販売計画を組みますが、需要やサプライチェーンに想定外の大きな変化が起きた時、当初の計画は破綻してしまいます。

 しかし、そういうケースにおいても、われわれの在庫戦略モデルを使えば、例えば生産能力を考慮した上で、粗利の高い製品の在庫を優先的に持つといった決定ができるので、損失を最小限に抑えられます。また、逆に在庫を持ちすぎて損失が出てしまわないように、様々な条件を考慮しながら、これ以上在庫を増やしてはいけないというボーダーラインも設定することができます。

―御社のソフトウェアによって、適正な在庫管理ができるということですね?

 在庫管理ではなく、「在庫戦略」です。この名称を考えたのは、当社のメンバーでもある私の妹で、テレビ番組の製作に携わっていたようなクリエイターですが、われわれがやろうとしているのは、在庫を確認して適正な水準に保つだけの在庫管理のサポートではなく、最適在庫を算出して工場経営を改善するためのツールの開発なんです。例えば、ティア1、ティア2などのOEMは、製品を作ることが主要業務になりますので、工場の在庫に関するデータが重要な経営指標にもなります。そして、そのデータを詳細に分析すれば、生産計画にも反映できるという意味で「在庫戦略」という名称を用いているのです。

image: FACTORY X HP

自動車やエンジン部品メーカーが関心

―プロダクト開発は、今どのあたりのフェーズにあるのですか?

 現在はアルファ版を作っているところですね。システム画面などの仮設計まではできているので、それをお客様にお見せすることはできますが、われわれのプロダクトはデータありきなので、並行して実データを使った検証も行っていかなければなりません。幸いなことに、早くからわれわれのプロダクトに興味を持って、実証試験をしてみたいと言ってくれる企業さんも多いです。企業の上層部の方が積極的に動いて、現場からデータを出すように声をかけていただいているケースもあるので、ありがたいですね。

 今後のロードマップとしては、今年中にプロダクトを作り切り、来年から再来年にかけて、小さくてもいいのでどこか1つの工場でそれを稼働させたいと思っています。われわれのソフトウェアを入れたためにお客様の工場が止まったりするようなことがあってはいけませんので、慎重に導入・運用を進めながらバグを潰していき、1つの工場で順調に稼働させることができたら、その成果を踏まえて複数の工場で実績を拡大していきます。

―最初に導入してくれそうなのは、どのような企業でしょうか?

 業種としては自動車業界で、今、大手の自動車メーカーさんにグループ会社の中から導入する工場を探していただいていますが、その候補の1つが車の内装部品を作っている企業です。車の内装は部品点数が多い上に、オプションがついたりするのでカオスになりやすく、さらに大手のティア1企業になると取引先も多く、作るのも管理するのも対応が難しくなります。

 もう1つの候補は、エンジン部品メーカーです。エンジンも部品点数が多く、また財務諸表を見るとかなり高額な部品もその中にあります。そのため、我々のソフトウェアを入れることで、利益率なども考慮した在庫の最適化が図れるのではないかと思っています。

 それとは別のパターンとして、中小規模のティア2企業などに導入してもらうというのもあるでしょう。ティア2企業は、これまではクライアント企業の言うとおりに製品を作って利益を上げてきた会社も多いと思いますが、市場の変化も激しくなっていますし、自らの方針で事業を発展させていこうとしている会社も出てきていると思います。親会社の資本が入っていないなど、自分たちのアイデンティティを活かしてモノづくりをしていきたいと考えている会社なら、前向きに検討してくれるかもしれません。

―将来的にどのようなビジネスモデルをお考えですか?

 最終的には、SAPのようなパッケージベンダーになりたいと考えていますが、当面は導入先の企業にフィットするようにシステムを作っていかなければなりませんので、コンサルティングから運用・保守まで我々が手掛けることになるでしょう。ですので、導入まではコンサルフィーをいただき、システム稼働後はデータ従量課金で運用・保守費をいただくような形になるかと思います。

image: Gorodenkoff/ Shutterstock

在庫を軸に、工場経営を進化させる

―御社のビジネスを展開していく上で、お客様をはじめどんな企業とどのようなパートナーシップを組んでいかれるのですか?

 まず、お客様についてですが、われわれの在庫戦略モデルを自社で実現するには、在庫に対する考え方はもちろん、工場経営のあり方を問い直すことも求められますので、部署横断的なプロジェクト体制が必要になるでしょうし、意識改革も進めなければなりません。そのようなハードルを乗り越え、在庫戦略モデルという強力なエンジンを駆使して経営を改善しようといったマインドをお持ちのお客様とともにプロジェクトを推進していきたいです。

 また、当社のプロダクトの導入に当たっては、導入先の企業へのコンサルティングや業務内容に合わせたシステム開発、データの入れ込みが必要になります。ですので、コンサルティングファームやSIerもパートナーとして、事業展開を図っていかなければなりません。

 さらにもう1つ、銀行との協業というパターンも考えています。例えば、地銀さんが製造業に融資する際、財務分析をして在庫回転率などをチェックしますが、その在庫の中身までは詳しくわかりません。しかし、我々のシステムが融資先の会社に導入されていれば、在庫の価値や経営状態の指標になるので、融資審査の判断材料にもなりますし、なぜリスクを取ってその会社に融資するのかを明確にするデータにもなります。

 われわれはSaaSでサービスを提供していきますので、システムの導入・稼働後は、銀行の営業担当者などがデータのアップロードのサポートをするといったコンサルタント的な役もしていただく。そういう形で銀行さんとパートナーシップを組めば、両者の顧客を開拓していくこともできますし、融資先企業の経営の健全化も支援できます。

―御社の将来のビジョンをお聞かせください。あわせて、御社の事業にご興味をお持ちの皆さんにメッセージをお願いします。

 棚卸した在庫の確認など、効率化すべき現場作業はまだたくさんあります。世の中には、AIカメラを使って在庫管理をするシステムもありますが、工場の現場への導入事例はまだ少ないはずです。また、今後はデジタルツインによるシミュレーションで、サプライチェーンの全体最適化を図るといった取り組みも進められるでしょう。当社は在庫をキーに、そうした最新技術にも対応しつつ、収集したデータを活用して工場経営の進化をサポートしていきます。現場向けのソリューションに特化した大きな企業はまだありませんので、将来的にはそういうポジションの会社になりたいですね。

 大手メーカーの傘下にある企業などは、親会社の意向や市場環境の変化にも左右され、最善の選択が何なのか迷われることも多いと思いますが、当社のプロダクトを導入いただくことで意思決定も楽になり、経営の安定化が図れるのではないかと思います。在庫戦略モデルに限らず、DXを進めるのはとても大変ですが、製造業のペインは現場の方々が一番よくご存知だと思いますので、さまざまなハードルを乗り越えて一緒により良い未来を創っていきましょう。  

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