「日本が外貨を稼ぐ方法は、世界が欲しがる独占的な技術を持つことです」。デジタル全盛時代のビジネスとして業務効率化を支援するSaaSツールなどが台頭する中、技術立国・日本としての矜持を掲げるスタートアップがある。「金属を印刷する」という技術の量産化に成功し、「今の世代」から日本発のグローバル企業を生み出すと世界を見据える、東京大学発のスタートアップ、エレファンテック(本社:東京都中央区)だ。“技術ファースト”を掲げる代表取締役社長の清水 信哉氏にビジネスへの思いを聞いた。

目次
「積んで、削る」から「必要な部分だけ印刷する」へ
海外の顧客が90%以上
世界が「売ってほしい」という技術を

「積んで、削る」から「必要な部分だけ印刷する」へ

―省資源・省エネの製造技術「金属インクジェット印刷」を開発しました。開発のポイントは?

「金属を印刷する」というアイデア自体は昔からありましたが、量産化に大きな障壁がありました。ただ、今の技術だったら量産化ができるんじゃないかと技術開発に取り組みました。

 量産化のポイントは耐久性です。印刷回路が何時間使っても壊れないよう、剝がれないようにするわけです。そのために、重要なのはまず材料。そして、材料が立つと、薬品や温度などプロセスの条件の組み合わせを工夫していきました。

 量産化できたことは大きなブレイクスルーです。金属を印刷する研究をしている企業は他にもありますが、量産化に成功したのは弊社だけと自負しています。

清水 信哉
共同創業者・代表取締役社長
東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻修士課程修了。2012年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、主に国内メーカーのコンサルティングに従事。2014年1月にAgIC(現エレファンテック)を共同創業し、代表取締役社長に就任。

―「金属を印刷する」技術というのは、具体的にどのような製法ですか。技術的なメリットについても教えて下さい。

 まず、ナノテクを用いて金属を非常に細かい粒子にします。この細かい粒子を、液体に分散させて液状に、つまりインクの状態にします。これをインクジェット印刷技術によって基材に印刷し、それを乾燥・焼成すると金属膜が形成されるという原理です。

 これまでの電子回路・回路基板は「サブトラクティブ法」という製法が用いられていて、基盤の全面に金属膜を形成した後、不要な部分を溶解しています。「積んで、削る」というイメージで、いらない部分を溶かして捨てるという製法です。

 これに対して、「ピュアアディティブ法」という当社の独自製法は、先ほど説明した原理を用いて、必要な部分にだけ金属を印刷します。これにより、製造工程の短縮と廃棄物の削減が実現し、大幅な省資源化を実現しました。CO2排出量を従来の4分の1、水の消費を20分の1に削減でき、生産コストも削減できる。特に、不要な部分を溶解して排出する工程が不要になることから、水の消費量の削減効果は非常に大きいです。

エレファンテックの製法と従来製法のイメージ図(エレファンテック提供)

―製品は現在、どういった企業で導入されていますか。

 当社の主力製品が、フレキシブル基盤「P-Flex」です。すでに国内での導入実績もあり、2020年にはディスプレイメーカーのEIZOさんに、カーブを描く湾曲形状のディスプレイ製品の操作スイッチ部に採用していただきました。名前の通りフレキシブルでありながら、開発コストや量産コストの負担が少ないので、このような用途に適しています。

 また、2021年には工業用計測器メーカーのフクダさんが、包装容器のエアリークテスト装置の中心的役割を担う高精度圧力センサーモジュール部に使っていただいています。この装置の内部では、複数の部品を高密度に配置する必要があるため、各部品のサイズは限りなく小型であることが求められます。当社の製品であればロットサイズにかかわらずモジュールの小型化に貢献できるため採用いただきました。

フレキシブル基盤「P-Flex」の標準サンプル(同)

海外の顧客が90%以上

―メーカー側にとって、既存製品ではなく御社の製品を採用するメリットは。

 大きく分けて2つありまして、1つはコスト、もう1つは環境負荷の低減です。特に、環境負荷の低減は今、世界的に注目されています。電子回路の製造において炭素排出量は結構大きいもので、脱炭素サプライチェーンへの取り組みが企業にとって重要な課題になっています。金属の使用量や二酸化炭素(CO2)排出量など削減していく動きに対して、当社の製品がこれに貢献できるというのが非常に大きいのではないかと感じています。

 各メーカーもKPIを具体的に定めて脱炭素への取り組みを進めていて、私の感覚ですが、5年ぐらい前だとまだ具体的なKPIを持っていない企業さんが多かったのですが、ここ数年で急速に変わって、まさに喫緊の課題になっていると実感しています。

 もちろん、当社からも営業をかけていきますが、ウェブサイト経由での多くの問い合わせをいただいています。まだ海外に拠点はないのですが、お客様としては海外の方が多いです。数は国内の方が多いかもしれませんが、金額やパイプラインベースで言うと、90%以上が海外ですね。

 特にアジアの国々が多いので、アジアの皆さんに覚えてもらいやすいシンボルとして動物がいいと思い、また巨大な会社になっていくというモチベーションを示すため、会社のロゴは象にしました。社名は、「エレクトロニクス(Electronics)」「ファン(Fun)」「テクノロジー(Technology)」をかけあわせた造語です。

会社のロゴには象のように「あらゆる障害を乗り越える」という思いも込められている(同)

―回路基板市場は10兆円規模の市場があると言われています。ビジネス戦略と今後のマイルストーンについてお聞かせください。

 本来は印刷機を作っているメーカーなので、目指しているのは印刷機とインクの販売です。いわゆる、プリンター・インクジェットビジネスですね。ただ、業界のサプライチェーン上、まずエンドユーザーを獲得して実績を積む必要があります。ですので、まずはリスクを取って自社で基板メーカーとして基板工場を作ってエンドユーザーに自社から回路基板を自分たちで売っていくフェーズにあります。

 パソコンですとかスマートフォンなどものすごく数が出る製品ではまだ採用されていないので、そうした製品に対応されていくというのが今後、絶対に越えなくてはならないマイルストーンです。

 数が出る製品は、当然ですが採用に至るハードルが厳しい。そのための戦略として、まずは数量が少ない製品から実績を増やしていき、その過程で技術面でも生産量でも能力を高めていく。そして、より微細なものの印刷もできるようなスペック面の改善もやっていきます。

 そうして、2030年を目標に回路基板向けでわれわれの技術が独占的に使われる状態を目指します。さらにその後、回路基板以外の領域に対しても技術カテゴリー全体を独占していくという構想です。

世界が「売ってほしい」という技術を

―「独占」というのがキーワードでしょうか。

 その通りです。独占というキーワードが非常に重要だと思っています。独占的な技術を持って、外貨を稼いでいくような日本発のグローバル企業を作っていきたいと思っています。

 独占的な技術を有している日本企業は、挙げればキリがありませんが、たくさんあります。高い世界シェアで、文字通り、この会社がないと世界が回らないというような技術企業です。ただ、これらは歴史ある企業が多く、独占的技術で世界シェアを取る新しい企業は日本からなかなか出てきていないのが現状です。

 世界中から「売ってください」と言いに来るような、そういった技術を作っていかなければいけないと思っています。当社のビジネスは、技術力で戦う、今の世代にできた新しい企業のロールモデルになり得るビジネスモデルだと思っていますし、そういった会社を作っていきたいと思っています。

―他社との提携に関しても一言お願いします。

 電子産業は非常に大きく、われわれ1社で、到底できるような世界ではありません。例えば、パソコンやスマートフォンの回路が全部私たちの製法に変わるには、さまざまな企業との共同ラインを作ることもあるでしょう。これからも分野ごとのアライアンスを積極的にやっていきたいです。

 私たちは、電子回路の製造業の持続可能のためになくてはならない存在になりたいです。日本発でグローバルスタンダードとなり、ナンバーワンになりたいと思っています。ぜひそういうモチベーションのある方とご一緒させていただきたいです。  

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