目次
・シリコンバレーでの日本企業の成功事例を作りたい
・CVCを待ち受ける「7年間の壁」の全貌
・ローテーション問題には「人材のレイヤー」を
・壁を突破する企業に共通する特徴とは?
・日米での経験を活かしたCVC支援
・明確な意志を持ったシリコンバレー進出を
シリコンバレーでの日本企業の成功事例を作りたい
―まず、これまでのキャリアやシリコンバレーで独立した背景を教えてください。
私はKDDIでの25年間、技術からビジネスへと領域を広げながら、長年にわたって新しい価値の創出に取り組んできました。最初は携帯電話システムの無線技術者としてキャリアをスタートさせましたが、その後、クラウド事業の立ち上げや海外協業、そして『KDDI ∞ Labo』やCVC運営など、オープンイノベーションの最前線へと軸足を移していきました。そうした中で2015年にシリコンバレーへ赴任した際、痛感したのが日系企業の存在感が驚くほど薄いという現実です。
「あなたの会社は何の会社?」という反応は珍しくなく、ビジネスを進めるのは想像以上に困難でした。まるでメジャーリーグに放り込まれたような感覚で、数年程度では成果を出せないということを身をもって理解しました。
その経験から、時間はかかっても「日本企業がシリコンバレーで本当に成功した事例を作りたい」という思いが強くなり、2021年にTomorrow Access(トゥモローアクセス)を創業して、現在に至ります。目的は、日本とアメリカの間にある情報ギャップや文化的な壁を乗り越える支援を行い、成功事例を着実に増やしていくことにあります。
CVCを待ち受ける「7年間の壁」の全貌
―傍島さんがこれまでの経験に基づいて提唱する「CVCが7年間で直面する壁」。この全体像について教えてください。
CVC運用初期の7年間には、ほぼ例外なく現れる構造的な壁があります。これは担当者の頑張りや個社の事情というよりも、CVCという仕組みそのものが生み出す宿命的なタイミングです。
資料の図(下)を見ると1号ファンドの組成から10年ほどの間に、典型的に何が起きるかが年ごとに整理されています。これがそのまま「7年間の壁」を説明しています。
出所:Tomorrow Access
ファンドを立ち上げると、まず1〜3年で数多くのスタートアップと出会い、投資が進んでいきます。ただしこの時期は、アーリーステージ向けCVCの場合、投資先の多くがまだPMF(プロダクト・マーケット・フィット)前後で、何も成果が見えない。
しかもスタートアップの余命は平均18〜24カ月。1回目のラウンドを乗り越えられるのは40%程度にすぎません。そのため、2年目あたりからは、
- 投資先の倒産が出始める
- 順調な先へのフォローオン投資
- 不調な先にもフォローオンの判断が必要
この時期に頻発する項目として「駐在員のローテーション問題」「担当役員の交代」「投資目的の再定義」が並んでいます。これは非常に象徴的です。
多くの企業では駐在員が3〜4年で交代するため、「前任者のネットワーク」「投資の文脈」「なぜこの企業に投資したか」が断絶しやすい。さらに、投資の成果がまだ出ていないため、新任の役員からは、「このCVCは何のためにあるのか?」「事業シナジーは本当に生まれているのか?」と根本的な問いが改めて投げられる時期になります。
最も大きな壁が訪れるのは、実は6〜7年目です。1号ファンド、2号ファンドの投資はすでに終了していますが、スタートアップ投資の構造上、この時点ではまだ財務的成果はほぼゼロ。
一方で企業側では、3号ファンドを組成するかどうかの判断が必ず求められます。つまり、まだ結果の出ていない状態で、次の勝負をするかを決めなければならないのです。このタイミングでは、次のような特徴的な圧力が生じます:
- 駐在員のローテーション問題が再び発生(2巡目)
- 3号ファンド準備の議論が始まるが、1号/2号とも財務成果なし
- 企業全体で「中止?」の選択肢が具体化
「CVCという仕組みそのものが生み出す宿命的なタイミング」があると傍島氏は考える
ローテーション問題には「人材のレイヤー」を
―「7年間の壁」の全体像はよく分かりました。まず気になるのは、ローテーション問題。CVCが大企業の投資部門である限り、数年おきの人事異動は避けては通れず、だからこそCVCは壁にぶつかってしまうんですね。ずばり、駐在員のローテーション問題という壁を乗り越える方法は?
おっしゃる通り、駐在員が3〜4年ごとに入れ替わるという構造自体は避けがたいものです。しかし、問題は「入れ替わること」ではなく、その前提があることがわかっているにもかかわらず、「そのたびにネットワークや知見が断絶すること」だと考えています。
解決の鍵となるのは、1人駐在を前提にしないことです。複数人体制で重なり合う期間をつくることで、組織として強くすることもできます。また、シリコンバレーの文脈を理解したローカル人材を採用することで、知見の蓄積が格段に進みます。
さらに、長期的な戦略を描くメンバーと、事業部経験をもとに3年程度で往復する「実装担当」を分けるなど、戦略的な組織設計によって継続性を担保する方法もあります。
壁を突破する企業に共通する特徴とは?
―ローテーション問題以外にも、CVCが7年間でさまざまな壁に直面することが分かります。これらの壁を突破する企業は何が違うのでしょうか?
これらの壁を突破する企業には、いくつかの共通した特徴があると感じています。まず、「なぜCVCをやるのか」という目的が10年スパンで設計され、組織の上下で共有されていること。やってみてから考える、ではなく、成功までのマイルストーンが明確に描かれているケースがほとんどです。
さらに、役員・事業部長・現場担当というレイヤーを越えて、思想やネットワークがきちんと引き継がれていることも大きいです。
象徴的な例として、当社がシリコンバレーでお手伝いしているMS&ADインシュアランスグループホールディングスのCVC、MS&ADベンチャーズ様がいらっしゃいます。彼らはローカルVC人材を採用しながら7年間で5号ファンドまで積み上げていて、2024年には米CBインサイツ社がまとめたインシュアテック領域の有望スタートアップへの出資件数で世界1位に選出されました。これは一貫した戦略と、組織的な継続性があったからこそ成し遂げられた成果です*。
―これまでの日本企業の挑戦から学べる成功へのヒントも数多くあると思います。そのために敢えて伺いたいのですが、日本企業はなぜ、なかなか明確なゴールを描けないのでしょうか?
最大の理由は、企業の中期計画が景気や業績によって頻繁に変わることにあります。経営が苦しい局面では「守り」が優先され、新規事業やCVCの意義が後退します。逆に、余裕があるときには「とりあえず始めてみよう」となる。
しかし、投資の成果は短期では見えず、協業も時間がかかります。このギャップが目的のブレを生み、「CVCを続ける理由」が組織で共有されないまま時間だけが過ぎてしまうのです。
そしてもう一つ重要なのが、「ジブンゴト化」ができているかどうか。担当者が心の底から「自分が成果を出す」という意識を持てているかによって、活動の継続性が大きく変わります。意識が薄いと、すぐに「会社はわかっていない」、「今の上司はだめだ」、「日本チームがわかってくれない」など、他人事になってしまいがちです。
ただし、CVCは「担当者の奮闘」だけで突破できる世界ではありません。個人の努力が支えになる一方で、最後に勝敗を分けるのは、やはり戦略的に設計された組織と仕組みです。個人ではなく組織として勝てる構造を持てるかどうか。そこが、7年の壁を超えられる企業とそうでない企業を分ける決定的なポイントだと考えています。
*MS&ADベンチャーズの取り組みについては後日、別記事で詳しく紹介します。
傍島氏は「CVCの勝敗を最後に分けるのは、戦略的に設計された組織と仕組み」と、経験に基づく持論を展開する
日米での経験を活かしたCVC支援
―Tomorrow Accessでは具体的にどのような支援を行っているのですか。
主に以下のような支援です。
- 日本企業の新規事業開発・CVC支援
- 日米スタートアップの事業成長・グローバル展開支援
- 日米の情報格差を埋める活動(ウェビナー・教育・メンタリング)
| ビジネス戦略コンサルティング | 日米での数々の投資・新規事業立ち上げ経験から、経営戦略、事業開発立案、CVC設立、イノベーション創出、獲得ブランド策定などを幅広く寄り添う形でサポート。 |
| 米国駐在員サポート | どこから手をつけて良いかわからない、人脈を広げられない、など駐在員のお困り事を支援。 |
| スポットコンサルティング | 「まずは相談から始めてみたい」という要望に対応。投資・事業開発・米国進出など、個別に相談したい事項に対してアドバイスを行う。 |
| トレンド情報配信 | シリコンバレーでのトレンドをいち早く掴み、手に入りにくい現地の最新情報をニュースレターやウェビナー形式で届ける。 |
| 企業向けトレーニング・研修 | 新規事業、CVC、経営企画の方などを対象にした社内向けトレーニングを日本語でサポート。 |
| シリコンバレーネットワーク開拓 | 「日本からシリコンバレーでのネットワークを広げ、事業をもっと世界に広めたい」「現地の人々の話を聞きたい」等のニーズに応える。 |
加えて、アメリカや日本進出を目指す日米のスタートアップ支援にも力を入れています。日米の情報ギャップを埋めるのは、自分たちの使命だと思ってやっています。
明確な意志を持ったシリコンバレー進出を
―今後、日本企業のオープンイノベーションはどう変化していくと見ていますか?
生成AIの隆盛に象徴されるように、テクノロジーの変化速度はこれまで以上に加速しています。これは、日本企業にとって脅威である一方、既存の枠組みを超えた事業を創出するチャンスでもあります。
その中で、シリコンバレーへの進出やCVCの立ち上げは、「周囲がやっているから」「トレンドだから」という理由では続きません。
本当に必要だから行く、本当に必要だから投資する。その目的意識が組織の中で共有されてこそ、10年単位の成果に結びついていきます。
日本企業の潜在能力は決して低くありません。数は小さくてもいいので、「世界で通用した」という成功例を積み重ねること。それこそが、日本企業の存在感を再び世界に示す鍵になると考えています。