気候変動による洪水や猛暑、強風といった物理的リスクは「環境問題」にとどまらない。金融機関や不動産事業者にとって、それは融資判断や投資判断、さらには資産価値そのものを左右する経済リスクになりつつある。
英国ロンドン発のClimate X(クライメートX)は、独自の気候モデルと約30億件におよぶ資産ライブラリを組み合わせ、「世界経済の約93%をカバーする」気候リスク評価プラットフォームを提供するスタートアップだ。オンラインで即座に利用を開始でき、従来は数週間かかっていた調査を数分で完了できる点が特徴となっている。
2024年にはGV(Google Ventures)主導で約1,800万ドルを調達。欧米での成長に加え、日本を含むアジア太平洋市場への展開も視野に入れる。同社を率いるのは、三菱UFJ証券を含む金融機関での実務経験を持つ共同創業者兼COOのカミル・クルザ(Kamil Kluza)氏だ。今回は、クルザ氏の原体験から、クライメートXが「気候リスク」に向き合う理由、そして同社が描くレジリエンス経済圏の姿に迫る。
目次
・金融実務から見えた「測れないリスク」──創業者の原体験
・なぜ「気候リスク」は、金融業界のペインポイントなのか
・気候リスクを判断に変える3層構造
・CBREやカーライルが使い続ける理由
・シリーズB目前、評価から「実行」へ向かう次のステージ
・日本のPE・金融機関との協業を模索──2050年のレジリエンス市場の中核を目指す
金融実務から見えた「測れないリスク」──創業者の原体験
応用統計学と計量経済学を学んだクルザ氏は、数字への強い関心から自然と金融業界へと進んだ。バンク・オブ・スコットランド、バークレイズ、三菱UFJ証券などで、投資銀行部門とリテール銀行の双方に携わり、引当金、資本、プライシングといったリスク管理モデルを数多く構築してきた。FXデスクでのトレーディング経験も持つ。
「引当金からプライシングまで、あらゆる種類のモデルを作りました。でも、銀行業務に飽きてしまったんです」
次にクルザ氏が選んだのは、アクセンチュア英国法人へのアドバイザー参画だった。従業員ではなく外部専門家として、初めて住宅を購入する人向けの証券化スキーム設計や、大手銀行が過去に起こした問題の是正プロジェクトに携わった。データ、ビジネス、法務、顧客対応という複数の観点を横断しながら、一歩間違えば評判リスクに直結しかねない案件を扱っていたという。
転機となったのはCOVID-19の流行だ。多くの従業員が一時帰休となるなか、クルザ氏は自宅から1日12時間にわたり英国の金融システムを支え続けた。
「本当に激務でしたが、英国経済を機能させるために働いていました」
そのアクセンチュアで出会ったのが、共同創業者となるルッキー・アーメド(Lukky Ahmed)氏である。アーメド氏は起業志向が強く、クルザ氏は「解決すべき大きな問題」を探していた。表に立つアーメド氏と、R&Dを担うクルザ氏。2人の役割は自然に分かれ、2020年に最初の資金を調達してクライメートXを創業した。創業から4年半、同社は欧州と北米を中心に急成長する気候リスク・プラットフォーム企業へと成長している。
なぜ「気候リスク」は、金融業界のペインポイントなのか
なぜクルザ氏は「気候リスク」に着目したのか。その背景には、金融業界で長年働くなかで感じてきた強い違和感があった。
「洪水、熱波、山火事、サイクロン──これらがポートフォリオ全体にどう影響するのか、誰も把握できていませんでした。新規の融資や投資の判断でも、物理的な気候リスクを定量化できない。そこに大きなペインポイントがありました」
従来、気候変動はサステナビリティ部門やCSRの文脈で語られることが多かった。しかしクルザ氏は、それを「資産レベルで測定できないリスク」として捉えていたという。
「気候リスクはデータだけの問題ではありません。どの資産が、どんな構造で、どこに存在しているのか。その情報と組み合わせて初めて意味を持つのです」
金融機関やプライベート・エクイティ(PE)、商業用不動産事業者は、ポートフォリオ全体のリスク管理には長けている一方、個々の資産が将来どの程度の物理的リスクにさらされるのかを把握できていなかった。この「見えないリスク」を可視化することこそが、クライメートXの出発点だった。
気候リスクを判断に変える3層構造
クライメートXのプロダクト群は、顧客が直面する3つの課題──「リスクを測る」「適応策を実行する」「資産を把握する」──に対応する形で設計されている。
「新規顧客が利用開始するまでの時間は、わずか1分です」
ウェブ上でアカウントを設定すれば、ユーザー名とパスワードだけで即座に利用を開始できる。世界中に分散した大規模チームでも、2時間程度のトレーニングで使いこなせるという。
このスピードを支えているのが、顧客とともに構築してきた約30億件の資産ライブラリだ。「世界経済の93%」をカバーし、日本を含む各国の企業・不動産情報が蓄積されている。
「たとえば、1億ドルの価値がある工場に50万ドルを投資すれば、将来にわたって収益を生み続け、損失も防げます。洪水対策を講じたことを証明できれば、保険料を下げられる可能性もあります」
気候リスクへの対応を「コスト」ではなく、「投資判断」として扱える点がAdaptの特徴である。
「銀行やPEは担保となる資産の所在は把握していますが、グローバルに展開する企業が保有する膨大な資産の全体像は見えていません。Cartaはインターネット上の情報をAIで解析し、子会社を含む資産を自動で特定します」
Cartaで資産を特定し、Spectraでリスクを測定し、Adaptで適応策を示す。この一連のワークフローが、クライメートXのエンド・ツー・エンド・ソリューションである。
Image : Climate X 「Spectra」紹介ページ
CBREやカーライルが使い続ける理由
クライメートXの顧客には、世界的な企業が名を連ねる。その代表例が、商業用不動産サービス大手のCBREだ。
CBREでは、投資判断、不動産評価、コンサルティング、リサーチ、施設管理という5つの領域でクライメートXのデータを活用している。物件を取得すべきか、適応策を講じるべきか、あるいは売却すべきか。その判断に気候リスクの視点が組み込まれている。
「現在、CBRE内では約200名が日常的に私たちのプラットフォームを使っています」
もう一つの重要顧客が、米国の大手PE企業カーライル・グループだ。クルザ氏はPEを「商業用不動産と銀行の完璧な融合」と表現する。クライメートXは、不動産投資と金融リスク管理の双方を求めるPEのニーズに合致した数少ないプラットフォームだという。
シリーズB目前、評価から「実行」へ向かう次のステージ
取材時点でクライメートXはシリーズAとBの間にあり、これまでに累計約2,400万ドルを調達している。主要投資家にはGVやSalesforce、戦略的投資家としてデロイトや英国の大手銀ナットウエストが名を連ねる。シリーズBは2026年に実施予定だ。
「具体的な数字は明かせませんが、成長は指数関数的です」
新規リード、商談、契約獲得のすべてで変曲点を迎えているという。近年は直販に加え、米PE企業ベイン・キャピタルとの提携やAWSとの連携など、パートナーシップ戦略にも注力している。
クルザ氏が次のマイルストーンとして挙げるのが、「レジリエンス・エコシステム」の構築だ。
「多くの企業は気候適応戦略を実行したいと考えていますが、単発の評価では不十分です。継続的な活動に変える必要があります」
評価にとどまらず、企業・保険会社・銀行が連携し、適応策を実行していく。その結果、保険料が下がり、銀行はよりリスクの低い資産に融資できる。クライメートXは、そうした好循環を生む基盤になることを目指している。
日本のPE・金融機関との協業を模索──2050年のレジリエンス市場の中核を目指す
クルザ氏は日本市場を「非常に魅力的なターゲット」と位置づける。
「日本は気候変動とレジリエンスについて、非常に先進的な思考を持っています」
データ面ではすでに日本対応が完了しており、現在は英国拠点を構える日系の金融機関との対話を進めているという。特に注目しているのがPE企業だ。
「先ほども申し上げた通り、PEは商業用不動産と銀行の完璧な融合です。米国での成功事例を、日本市場でも活かせると考えています」
最後に、日本の読者へのメッセージを求めると、クルザ氏はこう語った。
「ぜひ私たちに連絡してください。世界最高水準のレジリエンス・データと分析ツールで、気候適応の取り組みを支援します。短期間のPoCからでも構いません」
データ測定から、レジリエンスの実行へ。クライメートXは、気候リスクを経済の中心課題として捉え直そうとしている。