目次
・2016年に創業「AIの世界が来る」
・ある企業からの「運命のメール」でピボット
・「社内・社外・技術」情報をワンストップで検索
・製造企業が顧客の7割を占める理由
・検索しなくても有用なニュースを自動配信
・「イノベーション・アズ・ア・サービス」を創る
2016年に創業「AIの世界が来る」
林氏の起業に至る道のりは、幼少期の環境に遡る。「両親が台湾出身で、起業家として日本でビジネスを行っていました。サラリーマンのような人がいない家系なので、将来的に自分で何か事業を起こすというのは非常に自然な環境にありました」
学生時代にも起業を経験していた林氏だが、「いきなり起業すると大きなビジネスを学べない」と判断し、大学を卒業すると伊藤忠商事に入社した。
配属されたのは経営企画部門で、M&Aや投資業務に従事した。「M&Aをやるときは、海外の会社を買おうと思ったらその国を調べ、マーケットを調べ、そして企業自体を調べ、経営者という人を調べる。様々な情報を糧としてビジネスをしていくというところだったので、その情報をいかに使うかというところをずっとなりわいにしてきました」
しかし、デジタル化の進展とともに情報量が爆発的に増加する中で、林氏は重要な課題に直面した。「とにかく情報が増えすぎていて、人間はその増えた情報の中で正しい意思決定ができない状態になっている。それをAIで何とかできないか」と考えるようになったのだ。
この問題意識を共有していたのが、大学時代からの友人で現在取締役CTOを務める有馬幸介氏だった。東京大学で機械学習やディープラーニングを研究していた有馬氏と、「この50年間でAIの力を使って人間をサポートするようなAIを生み出していく、そんな世界が来るんじゃないか」という議論を重ね、2016年にストックマークを創業した。

ある企業からの「運命のメール」でピボット
当初同社は、個人向けの情報管理アプリ「ストックマーク」の開発・提供からスタートした。「当時はニュースキュレーションアプリが非常にたくさん出ている時代でした。しかし、情報は増えているけれども、それを正しく届けているサービスは少ないと思いました。PV数ばかりを狙うニュースばかりで、本当に人が欲しい情報が届けられない」という課題意識から、AI型のニュースキュレーションアプリを構想していた。
そんな時、1通のメールが事業を大きく転換するきっかけとなった。記事に掲載されたストックマークの取り組みを見た自動車部品大手コンチネンタル(ドイツ)の日本法人から問い合わせが届いたのだ。
当時、海外ではAudiやBMWがスマートシティ構想やEVシフトを進める中、日本の自動車メーカーや部品メーカーは従来のビジネスモデルから抜け出せずにいた。コンチネンタルの担当者は「日本の自動車・自動車部品メーカーは茹でガエル化している。情報を使って会社を変えたい」と危機感を募らせていたという。
具体的な提案内容は、情報による社内変革だった。社内にニュースを配信し、それに対して社長をはじめとする幹部や研究開発部門、広報部長などがコメントを付けて社員に共有することで、世の中の変化の早さを伝え、自社も変わらなければならないという意識改革を図りたいという構想だった。
林氏はこの提案に即座に反応した。「元々情報によってビジネスをしていた商社にいたので、その非常に重要性、いかに質の高い情報を早くつかむかというところ、そして自分たちを変えていくか情報によって行動を変えていくというところに原体験があったので、それはサービスとしてやるべきだと感じました」
コンチネンタル・ジャパンとの話し合いからわずか2週間でプロトタイプを開発し、企業向けサービスへの本格参入を決断した。
この経験から同社は、企業向け情報配信サービスの市場性を確信した。「当時は個人向けの情報配信サービスはありましたが、企業向けには昔ながらの新聞メディアや、Bloombergなどの専門ツールしかありませんでした。一般の会社員が業務で必要な情報を得るためのサービスは存在しなかった。MicrosoftもGoogleも手がけていない領域だったので、市場性が高いと感じました」

image : ストックマーク
「社内・社外・技術」情報をワンストップで検索
現在、ストックマークが提供する主力サービス「Anews」は、企業の情報活用を根本から変革するプラットフォームだ。これに、AIが事業環境を可視化し、市場調査をサポートするサービス「Astrategy」を加え、「データを広く」「アウトプットを深く」という2つの軸で進化を続けてきた。
当初はニュースから情報を取ってきていたが、データ拡張のために対象を大幅に拡大した。「今ではニュースだけではなく、官公庁や企業・団体のホームページをはじめ、あらゆる情報をビジネス向けに再整理しています。また、日本語に加えて、英語と中国語のウェブサイトにも対応しています」。さらに製造業系の顧客ニーズに応えて、特許や論文といった学術文献や、官公庁などが出すPDFレポートなども取れるという。
特筆すべきは、社内情報との連携機能だ。「BoxやMicrosoft SharePointなどサードパーティーのクラウドストレージと連携をして、社内の情報も検索できる状態になっています」。これにより、Microsoft Copilotが主に社内情報、PerplexityやChatGPTのDeepResearchが社外情報の収集に特化する形で、社内情報、社外情報、技術情報の3つをワンストップで検索できる点がストックマークの強みとなっている。
この実現を支えるのが、同社が有する2つの要素技術だ。1つに「データの構造化」技術がある。「ウェブサイトにはHTML形式で様々な広告がついていたり、本質と関係のない関連情報があるため、正しく本文や要旨だけを抜き出すことが非常に難しいです。それを我々は7年間から8年間ぐらいかけてずっと磨いてきました」
もう1つの要素が「独自のLLM開発」だ。「これまでウェブ情報やビジネス情報を大量に取ってきたので、特に日本語、さらにビジネス情報という観点でいうと既にGPT-4よりも多いデータをインプットできています。しかも、それが綺麗に構造化されている状態で。このため、ビジネス領域に関しては『GPT-4o』よりも強いモデルになっていると自負しています」
Anewsの成功とAI技術の研鑽を背景に開発が進められ、2024年に正式リリースされたのが「SAT(Stockmark A Technology)」だ。
「生成AIを活用する企業が増えるなかで、導入時に情報構造化や検索、分類などの技術的課題に直面するケースが多くなってきた。その際、Anewsの裏側で動いているシステム群を個別に提供してほしいという要望が相次いだことが、SATの開発につながりました」と林氏は語る。
林氏はSATをECサイトとクラウドサービスの関係に例えて説明する。「AnewsがAmazonのECサイトだとすると、SATはAWSみたいな、そんなイメージを持っていただくといいかなと思います」
企業が生成AIを導入する際に必要な情報構造化、検索、分類、LLMといった各パーツを、PaaS(Platform as a Service)として提供している。
ビジネスモデルは両サービスで異なる設計だ。「Anewsは利用人員数に応じた金額、SATの方は従量課金でデータの処理量に応じて課金される」仕組みとなっている。

image : Vitalii Vodolazskyi / Shutterstock
製造企業が顧客の7割を占める理由
ストックマークの成長は顧客基盤の拡大に如実に表れている。「顧客基盤は300社を超え、サービスのユーザー数は約3万です。この5年ほどで倍増しています」と林氏は実績を語る。特徴的なのは顧客構成で、製造業の大手企業が約7割を占める点だ。
製造業への浸透が進む理由について、林氏は業界特性を指摘する。
「製造業は研究開発組織、製造部門、販売部門があり、開発を繰り返している組織です。従来は技術シーズベースで、論文や既存技術から発想して研究開発し、商品化していました。しかし、現在は幅広い顧客情報や市場の動きを見ながら売れる商品を作ろうという動きが高まっています」
顧客獲得については基本的には直販で、「インバウンドとアウトバウンド両方で進めている」と説明し、「インバウンドでは直接のお問い合わせと既存顧客からの紹介が大きな割合を占めます」と付け加えた。
成長要因として林氏は市場環境を第一に挙げる。「製造業は日本の主要産業で、国内売上の20〜30%を占める最大の産業です。特に研究開発組織をターゲットにしていますが、R&D支出は不況下でも増額を続ける製造業の成長エンジンです。そうした成長市場に必須のサービスを提供しています」と強調した。
同社のサービスは大手企業で確実な成果を生んでいる。コンチネンタル・ジャパンをはじめ、帝人、セブン銀行、リクルートHD、三菱商事、博報堂、JTB、サントリー、経済産業省など、各業界を代表する企業が導入を進めている。
沖電気工業では、イノベーション推進のためにAnewsとAstrategyを導入し、情報収集の偏り解消や効率化、最新トレンドに基づく社内議論の活性化を実現した。同社の現場からは「新規事業に必要な事例発見が一瞬でできるようになった」との評価を得ている。
広告代理店での事例では、Anewsの機能によりクライアント向け提案書の作成時間を50%削減し、浮いた時間をより創造的な業務に充てられるようになった。また、ある製造会社ではAstrategyを用いた消費者トレンド分析から生まれた新商品がヒットし、売上が大きく伸びた。金融機関の利用例として、Astrategyの予測分析により投資判断精度が向上し、運用成績の改善につながっているケースもある。
これらの事例が示すように、同社のサービスは新規事業開発や業務効率化を生み出すツールとして、導入企業から高い満足度を獲得している。
顧客からの反応について、林氏はユーザー層別の効果を解説する。企画部門からは、従来はニュース、論文、特許をそれぞれ別々のソースで確認していたため非効率だったものが、ワンストップ化により情報収集のコストが大幅に削減できたと評価されている。
研究開発では、Anewsによって幅広いソースから情報を得られるようになり、市場性を意識した開発が可能になり、研究開発の質が向上しているとの声がある。マネジメント層からは、部署全体の状況や、企画開発チーム、一般層メンバーがどのような情報を参照し、どこにどのような知見を持つ人材がいるかが可視化できるなど、組織育成にも役に立っているという。

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検索しなくても有用なニュースを自動配信
ChatGPTの登場以降、AI活用への関心が高まる中で、同社サービスの独自価値について林氏は2つのポイントを挙げる。
1つは「手軽さ」だ。「一般的なサービスは自分から検索するなど、能動的に操作する必要があります。しかし我々のサービスは検索しなくてもニュースを自動配信する機能が豊富にあります。何もしなくても関心のある情報が届くため、それをきっかけに調査を始めるなど、使用のハードルが下がります」と林氏は説明する。
もう1つが「組織での活用」を重視している点だ。「個人で使うものではなく、組織で情報や知識、使い方を共有できる設計になっています」と林氏は述べ、企業全体のAI活用を促進していると強調した。
今後1年のマイルストーンとして、林氏はより特化した機能の開発を掲げる。「技術情報を見る際に論文から新しい研究手法を洗い出したり、特許から自社業務に関する侵害リスクを調査したりと、より細かい作業で具体的なアウトプットを求める声があります」と顧客ニーズを説明し、こうした要望に応えていく方針を示した。
「社内外の情報をワンストップで深くリサーチし、単なるリサーチにとどまらず、次のアクションや計画立案まで支援する状態を目指しています」と林氏は語り、単なる情報提供から行動支援へとサービスを発展させる計画を明かした。
1〜2年のスパンでは人間の作業領域も変化すると予測する。「単発の記事やコンテンツを読む作業は人間が行う必要がなくなり、より抽象化・抽出された情報の提供を目指します」と林氏は展望を示す。「優秀なコンサルタントのように情報をまとめ、エッセンスを届ける状態を実現し、一人ひとりの能力拡張を支援したい」と構想を語った。
image : ストックマーク HP
「イノベーション・アズ・ア・サービス」を創る
事業拡大に向けて、同社はパートナーシップを模索している。「AIで新たな顧客向けビジネスを共同で創出する取り組み」を重視し、「AIの力で既存のオペレーションを更新・変革することを一緒に実現したい」と林氏は意欲を示す。
具体例として、パナソニックとの協業に言及した。「パナソニックと共同でパナソニック専用LLMを開発しています。自社向けにカスタマイズされたLLMを求める企業にとって、当社がパートナーとして選ばれる可能性があります。当社は日本で最も多くの企業特化LLMを手がけている会社だと自負しています」と林氏は強調する。
企業特化LLMでの競争力について、林氏は2つの要素を挙げる。「独自モデルを自社開発しているため、モデル特性を完全に理解し、最新アーキテクチャで開発できます」。加えて「自社でLLMをブラッシュアップしているため、企業データを投入する際のファインチューニングや学習方法のノウハウを提供できます」とその優位性を説明した。
10年後、20年後を見据えた長期ビジョンについて、林氏は仕事の根本的変化を予測する。「過去データのある領域や定型オペレーションは、人間が担う必要がなくなります。週5日の労働が週1日で完了する状態になるかもしれません」と語る。
この変化の中で人間に求められる役割として、「従来データが存在しない未知の領域」への挑戦を挙げる。「多様なデータを組み合わせ、Web情報から市場機会をAIで抽出したり、社内の過去データや企画と組み合わせて新たなアイデアを創出したりと、AIと協働した新規事業創出を支援したい」と構想を明かした。
最終的には「ワンクリックで新規事業をデプロイし、顧客に価値を提供し続ける」ことを可能にし、「Innovation as a Service(イノベーション・アズ・ア・サービス)」と呼ぶ新たなカテゴリの創造を目指している。
「新規事業は1,000のアイデアから3成功すれば良しとされていますが、100万個のアイデアを生成すれば、数百の事業が生まれ、その中から10年後、20年後の売上の核となるビジネスが出現するでしょう。これを繰り返せば企業は永続的に成長できます」と林氏は壮大な構想を描く。
取材の最後、林氏は読者に向けて力強いメッセージを送った。「今始めないと10年後に後悔します。ぜひ一緒にやりましょう」。AI時代において、同社が描く未来への確信がにじむ言葉だった。