岸田文雄首相が掲げる経済政策「新しい資本主義」の目玉の一つである「スタートアップ育成5か年計画」が2023年、本格的に動き出す。スタートアップの育成は「日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵」とし、日本経済再興の牽引役としてスタートアップを前面に打ち出す、これまでにない政策だ。スタートアップ関連施策に過去最大規模の約1兆円の予算措置を講じるなど、岸田内閣は「本気度」を強くアピールする。計画実現の「司令塔」となる後藤茂之スタートアップ担当大臣に、計画の狙いや達成の意気込み、目標実現に必要なことは何かを聞いた。

※資料は全て内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局提供

※インタビュー後編 「新しい資本主義」を体現するのがスタートアップだ 後藤スタートアップ担当相に聞く(後編) もう一段突き抜けた「日本の新しい経済構造」へ

<目次>
多年度にわたる政策資源を総動員 スタートアップ育成施策の全体像
3本柱、49項目の中でも、特に「重視」している施策は?
ディープテック関連、大学発の研究の事業化支援にも注力
起業家精神、アニマルスピリットを取り戻す
勝負はこの5年 若い世代の「やる気」に火をつけて走り出す

多年度にわたる政策資源を総動員 スタートアップ育成施策の全体像

ポイント(1):
「新しい資本主義」とは、岸田文雄首相が掲げる経済政策を指す。新自由主義的な経済政策を改め、「成長と分配の好循環」を実現するのが狙いだ。その「新しい資本主義」の柱の1つとして、岸田首相は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、スタートアップ育成に向けた具体的な取り組みを盛り込んだ「スタートアップ育成5か年計画」を2022年11月に公表。計画では、2022年度から5年間にわたる官民一体となった取り組みの推進で、日本経済におけるスタートアップ創出を促進し、「戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現する」と打ち出した。

―岸田首相の掲げる「新しい資本主義」の実現に向けて「スタートアップ育成5か年計画」が策定されました。改めて同計画の狙いについてお聞かせください。

 スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する、新しい資本主義の考え方を体現するものだと思っています。日本も戦後の創業期には、スタートアップが非常に活発だったわけで、「第二の創業ブーム」を実現するため、①人材、②資金、③オープンイノベーションの推進を3本柱とする「スタートアップ育成5か年計画」を取りまとめたところです。

後藤 茂之
内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、経済再生担当、新しい資本主義担当、スタートアップ担当、新型コロナ対策・健康危機管理担当、全世代型社会保障改革担当
東京大学法学部卒業。1980年大蔵省入省。1984年米国ブラウン大学経済学部大学院修士号取得。大蔵省主税局企画調整室長などを経て、2000年6月衆議院議員初当選。現在6期。国土交通大臣政務官、法務副大臣などを経て、2021年から厚生労働大臣(第1次、第2次岸田内閣)を務めた後、第2次岸田改造内閣の2022年10月から現職。

 この計画では、過去最大規模の1兆円規模の補正予算も含め、多年度にわたる政策資源を総動員し、我が国のスタートアップを育成するための施策の全体像を盛り込んでいます。長期的なビジョンの提示や複数年度にわたる支援に官が明確にコミットすることにより、民間の予見可能性を高め、官民で一致協力した取り組みが可能となると考えています。

 その上で、計画の達成に向けて、まずは、5年後の2027年度にスタートアップへの投資額を10倍の10兆円規模とすることを目標としています。さらに、将来においてはスタートアップを10万社、ユニコーンを100社創出することにより、我が国が世界有数のスタートアップの集積地になることを目指し、官民一体で取り組みを進めていきます。

Image:TECHBLITZ編集部

3本柱、49項目の中でも、特に「重視」している施策は?

ポイント(2):
 計画の3本柱として、①スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築、②スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化、③オープンイノベーションの推進、を掲げ、各取り組みを一体となって推進するとしている。3本柱の下に記された取り組みは全49項目。2022年度第2次補正予算にはスタートアップ関連の施策が約1兆円計上された。

―同計画は大きな3本柱の下、全49項目が列記されています。総花的な印象も受けますが、後藤大臣が特に重視されている、力を入れていきたい項目を数件教えてください。

 各項目についていえば、考えられることを総動員していこうということでこれだけの数を挙げましたが、もちろん3本柱の中でも特に重要だと考えていることもあります。

 スタートアップを育成するためには、人材・ネットワークの構築、資金供給の強化と出口戦略の多様化、オープンイノベーションの推進の3本柱を一体として強力に推進していくことが重要です。

 具体的に力を入れていく取り組みの1つとして、①優れたアイデアや技術を持つ若い人材への支援制度を拡大するということが挙げられます。

 メンターによる支援事業の拡大・横展開において、若い人材の選抜・支援プログラムとして現在、IT分野では情報処理推進機構(IPA)の実施する「未踏事業」において産業界・学界のトップランナーが才能ある人材を発掘・指導する取り組みがあります。

 これを大規模に拡大し横展開することで、全体で育成規模を現在の年間70人から5年後には年間500人」へと拡大していくことを目標としています。

 次に、②海外における起業家育成拠点の整備として、よく「出島」と説明していますが、起業を志す若手人材20名を選抜してシリコンバレーに派遣する派遣事業で今後、派遣規模を5年間で1,000人規模に拡大していきます。

 また、イノベーションの拠点となっている米国各都市やイスラエル、シンガポール、北欧など世界各地のスタートアップなどでのインターン研修等も追加します。さらに、シリコンバレーとボストンに日本のビジネス拠点を新設したいと考えています。

 加えて、③ベンチャーキャピタルへの公的資本の投資拡大として我が国におけるベンチャーキャピタル(VC)の投資を拡大させるため、海外のベンチャーキャピタルも含めてVCへの公的資本の投資拡大、VCと協調した政府によるスタートアップへの支援の拡大等を進めていきます。

 また、④公共調達におけるスタートアップの活用ではスタートアップの育成のために公共調達の活用が重要だと考えています。このため、公共調達を見据えた技術開発支援であるSBIR制度に関して新たに5年分、2,000億円の基金を新規造成し、大規模技術開発・実証段階も支援していきます。

 それから、⑤経営者の個人保証を不要にする見直しに取り組みます。起業を考える人、関心層が考える失敗時のリスクとして77%が借金や個人保証を抱えることと回答しており、現在、創業時に民間金融機関から借り入れを行う際、47%の経営者は個人保証を付与している現状です。このため、経営者の個人保証を不要にする見直しを信用保証制度の中で取り組んでいきます。

 また、⑥オープンイノベーションを促すための税制措置ではオープンイノベーション促進税制を拡充し、スタートアップの出口戦略の多様化の観点から特にスタートアップの成長に資するものに限定し、事業会社がスタートアップをM&Aする時の発行済株式の取得に対しても所得控除25%を講じます。

 これらの支援策を一体的に講じていく考えです。また、これらの内容を1つずつ着実に実行していくとともに支援策の内容やその成果・成功事例をしっかりと発信していくことが大事だと考えています。政府としては早速、本年を「実行の1年」と位置付け、「5か年計画」の具体化に向けてスタートダッシュをかけていきます。

ディープテック関連、大学発の研究の事業化支援にも注力

―大臣が注目しているテクノロジー領域、ぜひ日本として伸ばしていきたい技術領域について教えてください。

 日本経済を持続的に成長させていくためには、次世代の経済を支えるような戦略産業に対して強固な官民連携のもと、国内投資を加速させることが必要不可欠だと考えています。

 このような戦略産業、例えば、人工知能(AI)、量子コンピューター、バイオ技術、クリーンエネルギーなどの分野については世界的にもスタートアップがイノベーションの牽引役として期待されているところです。それらに期待しています。

 我が国の大学・研究機関などはこれらの戦略産業分野であるAI、量子、バイオ、クリーンエネルギーも含め、スタートアップの競争力の源泉となる様々な技術シーズを持っています。今後、これらの技術シーズについて基金を創設し、5年間で5,000件以上の事業化に向けた支援をするなどを通じて大学発の研究成果の事業化を進めていきます。こういった取り組みを通じて多種多様なディープテックの創出をしっかり後押ししていきたいと考えています。この分野は重点的に後押しをしていく分野だと考えています。

 Webの新しいサービスを展開しているスタートアップももちろん多くあります。日本の元気を出すために引き続き大いに頑張ってほしい分野だと思いますが、何か突破できるような、大きな可能性を持つディープテック関連はやはり準備に時間も資金力もかかります。ディープテック分野のスタートアップ創出は重要だと考えており、しっかり後押ししたいと思います。

起業家精神、アニマルスピリットを取り戻す

ポイント(3):
 計画では、創業の「数」と、スタートアップの「規模」の拡大を包含する指標として、スタートアップへの投資額に着目。計画終了年度の2027年度には、スタートアップへの投資額を現在の8,000億円規模の10倍を超える10兆円規模に引き上げるという大きな目標を掲げた。その上で、スタートアップを10万社創出し、その中からユニコーン企業(時価総額1,000億円超の未上場企業)を100社創出し、日本が「アジア最大のスタートアップハブとして世界有数のスタートアップの集積地になることを目指す」としている。

―計画では、スタートアップへの投資額を2027年度には10兆円規模に引き上げるほか、スタートアップを10万社創出し、その中からユニコーン企業を100社創出することを目標に掲げています。実現の一番のカギとなることは何でしょうか。

 大きな目標を実現するために一番重要だと思うことを端的に申し上げると、我が国においてアニマルスピリット(編注:経済学者ケインズが使用した言葉で一般的には企業家の野心的な意欲などと訳される)と呼ぶのか、アントレプレナーシップと呼ぶのかですが、起業家精神を取り戻していくことが何よりも重要なカギです

 起業家精神、アニマルスピリットを取り戻し、世界に伍するスタートアップ・エコシステムを創出するため、グローバル市場に果敢に挑戦するスタートアップを生み出していくという視点を中期的に持ちつつ、しっかりと官民が大きな目標を共有し、それに向けて一致協力して取り組んでいくことが重要だと思います。

 このような考え方で5か年計画を策定したところであり、5年後にスタートアップへの投資額を10倍増(10兆円規模)にするといった目標を最初に掲げています。これは数だけではなく、量と質を拡大させることが大事で、まずは投資額を10倍増(10兆円規模)にする、将来的にはスタートアップを10万社創出し、ユニコーン企業を100社輩出していくような目標を掲げています

 その目標の実現に向けて過去最大規模の1兆円の補正予算措置や今回の税制措置などを含めて政策的な後押しを行っていきます。今後とも引き続きニーズに合わせて、新たな知恵が出れば追加的な取り組みを盛り込み、推進していきたいと考えています。

勝負はこの5年 若い世代の「やる気」に火をつけて走り出す

―心強いですね。しかし、計画を立てても、例えば総理が代わったら、政権が代わったらどうなるのか、財源はどうするのかなど不安に思う方もいらっしゃると思います。5年後、10年後、20年後に向けた道筋はいかがでしょうか。

 今回の5か年計画については、まずこの5年で道筋をつけるというふうに思っています。それは予算だとか税制だとか、そういったことを全て含めて5年でやるべきことについて具体的に計画には書かれています。

 とにかく、勝負はやはりこの5か年です。若い人を中心に、先述した起業家精神やアニマルスピリットに火をつけることによってしっかりと走り出します。走り出して成功事例が見えていけば、若い人は続けてどんどんチャレンジしていきます。チャレンジする、それが面白い、という循環が続くことによって社会の仕組みや制度は大きく変わっていくと思います。

―まさにその「火をつける」のが大臣の役目ですね。一方で、第1の柱「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」において、日本で起業家を増やすには「意識・風土・風潮」の改善が必要という課題があります。日本の大企業、社会は成熟期を迎えて「チャレンジがしにくい」「失敗を是としない」風潮があるという指摘もあります。マインドセットの変革には時間が必要だと思います。この5か年計画でどの程度達成できるとお考えですか。

 確かに、日本の開業率は米国や英国が10%前後であるのに対して2020年で日本は5.1%と低い水準で推移していることに加え、起業を望ましい職業選択と考える人の割合についても、日本は先進国・主要国の中で最も低い水準にあります。

 スタートアップに対する調査によれば、日本で起業家を増やすためにはどうすればいいかという質問に「『意識・風土・風潮』の改善が必要」との回答が60%を占めており、こういった意識や風土、風潮の改善がそんな短期間で簡単にできるのか、という質問だと思います。

 ただ、繰り返しになりますが、日本で起業家を増やしていくためには、10代、20代といった若い世代に対してスタートアップの起業の後押しや環境整備を進めていくことが重要だと考えています。しっかりと実例、成功例を見せていくことが大事です。

 私としては、5か年計画の着実な実行により、若い世代の「やる気」に火をつけて、第二の創業ブームの芽が出てくれば、社会そのものがどんどん変わっていくと考えています

 多種多様なスタートアップの成功事例を積み上げていくことこそが、「意識・風土・風潮」が一番変わる、改善の第一歩になると考えています

 これに加えて、「意識・風土・風潮」の改善のため、意識改革や機運醸成に向け、小中高生を対象とした起業家教育の充実や優れたアイデアや技術を持つ若い人材への支援などにも中長期的に取り組んでいきます。まずは若い世代のやる気に火をつけて「面白いぞ」と思わせる。そして成功事例をつくってみせることが一番の突破口になると思いますし、5年で日本の国は大きく変わると思います。逆に言うと、5年で変わらなければ日本という国は本当に先が見えない、将来が見えないということだと思います。



取材、執筆、編集、写真撮影:座波幸代

※インタビュー後編 「新しい資本主義」を体現するのがスタートアップだ 後藤スタートアップ担当相に聞く(後編) もう一段突き抜けた「日本の新しい経済構造」へ



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