※インタビューシリーズ「シリコンバレーから日本を考える」では、櫛田健児氏(スタンフォード大学ジャパン・プログラム リサーチスカラー)がシリコンバレーの企業・スペシャリストにインタビューし、日本の未来・可能性について掘り下げます。
<目次>
・経営幹部の意識を変える「黒船作戦」
・うまくいかない企業は「PoC祭り」で終わる
・日本市場でカギを握る「システムインテグレーター」
経営幹部の意識を変える「黒船作戦」
――WiLはスタートアップの日本進出と同時に、日本企業のオープンイノベーションも支援しています。オープンイノベーションの実現をどう支援しているんでしょうか。
オープンイノベーションには3つのステージがあります。
最初のステージは、健全な危機感を持つことです。危機感を持たずに現状維持を是とする会社を変えることは難しいでしょう。本業とは関係がない業界も含め、世界のトレンドやテクノロジーの動向をお伝えし、経営層が健全な危機感を持つお手伝いをしています。
次のステージは「両利きの経営」の考えに基づき、利き手である既存事業の進化だけでなく、同時に新しい領域を探索できる体制を整えることです。新領域の探索は、なかなか自社のリソースだけではまかないきれませんので、私たちもご一緒しています。
そして3つ目のステージは、新しい領域を探索していく中で、スタートアップに対する出資やM&A、事業立ち上げなどの実行のステージです。私たちも一緒にジョイントベンチャーを設立するケースもあります。VCファンドの運用期間は10年間あるため、出資いただいたLP企業とは長期のお付き合いとなります。だからこそ、この3つのステージを時間をかけて取り組むことができるのです。
小松原 威(WiL Partner)
2005年慶應義塾大学法学部卒業。日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当し、ERP導入による顧客の経営改革・業務改革(BPR)に取り組む。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。2018年にWiLに参画しLP Relation担当として、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。
聞き手:櫛田 健児(スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar)
1978年生まれ、東京育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究の学士修了、カリフォルニア大学バークレー校政治学部で博士号修得。2011年より現職。主な研究と活動のテーマはシリコンバレーのエコシステムとイノベーション、日本企業はどうすればグローバルに活躍できるのか、情報通信(IT) イノベーション、日本の政治経済システムの変貌 などで、学術論文や一般向け書籍を多数出版。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)などがある。https://www.kenjikushida.org/
――企業のトップの意識を変える必要がある場合は、どうすればいいのでしょうか?
私は「黒船作戦」が効くと思います。ボトムアップでトップに提言するよりも、黒船のように外からトップに伝えていったほうが刺さります。
うまくいかない企業は「PoC祭り」で終わる
――トップの理解は得られたものの、一部の中間マネジメント層から理解が得られず、うまくいかないケースはどうしたらいいですか?
トップのコミットがあるのであれば、中間マネジメント層の説得から逃げず、時間をかけて地道に変革していくしかないと思います。私たちは、中間マネジメント層のマインドセットを変えるために、ブートキャンプと呼ばれる1週間の研修プログラムをシリコンバレーで行っています。
こういった研修プログラムを通じて、時間をかけて粘り強く組織文化の変革を行っていくのです。新規事業のための“出島”組織を作ったとしても、中間マネジメント層の理解を得るための活動は非常に重要です。
Photo: imtmphoto / Shutterstock
――オープンイノベーションがうまくいく企業、うまくいかない企業の特徴は何でしょうか。
うまくいかない企業は、飛び地の新規事業のテーマにおいて「PoC祭り」で終わるというケースに陥りがちです。頑張ってたくさんスタートアップとPoCをするのですが、次につながらない。PoCより先に進めるためには、既存事業を巻き込まないといけません。しかし、出島と本体がうまくつながっていないので、PoCが次につながっていかないのです。
これを解決するには、新規事業を扱う出島と既存事業の本体が分断されている状態でもなく、または新規事業が完全に既存事業の傘下になっている状態でもなく、出島と本体が一本の橋でゆるやかに繋がっている状態を作りだす必要があります。既存事業の各部門においても出島のチームと連携するオープンイノベーション担当を明確に置いて、既存事業と出島の橋渡しを行います。両者で「この問題を解決するんだ。こういうスタートアップを探すんだ」と握った上でPoCを実施すれば、その後の展開は大きく変わってくると思います。
うまくいく企業は、繰り返しになりますが、トップがコミットして、オープンイノベーション活動をリードしている企業です。コロナ禍はある意味ではチャンスです。今までトップはIRの帰りにシリコンバレーに寄るような感覚でしたが、今はZoomでいつでもどこの企業ともつながることができます。オープンイノベーションにトップを巻き込みやすくなったと言えます。
日本市場でカギを握る「システムインテグレーター」
――日本企業がスタートアップと一緒に事業を行う時に気をつけるべき点はありますか。
スタートアップは最先端のテクノロジーを使って、スピーディーに製品化して、フィードバックを得て改善を続けながら、圧倒的なスピードで成長します。
日本企業はプロダクトを使い始める時点で100点の完成度を求めがちです。しかし、スタートアップのサービスの場合、「70点だからダメ」と性急に判断すべきではありません。その後のポテンシャルや成長性を踏まえた上で、そのスタートアップと付き合うべきか判断してほしいと思います。
あと日本市場が特殊なのは、システムインテグレーターの存在です。米国ではIT人材は事業会社にいますが、日本ではシステムインテグレーターにIT人材がいます。また日本ではシステムインテグレーターがIT人材を囲っているため、彼らがどう動くかが、市場に大きく影響を与えるのです。
日本市場では立ち上がりが遅くとも、あるタイミングを超えると、一気にビジネスが拡大します。一時期のRPAが好例で、システムインテグレーターがRPAを広めた結果、日本では米国以上にRPAが話題になりました。これはまさにシステムインテグレーターの影響力を示していると思います。
Photo: Rawpixel.com / Shutterstock
そして、システムインテグレーターがどうすれば動くかというと、これは「事例」です。事例があれば、システムインテグレーターは大企業に持ち込みやすくなり、一気に市場に広まるのです。大企業でなくてもいいのでアーリーアダプターに使ってもらって最初の事例を作り、その事例をシステムインテグレーターに持ち込めるか。これが肝になると思います。
いま「DX」が流行っていますが、企業側では社内の業務効率化なのか、ビジネスモデルを変えるデジタル化なのか、ここをはっきりさせておくべきです。そうでないと、「DX」というバズワードに惑わされて、現場が右往左往してしまいます。
「DX」と言うからには、プライベートでもオンライン診療や様々なシェアリングサービスのような新しいデジタルサービスを一度は使ってみてほしいと思います。仕事でもAsana、Slack、BoxのようなSaaS製品を当たり前のように使える環境を用意し、社内の業務効率化を行うべきです。デジタルを使ってビジネスを変えるイノベーションを起こすというのは、こういったことが大前提になるでしょう。