ピンチを救った取引先からの「贈り物」
――はじめに創業の経緯を教えていただけますか。
これまでに2度、ITベンチャーを創業し、クラウドワークスは2社目になります。1社目の時、多くの事業を立ち上げましたが、どれも上手くいかなかったり、メンバーの離反が重なったりして孤独でした。その時、私を救ったのが客先から届いたお歳暮でした。それ以前はお歳暮は形だけなものだと思っていたのですが、頂いたお歳暮がとても嬉しく、「こんなお歳暮が貰えるくらい、頑張りたい。お客様の役に立って喜んでもらいたい」と思ったのが始まりです。
私が培ってきたことの共通項は「インターネットと営業を組み合わせること」でした。海外では会社がするような仕事を、個人にアウトソースするクラウドソーシングの仕組みがあると知り、「自分の力を活かせるのではないか」と興味を持ちました。
調べてみると、前職でやっていたホームページ制作やマーケティング代行、広告の出稿、営業コンサルティングなどの経験がずいぶん活かせることが分かりました。マッチングの仕方、満足度の高め方、トラブルの見極め、解決方法まで、クラウドソーシングに必要な要件は、私には全て手に取るように分かったのです。「これこそ私が役に立てる仕事だ」と確信し、出資を募ったところ、多くの投資家から共感と賛同を得られました。最初はエンジニアとデザイナーのお仕事に特化した形で始めました。起業後、約3年で上場させることができました。
新しいビジネスモデルが人々に受け入れられた理由
――御社は日本におけるクラウドソーシングの草分け的存在です。どうやってこのビジネスモデルを思いついたのですか。
クラウドワークスを起業する時、これまでの失敗も含めて全てを棚卸ししました。成功するために必要な要件は、次のようなものがあることに気がつきました。
1つは夢を持つことです。従業員にとって稼ぐことが最終目的ですから、稼げるならどの企業に行っても同じことです。その中で、「この会社が存在する理由」の大切さを感じられるかが重要です。クラウドワークスに残ってもらうには、企業として従業員に「夢を与えられるかどうか」にかかっています。
もう1つは一点に集中することです。ベンチャーが大企業のように、あれもこれも手を出しすぎると集中できません。大企業と差別化するためには、誰よりも早く、ある1つの課題に向かって集中的に突破しなければなりません。そして、自分の強みをよく理解して勝負することです。なるべく規模の大きい市場を選ぶことも大切です。
あとは創業間もないベンチャーはリソースが足りないので、投資家やVCの力を借りて資本や人脈、ノウハウを分けていただき、早く事業をスケールさせることも必要です。
また、私が重視したのは「分かりやすさ」です。どんなにプロダクトやサービスが優れていても、それだけでは世の中にうまく広まりません。スケールさせるカギは「伝達力」ですから、認知コストは極限まで落とすべきです。
とくにマッチングサービスの場合、誰もが聞いただけでパッとイメージできるネーミングが重要でした。どんな事業をしているのか、すぐに分かるような社名が大切です。しかもクラウドソーシングビジネスは、あらゆる職種の人がオンラインで自分が働く姿をイメージできる必要があります。だからインターネットの意味を内包する「クラウド(雲)」と「ワーク(仕事)」を掛け合わせて、「クラウドワークス」と名付けました。
この社名にしたからこそ、当社はあらゆる業種、職種の働き方改革に取り組むことができています。対象が広ければ広いほど、市場もチャンスも広がります。
――個人がクラウドワークスで仕事を探す時のスタイルを教えてください。
仕事の受注方法は、相見積もりのプロジェクト形式と、成果物を出して競うコンペ形式、データ入力のような大量の仕事をこなすタスク形式の3つがあります。これは海外のクラウドソーシングサイトを参考にして作りました。最初はエンジニアに特化したサービス提供でしたが、徐々にデザイン、コーディング、ライティング、画像とカテゴリが増え、今では約200種類になりました。
10年前とは大きく変わった働き方 目指すは「個のためのインフラ」
――ここ数年で、オンラインで働くスタイルもだいぶ浸透しました。これからはどんな働き方の提案を目指しますか。
江戸時代の日本人の働き方は今とはだいぶ違っていて、現代のワークスタイルが始まったのは実は明治維新からです。それからすでに150年以上が経過しました。150年余の歴史を振り返って、時代が求める仕事の仕方を我々が提供していると考えています。
資本主義の歴史、イギリスの産業革命や帝国主義時代、第二次世界大戦を見れば分かるように、ある一定の周期で価値観や社会の変化、アップデートが必ず訪れています。
そして今、Web3やブロックチェーンなどの登場によって中央集権的なものの見方が問われているように、社会のアップデートが起ころうとしています。その変化に対して、私たちは謙虚であるべきです。私たちの仕事は、環境変化の波をいかに早く捉えるかであり、私たちが社会を変えようとする意識はありません。
以前のクラウドワークスのミッションは「“働く”を通して人々に笑顔を」でした。創業した2011年は、家庭と仕事を両立したいとか、故郷に帰って働きたい、自由に働きたいと望む人が大半でしたから、このキャッチコピーは当時の人々に多くの共感と話題性をもって受け止められました。逆に言うと、以前は「働く」ということは「笑顔」になれないことだったのかなとも思います。
しかし、そこから10年以上たった今、その考え方が少し時代に合わなくなってきたと感じています。とくに新型コロナの流行後、大企業も副業を認めたり、週4日勤務制度を設けたり、個人の主体性を急速に認め始めています。2011年と比べると、ずいぶん働き方に対する意識改革が進みました。
つまり「個人が主体となって働く」という考え方が、この2〜3年の間に急速に認められたのだと思います。例えばYouTubeの動画やサロンビジネスで稼ぐ人が増えていますが、彼らにはあまり「働いている」という意識はないように見えます。それよりも「楽しい」とか「役に立っている」という自らの主体性を重視している印象を受けます。
同じことはクラウドワークス社員のアンケート結果にもあらわれていて、副業経験者が副業を始めた理由を聞いたところ、「収入を増やす」以外にも自己研鑽を理由に副業を始めた社員が多いことが分かりました。
私たちのミッションも時代に合わせて、これからは自分が楽しいから働く、人の役に立つから働くという個人のためのインフラにならなければならないと思い、「個のためのインフラになる」にアップデートしました。
Image:クラウドワークスHP
楽しく働きたい個人のためのスキルショップ「PARK」
――具体的に新しい「個のためのインフラ」とは、どんな働き方を提供するものですか。
今年、「30秒で作れるあなたのスキル販売ショップPARK」を新しくリリースしました。これは誰でも簡単にスキルを販売できるECスキル作成サービスです。例えばヨガレッスンを提供したい個人が、スマホからスキルを出品して、ページを作ったすぐその日に販売をスタートさせることができます。PARKは予定管理から決済、売上まで管理できますし、購入者とのつながりを保つこともできます。
他のスキルマーケットとの違いは、PARKはストアフロント型であり、モール型を目指していないところです。モール型とはAmazon、楽天のような集客を代行するようなEコマースのスタイルです。一方、ストアフロント型とはShopifyやBASEのような、出品者が主役となるスタイルです。
クラウドワークスはモール型スタイルをとっていますが、このPARKはストアフロント型スタイルをとりました。モール型は欲しいものを早く調達することには向いていますが、価格競争に陥ってしまいがちです。一方、ストアフロント型は1つ1つのストアに独自の価値、世界観があります。PARKは出品者に全力で寄り添うツールです。
――PARK以外にもクラウドワークスのプラットフォームにはたくさんの新しい機能が追加されています。そのほかにどんなツールが生まれていますか。
最近はクラウドテック、ビズアシスタントという専門店にあたるようなサービスも展開しています。専門スキルを持ったエンジニアやアシスタント人材が欲しいというクライアント企業のニーズに応えるものです。私たちが取り組んでいるのは、社会のニーズに応じてサービスを提供するということです。
――将来の成長戦略はどのように描いていますか。
現在のクラウドワークスの登録ワーカーは約470万人です。これだけ働きたいと思っている人がいるわけですから、その希望を叶えることが私たちの役目だと思っています。何度も言うようですが、私たちが何かを作っているという意識はなく、求められているものを提供するための会社です。それを叶えるために有効なことなら何でもするし、テクノロジーを使った自動化したマッチングだけでなく、当社が介在したマッチングも行うというスタンスです。社会の役に立つこと、それを追求しています。
たしかにテクノロジーを使って自動化することが素晴らしいという思想の経営者もたくさんいます。ですが、私は自分たちが作っているものが素晴らしいとは全く思っていません。それよりも役に立つことに対して、必要なことがあれば何でもやるべきだと思います。そこが圧倒的な違いだと思います。自分たちが「何か物を作っている」と勘違いしている人は、脆弱で非常に傲慢とさえ思う部分もあります。
社会全体にとって必要なものを提供していきたい
――競合する企業やサービスとの違いは何ですか。
ハイスキル人材を紹介するのは、それが得意な業界に任せておけばいいでしょう。そもそも頭のいいエリートの人達は、プラットフォームがなくても生きていけます。しかし、世の中はそんな強い人ばかりではないのです。この10年間、シングルマザーや障がい者施設、児童養護施設の置かれた状況など、さまざまな現場に足を運び、現状を見てきました。色々な理由で働きたくても働けない人達がたくさんいることをこの目で見てきました。その人達がクラウドワークスをきっかけに働くことができたら素晴らしいことです。つまり、包摂性を持って「社会全体の役に立ちたい」ということが私の目指すところです。
オンラインコミュニティ型の学びの場「みんなのカレッジ」を始めたのも同じ理由でした。本人のモチベーションを上げるために、少額の受講料をいただいていますが、採算は度外視しています。ここには本気で学びたい人が集まっているので、メンバーが素晴らしいコミュニティを築き上げています。
収益だけを考えたら10人の中の1番いい人だけを選んで紹介した方が、ずっといいでしょう。けれどクラウドワークスはそうではなくて、全ての人にずっと働く機会を提供するための場所です。9人の人たちを取りこぼさない。だから1度トライしてダメだったからといって、諦めずにまた再度チャレンジすればいいのです。そのスタンスの違いが、他の企業やサービスと私たちの違いではないでしょうか。
もう一つ、他社との違いも含めてですが、私たちは生産性の向上に熱心に取り組んでいます。直近の売上に対する人件費率は18.9%、売上総利益に対しても人件費率は33.7%でした。これらのデータを比較すれば、当社がテクノロジーを使った効率化に一歩先んじている企業であることが分かっていただけるかと思います。
――最後に、求めるパートナーシップについて教えてください。
人材業界の方々と話しているといろいろな発見や、私たちとは違う部分での気づきがあります。これからの時代は包摂性があり、みんなが複数のコミュニティを持つ時代になります。社会が変化していく中で、あらゆる協業の可能性があると思っています。近々、障がい者雇用の施設にも見学に訪れるつもりです。ぜひいろんな人や業界と幅広くパートナーシップを議論していきたいですね。