目次
・宇宙データの価格は高すぎる
・「価格破壊」を実現したシンプルな考え方
・人工衛星の標準化が実現できた理由
・大企業はまるで「巨大なタンカー船」
・日本に開発拠点設置へ、エンジニア採用も進行中
宇宙データの価格は高すぎる
―エンデューロサットが解決を目指す課題を教えてください。
シンプルに言えば、私たちが解決したい課題は「宇宙データ*を、世界中の企業の手が届く価格で入手できるようにするにはどうすればいいのか」です。つまり、宇宙データへのアクセスを「民主化」したいのです。
今日の世界の産業を見渡した時、非常に多くの企業が宇宙データに依存しています。GPSシステムなしで航空・海運業は成立しませんし、物流業界や気象観測でも宇宙データに基づく正確な情報がビジネスを左右します。
*宇宙データ:衛星画像や気象観測システムのデータなど、宇宙空間から観測・通信されるデータ
―なぜ宇宙データを安価にする必要があるのでしょうか。
宇宙データの取得には現状、1ギガバイトあたり3,000〜5,000ドルほどかかります。これは、中小企業にとっては簡単に手が届く価格ではありません。というのも、人工衛星の製造自体が非常に高額で、さらに打ち上げや運用にも莫大な費用がかかるため、宇宙データはどうしても高価になってしまうのです。必然的に、宇宙データを使用できるのはほとんど大企業に限られます。
当社は宇宙データ取得のための「サプライチェーン」を革新することで、1ギガバイトあたり50ドルへとコスト削減を実現しています。2026年半ばまでには「1ギガバイトあたり1ドル」の水準までさらにコストを圧縮できる自信があります。
私たちは「宇宙データの取得コストを劇的に下げれば、世界中の企業が宇宙データを活用できるようになる」と、強く信じています。宇宙データを民主化することで、中小企業やNGO、小さな国々のイノベーション活性化にもつながりますし、消費者もより便利な生活が送れるようになるでしょう。
―宇宙データの取得コストが激減すると、どのような世界が実現するのですか。
一般の読者の方々にも理解しやすい具体例をいくつか挙げましょう。グールグマップをイメージしてください。宇宙データのコストが下がると、道路の混雑状況が毎分レベルで詳細に分かるようになります。さらに大気汚染や花粉量、熱放射など環境データもリアルタイムで理解できます。
物流業界では、小さな物流会社でも、DHLやUPSのような精度で輸送分析を行えるようになるでしょう。沿岸警備の現場では、タブレットで1分ごとに今の海岸の状況を確認できるようになります。津波の際、人命を救うことができる可能性も格段に上がるでしょう。
「価格破壊」を実現したシンプルな考え方
―どのようにして、宇宙データの価格破壊を実現したのですか。
先ほどサプライチェーンを革新したと申し上げましたが、私たちはまず、宇宙インフラの作り方そのものを根本から見直すところから始めました。
宇宙データの1ギガバイトあたりコスト算出は単純で、
で計算できます。
そこで、人工衛星の設計方法、組み立て方、打ち上げまでの準備、軌道上での運用方法、データの取得と保管の仕組み——こうしたミッションのサプライチェーン全体を、細かい部分まで徹底的に変えました。
1つ1つは小さな改善でも、各工程を最適化すると最終的なデータ取得コストが桁違いに下がる。これが私たちのアプローチです。
―このアプローチ全体の中で特に革新的な点は。
当社の最大の革新は、「人工衛星の標準化」に成功した点です。
現在の宇宙業界は奇妙な状況にあります。自動化やAIなど、ソフトウエア技術がこれだけ進化したのにもかかわらず、いまだに「このパーツは何キロ軽い」「この機器は何%高性能だ」といった性能や重量に固執する「ハードウエアの発想」から抜けきれていないのです。結果として、ミッションごとに異なるフルカスタムの人工衛星を製造することが慣例になっています。
私たちがこだわったのは 「人工衛星が解決するべき課題」と「コスト構造」 です。その発想から、「どんなミッションにも対応できる『標準型の人工衛星』」を製造しました。過去2年間、毎月10〜15基の衛星を生産できています。これは、大企業でも達成できていない水準です。
人工衛星の標準化が実現できた理由
―なぜ、御社は人工衛星の標準化が実現できたのですか?
それは、私たちが「ソフトウエア」を中心に人工衛星を製造・運用する考え方を採用したからです。つまり、「どんなミッションの要件にも対応できる人工衛星をいかに作るか?」という問いから出発したという意味です。
通常、衛星開発ミッションは、目的ごとに設計思想が異なります。通信や地球観測、科学といった目的ごとに必要となる部品やOSが変わり、量産が難しかったのです。当社ではまず、人工衛星の構造体や電源、通信などのモジュールをすべて事前認証した共通のものにしました。衛星ごとに設計を変更する手間を省くためです。
さらに、軌道上でOSを更新して、用途を切り替えることも可能です。地球観測から通信、などの転換が可能になりました。
製造面だけでなく、運用面も標準化・自動化しています。当社の人工衛星にはエッジコンピューティングが搭載されており、軌道上で画像認識・物体検出が可能になっています。従来より通信量とコストを大幅に削減することができるという意味です。
今ではエンデューロサットにはIBMやNASA、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、カリフォルニア大学バークレー校をはじめ、約360の顧客を抱えています。2018年以降、顧客数と売上高の両面で毎年2〜3倍の成長を続けています。
image : EnduroSat EnduroSat’s most advanced ESPA class satellite
大企業はまるで「巨大なタンカー船」
―では、なぜ大企業は未だにハードウエア中心の発想から抜け出せないのでしょうか。
私は競合のやり方を詳しく研究しているわけではありませんが、大企業には構造的な問題があると感じています。企業が大きくなればなるほど、変化を恐れ、慣れたやり方から抜け出せず、組織が重くなり、方向転換に時間がかかってしまう。そうした状態に陥りやすいのです。
特に宇宙産業では、数十年前とほとんど変わらない手法で衛星を作り続けている企業が今でもたくさんあります。しかしこの間に、電子機器産業も製造業の自動化もソフトウエアもAIも、生産コストの常識さえも劇的に変化しました。にもかかわらず、宇宙産業の巨大企業は「過去の成功モデル」からなかなか動こうとしません。
彼らは、まるで巨大なタンカー船のようなものです。その気になれば海を渡るほどの力を持っているのに、方向を変えるには膨大な時間がかかる。スピードが出せないのです。
そして最大の問題は「恐れ」です。変革して失敗するくらいなら、現状維持を選ぶ——。そうした心理が組織全体を支配してしまう。しかし技術の世界では、それは致命的です。変化しない企業は、確実に取り残されていくのでしょう。
―競合についてはどう見ていますか?他社との差別化要因は?
正直に言うと、競合にはフォーカスしていません。競合ばかり気にしてしまうと、結局は 「他社がやっていることの延長」 になってしまう。少し改善できるかもしれない——5%とか10%とか。でも、それでは産業は変わらない。
私たちがやろうとしているのは コストを3,000分の1、5,000分の1に下げるという「桁を変える」挑戦 です。これは、他社の真似や微調整では絶対に到達できません。
だからこそ 顧客の本質的な課題だけに集中する。それが私たちのアプローチであり、最大の差別化です。
日本に開発拠点設置へ、エンジニア採用も進行中
―日本市場に進出する考えはありますか。
すでに2025年後半に、日本で本格的な開発拠点を設置すべく動いています。日本で最初のエンジニアの採用も進めていますし、日本の宇宙産業を盛り上げられることを楽しみにしています。
投資予定額は数百万ドル。資金面でもコミットしていますし、もっともっと雇用も創出していきます。日本をアジア太平洋市場のリーダー的拠点にしていきたいと考えています。
日本は技術への理解がありますし、何より勤勉な国民性です。私たちが過去10年間で数千万ドルを投資して蓄積したノウハウをもたらすことで、日本が次世代の人工衛星を軌道に打ち上げるペースを飛躍的に加速できると確信しています。
―日本企業と協業する際、重視している業界はありますか。
共同製造、共同生産といった形態でパートナーを組める可能性を検討しています。私たちは8月に、第3世代の新しい人工衛星を開発しました。200kgと500kgのもので、1人の技術者が8時間ほどで組み立てられます。
このようなノウハウを日本企業に提供すると同時に、システム部品における協業が可能かどうか、探っています。また、宇宙環境対応試験にかかわる企業との提携も興味深いです。
最も重要なのは、日本政府やスタートアップが本気で低コストの人工衛星をドンドン飛ばしたいと考えているかということです。多くの日本企業と協業し、「宇宙データの民主化」という壮大なミッションを共に叶えていきましょう。私たちは本気です。
image : EnduroSat HP