目次
・「高密度」と「低粘度」を両立させた独自技術
・高密度水力発電のアイデアが生まれた背景
・独自開発「R-19」の製造方法
・英国以外の有望市場は?
・日本参入時に求めるパートナー像
・短期・長期的なビジョンと目指す企業像
「高密度」と「低粘度」を両立させた独自技術
―御社は独自開発の高密度液体を用いた揚水発電という新たなビジネスを生み出しました。このプロダクトの概要と特性、そして技術的背景について教えて下さい。
私たちが開発した「R-19」は、つまるところ鉱物懸濁液です。鉱物、特に他産業から排出される廃鉱物を原料に微粉末を生成し、それを水と混合します。さらに物理化学的・化学的な特性を付加することで、安定した配合の流体を作り出しています。
この流体に求められるのは、「高密度」であると同時に「低粘度」であることです。見た目としてはクリームのように滑らかに流れなければなりません。密度が高い流体は一般的に粘度も高くなりがちですが、R-19ではこの相反する特性を両立させています。
高密度を維持しながら、いかにして安定性と低粘度を実現するか──そこがまさに、この技術におけるイノベーションの核心です。現在は単一の鉱物を用いた配合を行っていますが、将来的には複数の鉱物や鉱物混合物を活用できるプラットフォームへと進化させていく予定です。使用する鉱物の特性に応じて化学組成を微調整することで、用途に最適化された流体を設計できるようになります。
R-19は、新しい用途と新しい配合を可能にするプラットフォームであるため、知的財産権を取得しています。流体が完成すると、それがポンプやタービンなど他のシステム部品と相互に作用するため、システム全体の設計も進化させる必要があります。基本的な構造は従来と同じでも、流体の特性に合わせて特定の変更を加える必要があるため、これらについても新たに知的財産権を取得しています。
当社は流体分野を中心に豊富な特許ポートフォリオを保有していますが、その範囲はそれだけにとどまりません。ターボ機械や流量制御システム、システム全体の構成、電気システム、さらには保管・倉庫に至るまで、幅広い領域で知的財産を取得しており、R-19を支える技術基盤は多層的に構築されています。
image : RheEnergise
高密度水力発電のアイデアが生まれた背景
―「高密度の液体を使う揚水発電」というアイデアはどのように生まれたのですか?
高密度水力発電という発想を得たのは、エネルギー関連の会議に参加した際、周囲の議論を聞いていたことがきっかけでした。化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が議論される中で、登壇者の多くが「エネルギー需給のミスマッチを解決するのはバッテリーだ」と口を揃えて語っていたのです。
しかし私は、世界のエネルギー貯蔵の約98%が揚水発電によって担われているという事実を知っていました。揚水発電は、山頂付近に設けた貯水池に、電力需要が低くエネルギー価格が安い時間帯に水を汲み上げ、需要が高まった際に水を放出して発電し、電力網へ戻す仕組みです。100年以上前から存在する、実績ある技術にもかかわらず、会議ではほとんど話題に上がっていませんでした。
なぜバッテリーばかりが注目されるのか。その理由は明確でした。揚水発電は設置できる場所が極めて限られており、谷を水没させることによる洪水リスクや環境問題など、多くの社会的課題を抱えているからです。さらに決定的なのは、計画を構想してから実際に稼働するまでに少なくとも15年、場合によっては20〜30年もの時間を要する点でした。これほど長い期間がかかると、収益の見通しが立たず、初期段階で必要な資金を調達できないというジレンマに陥ります。
そこで私は、イノベーションによってこのプロセスをどこまで迅速化できるのか、つまりスケーラビリティに挑戦しようと考えました。
水力発電の出力計算式を見ると、その中には水の密度を示す係数が含まれています。通常、この値は「1」として扱われますが、もしこの掛け算自体を変えることができれば、すべてを変えられるのではないかと考えたのです。仮に密度を1ではなく2.5にできれば、必要な標高差を約60%下げても同等の性能を得られます。つまり、険しい山を探す必要がなくなり、どこにでもある丘を活用したり、プロジェクト規模そのものを大幅に縮小することも可能になります。
承認プロセスにおいて、環境当局が特に懸念するのは、河川や湖沼の生態系への影響や景観への悪影響です。しかし、単純にこの掛け算を変えることで、建設期間を大幅に短縮できるだけでなく、河川や湖沼に依存しない計画が可能になります。その結果、許認可のハードルが下がり、従来の揚水発電が抱えてきた障壁を一気に克服できたのです。
―ちなみに、これまでどのようなキャリアを歩まれてきたのですか?
私はもともと3Dデザインを学び、その後、建築の世界に転向しました。エネルギー分野に関わるようになったのは、再生可能エネルギーのシステムを建築プロジェクトに統合する仕事に携わったことがきっかけです。そこから風力発電の分野へと進み、最終的には風力タービン事業を立ち上げました。
イギリスの政治情勢が変化し、洋上風力発電の開発が禁止(2024年7月に労働党政権が実質禁止を撤廃)されるまで、事業は順調に成長し、私自身にとっても非常に貴重な経験となりました。その後もエネルギー分野への関心は高まり、コンサルタントとして深海水力発電や潮流発電、大気排出ガス対策など、さまざまな新興技術ソリューションを検討するようになりました。それが、リエナジャイズの起業につながっていきました。
独自開発「R-19」の製造方法
―R-19の製造と供給はどのように管理しているのですか?将来的に、ライセンシングやOEM戦略も検討されているのでしょうか。
これまでは必要な原料を購入し、自社でR-19を混合してきました。今後2〜3年をかけて、特に有望な市場を中心に、現地パートナーとともに鉱物およびR-19のローカルサプライチェーンを構築していく計画です。
一般的なエネルギー貯蔵用バッテリープロジェクトでは、使用される機器の多くが海外から調達されます。しかし、私たちのソリューションはそのモデルとは大きく異なります。私たちはポンプを自社で製造するための工場を建設する計画も、その意欲もありません。市場ですでに確立されている技術を活用し、既存のサプライチェーンを利用しながら、それを進化させていく方針です。
世界には、ポンプ、タービン、パイプ、バルブなどを製造する優れたメーカーが数多く存在します。私たちはそうした企業に対し、「当社の流体に適合するよう設計を調整できるか」、あるいは「当社の設計に基づいて製造できるか」といった形で協力を求めてきましたが、これまで常に前向きな対応を得てきました。
例えば、私達が実証プロジェクトで使用しているポンプは日本の酉島製作所のものです。私達は同社から、極めて価値の高い技術的インプットを得ています。
私たちはサプライチェーン全体に関与し、最終的な混合工程にも責任を持ちます。一方で、機器やプラントを自社で製造するのではなく、現地で液体原料を調達し、現地で製造・供給する体制を基本としています。
日本についても、私たちが活用できるサプライチェーンがすでに存在していることを確認しています。これまで検討してきた地域では、必要な鉱物原料が常に見つかっており、日本においても原料や機器の多くを国内で調達できると考えています。その結果、多くの現地雇用の創出にもつながるはずです。
現地企業との協業の形態としては、一般的なライセンス契約に加え、現地OEM、ロイヤルティ契約、合弁事業、ベンチャー設立など、さまざまな選択肢があります。市場特性に応じて最適なスキームを選択し、迅速な事業拡大につなげていく考えです。
―長時間エネルギー貯蔵、従来型のバッテリー貯蔵、水力発電と比較して、御社のソリューションは具体的にどのユースケースで最も競争優位性があるのでしょうか。
エネルギー転換を実現するために、単一の万能なソリューションは存在しません。例えば、バッテリーは2〜3時間程度の短時間蓄電において最も経済性が高く、今後も電力システムにおいて重要な役割を担い続けるでしょう。
一方、当社のモデルでは、バッテリーソリューションと当社のソリューションのコスト転換点は3〜4時間の蓄電領域にあります。この時間帯ではコストはほぼ同等ですが、4時間を超えると当社のソリューションの方が明確にコスト優位となります。つまり、私たちが主にターゲットとしているのは、いわゆる「中程度の蓄電時間帯」の市場です。
太陽光発電が主力となっている電力網では、日常的にエネルギーの裁定取引(arbitrage)が行われています。例えば、1日のうち約8時間、太陽光発電が余剰となる時間帯にエネルギーを吸収し、その後16時間かけて放電します。放電は主に夕方の需要ピーク時に行われ、さらに太陽が再び十分に発電を始める前の朝のピーク需要もカバーします。そのため、太陽光主体の電力網では、16時間程度の放電が一般的になります。
他方、風力発電が主流の電力網では、気象システムの周期が異なります。典型的には、風の気象パターンは週に2回程度発生するため、充電・放電のサイクルはより長くなります。太陽光と風力のいずれにも対応するためには、短時間でも長期間でもない「中程度の持続時間」をカバーできるエネルギー貯蔵が必要になります。
もちろん、季節間のエネルギー移行を担う長期蓄電のソリューションも不可欠ですが、私たちはその領域を主戦場とはしていません。市場全体を分析すると、4時間未満の短時間取引は総エネルギー量の約15%、24時間以上の長期貯蔵は約5%、さらに24時間を超えるその他の長期領域も約15%にとどまります。一方で、4時間から24時間の中間領域は、取引されるエネルギー量の約70%を占めています。
ここがまさに市場のボリュームゾーンです。私たちはこの領域において、電力網の需給を継続的に最適化し、電力価格の変動を平準化しながら、電力が不足する時間帯に確実にエネルギーを供給する役割を、日常的に担います。
もう一つ重要なのは、当社のソリューションにおける電力網間の往復効率(ラウンドトリップ効率)です。私たちは80%に達すると確信しています。これはエネルギー貯蔵技術の中でも最高水準の値であり、コスト競争力と実用性の両面において大きな強みとなっています。
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英国以外の有望市場は?
―9月にベルリンで開催された「Ecosummit」でのピッチでは、25カ国が御社のソリューションに関心を示していると話していました。英国以外で、政策や地形的条件の観点から最も有望な成長市場はどこですか。
私たちのような小規模企業にとっては、検討すべき要素が数多く存在します。
魅力的な政策を持つ市場は確かにありますし、再生可能エネルギーの発電量が多く、それに伴って電力価格の変動が大きい市場も存在します。また、優れた政策制度や市場メカニズムと、再生可能エネルギーの高い導入率の両方を兼ね備えた市場もあります。
例えば、オーストラリア、インド、チリといった国々は、政策面・資源面のいずれから見ても非常に魅力的です。ただし、小規模企業の立場から見ると、これらの国々に単独でサービスを提供するのは現時点では容易ではありません。実際に市場開拓を推進してくれる、極めて優れたプロジェクトパートナーと具体的な機会が不可欠です。限られた人数のチームですべてを同時に進めることはできないからです。
そのため、私たちは市場を厳選する必要があります。例えば、地理的に近い英国とアイルランドの双方では、それぞれ異なる理由から強い需要があることが分かっています。中央ヨーロッパでは、ポーランド、ブルガリア、ギリシャ、ドイツが有望です。南ヨーロッパでは、スペイン、ポルトガル、イタリアが、需要と価格変動の両面で非常に強い市場となっています。
北米では、北東部、特にニューヨーク州からニューイングランド地域にかけて市場需要が急速に拡大しています。また、テキサス州は私たちにとって非常に強力な市場になることが明らかで、カリフォルニア州も同様です。さらに、コロラド州、テネシー州、ノースカロライナ州など、他にも多くの州が有望です。市場は米国全土に広がりつつあり、カナダではケベック州でも急速に発展しています。オンタリオ州についても、電力市場が自由化されている点や容量制約が存在する点から、異なる理由で関心を持っています。
このように、各市場にはそれぞれ異なる魅力があり、機会に事欠くことはありません。一方で課題となるのは、社内リソース、対応力、そして現地でチームを構築できるパートナーシップです。私たちにはできることに限界があるという現実を認識しています。
ただし、もし日本にエネルギーソリューションを開発する企業があり、私たちの技術を必要とし、共に市場を切り拓いていきたいと考えてくださる優れたパートナーがいれば、「日本で取り組もう」という判断になるでしょう。
現実的には、次のプロジェクト、あるいは最初の商業プロジェクトは、英国またはアイルランド、中央ヨーロッパ、もしくは米国北東部やカナダのケベック州になる可能性が高いと考えています。これらの地域はタイムゾーンの調整が比較的容易で、事業の進め方や市場構造にも共通点が多く、参入障壁が低いからです。
一方で、東アジアを含む他地域ともすでに対話を進めています。日本でも一定の議論を始めていますし、台湾、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、インド、中東とも協議を行っています。世界中に可能性はあり、適切な機会があれば、そのタイミングでリソースを投入していく考えです。
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日本参入時に求めるパートナー像
―日本市場に参入する場合、どのような関係性が最適だとお考えでしょうか。共同開発、投資、資本提携、あるいは合弁会社の設立などが想定されますか。
最も適切なパートナーは、エネルギーインフラを自ら保有したいと考えている企業です。そのような企業と提携する場合、相手がプロジェクトの開発・建設・所有を担い、私たちはソリューションプロバイダーとして技術とシステムを提供します。エネルギーインフラの所有権は、あくまで開発主体となる企業が持つ形です。
このようなパートナーシップは非常に価値があります。特に、私たちへの投資だけでなく、個々のプロジェクト自体にも投資できる資金力や事業基盤を持っている企業であれば、理想的な関係となります。
一方で、日本の機械・電気分野のサプライチェーンを担う企業とも、日本国内でのOEMという形を通じて、投資と事業提携の両面で関係を築けることが望ましいと考えています。これにより、技術の現地適応と事業展開のスピードを同時に高めることができます。
純粋な財務投資や、商社を通じた取引といった形も選択肢としては考えられますが、最も明確で戦略的な二つのパートナー像は、エネルギーインフラの所有を目指す企業と、機械・電気機器を供給する企業です。これらの企業とどのように連携できるかが、日本市場での成功の鍵になると考えています。
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短期・長期的なビジョンと目指す企業像
―今後6〜12か月の目標と、より長期的に達成したい目標について教えてください。
短期的には、私たちは一連の資金調達ラウンドを開始します。この資金調達を成功させることが、商業チームを拡大するための重要なマイルストーンになります。チーム体制を強化することで、よりグローバルな視点から市場を見極められるようになります。
中期的なマイルストーンとしては、2028年までに最初の商業プロジェクトを稼働させ、その後すぐに2件目、3件目の商業プロジェクトを立ち上げることを目指しています。そして2029年から2030年にかけて、銀行融資が可能な資産クラスとして認識されるのに十分な数のプロジェクトを保有することが目標です。そうなれば、私たちのプロジェクトに対して銀行融資を活用できるようになります。これは5年程度の目標ですが、エネルギーインフラ事業において5年は決して長い期間ではありません。
今後2年間の具体的な目標は、2028年から2029年にかけて商業パイプラインとサプライチェーンの関係を本格的に構築することです。すでに複数の市場で事業展開の準備が整っており、2030年以降には、複数の地域で大規模な事業展開を開始する計画です。
日本がその対象市場の一つとなる場合、日本のパートナー企業とともに、2030年までに10件程度のプロジェクトを想定しています。これにより、現地サプライチェーンの発展、市場への投資拡大、そして持続的な成長が期待できます。
長期的には、私たちの目標はエネルギー転換という世界的課題を解決するリーディングカンパニーの一つになることです。再生可能エネルギー発電の分野で知られる企業と同様に、エネルギー貯蔵分野においても、広く認知されるソリューションを提供する存在になることを目指しています。
私たちはまだ小さな企業ですが、すべての企業は一人から始まります。現在の規模に関わらず、私たちの目標は、エネルギー転換に貢献し、電力システムが直面する柔軟性の課題を本質的に解決することです。
その結果として、新たな再生可能エネルギー発電の導入を加速させ、世界全体でギガワット規模の二酸化炭素排出削減を実現したことを実証し、数十億ドル規模、いわゆるユニコーン企業へと成長することで企業価値を具現化していきたいと考えています。
私たちが真に目指しているのは、単に企業規模を拡大することではなく、より多くの再生可能エネルギーを導入できる柔軟性を社会に提供することです。その結果として、ギガトン単位の二酸化炭素排出削減につながるのであれば、私たちは根本的な意味で気候変動の解決策になれると考えています。
そのためには、真に信頼される企業であることが不可欠です。私たちは、どのように事業を拡大するのか、プロジェクトをいかに高い収益性で運営するのか、プロジェクトの価値をどのように確実に捉え、それを企業としての成長につなげるのかを極めて重視しています。つまり、世界中で急速に展開可能で、かつ成功する事業を構築するということです。
私たちの野心は、それほど複雑なものではありません。ただ、世界を変えたいだけです。
―読者に最後に伝えたいメッセージは。
もしイギリスに来られることがあれば、ぜひ弊社がデボンの近くのコーンウッドで実施しているデモプロジェクトを訪問し、弊社のソリューションについてご説明させて下さい。特にサプライチェーンや商社の方とぜひお話ししたいです。