目次
・東アフリカのオートバイ市場が持つ5つの条件
・ビジネスの中核を成す4つの「専用」
・ガソリンバイクよりも35%安く提供できる
・日本の二輪車メーカーとの協業に期待

東アフリカのオートバイ市場が持つ5つの条件
「私のキャリアは、『不都合な真実』という映画から始まりました」。そう語るWhale氏は、ニュージーランド出身。同地のオタゴ大学で法律と中国語を学び、卒業間際にアル・ゴア元米副大統領による気候変動ドキュメンタリー映画を観て衝撃を受けた。
「自然豊かな環境で育った私にとって、気候変動はそこにある脅威です。長期的にキャリアを捧げるに値する課題だと感じました」
大学で学んだ中国語のスキルを活かして中国へ渡ると、知的財産権の弁護士として働いた。そこで、2000年半ば以降、急速に発展する中国の電動モビリティ業界を目の当たりにした。「当時、中国ではすでに至る所で電動スクーターや電動バイクが走っていました。そして、2008年のテスラ・ロードスターの登場によって、EVに対する世間のイメージが一夜にして変わるのを見た気がしました」
自動車業界では、最初に市場の頂点であるフォーミュラ1(F1)や高級車などの一部に導入された新技術が、徐々に裾野の市場へと広がり、最終的に大衆市場へ波及していく段階的普及モデルがある。しかし、Whale氏はリチウムイオン電池に関しては、製品の急速な値下がりが進む中で、このモデルに逆行する普及プロセスを辿る可能性に気づいたという。
「リチウムイオン電池のコストがものすごい速さで低下するのを見て、従来のビジネスモデルとは逆のことが起きる可能性を感じました。つまり、電動化が経済的に優位になるようなニッチ市場がすでに存在するはずだと」
同氏はそれ以降、その市場がどこに存在するかを見極めていった。「大規模な市場」「日常的に長距離移動するユーザーがいる」「車両価格と比較して燃料費が高い」「地理的に集中している」「充電インフラ整備が現実的であること」。これら5つの条件を満たす市場として浮かび上がったのが、サハラ以南のアフリカにおけるオートバイ市場だった。

image : Ampersand
ビジネスの中核を成す4つの「専用」
「アフリカでは交通手段の約半分がオートバイで、燃料消費の約20%を占めています」と、Whale氏は語る。中でも東アフリカでは、燃料を輸入に依存しており価格が高い一方で、ケニアの電力供給は90%以上を地熱、水力、風力、太陽光といった再生可能エネルギーが占めている。
Whale氏は「当社の顧客は、1日に平均約180キロを走行し、年間約2,000ドルを燃料代に費やしています。オイル交換費用を含めると年間2,200ドルほどになりますが、ガソリンバイク本体の価格は約1,600ドルです。つまり、燃料費だけで毎年、新車を購入する以上の出費をしているのです」と、この地域特有のエネルギー事情を説明した。
このような状況は、電動化によって大幅なコスト削減が実現可能であることを示している。そしてAmpersandは、2014年ごろから事業を開始し、サハラ以南のアフリカにおける電動モビリティ企業のパイオニア的存在として、ゼロからエコシステムの構築に挑んできた。2019年には本格的に商用化を果たした。Whale氏によると、ビジネスの中核を成すのは4つの要素だという。
1つ目は、専用バッテリーだ。「消費者向けの電動スクーターに搭載されている既存バッテリーでは、アフリカの過酷な道路環境や業務利用に耐えられません。私たちは二輪車向けとしては世界初となる、リン酸鉄リチウム(LFP)電池パックを開発しました」
この電池の選択には明確な理由がある。一般的なNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)電池はフル充電に数時間かかるが、LFP電池なら1~2時間で済む。その分、車両ごとに必要なバッテリーの数も少なくていいからだ。
2つ目は、専用車両を開発したこと。Whale氏は「既製のフレームをベースにしつつ、安全性を確保するため大幅な改良を加えました。自社製のドライブトレインやリアスイングアームアセンブリは、大きな差別化要素になっています」と説明した。
3つ目は、ソフトウェアによる専用の管理システムだ。「当社のバッテリーは週に約10万回の交換が行われています。これらの取引管理やキャッシュレス決済、充電ネットワークの最適化には専用のシステムが欠かせません。AIと自社開発のIoTを組み合わせており、需要予測に基づいて充電速度を柔軟に調整しています」とWhale氏は話す。
4つ目は、バッテリー交換ステーションの専用ネットワーク構築。アフリカでは人件費が安いため、常にスタッフが対応する有人型が効率的だという。「セルフ式の給油スタンドが存在しないのと同じ理由ですね」とWhale氏は付け加えた。バッテリーの交換は、約2分で完了する。

image : Ampersand Swap Station
ガソリンバイクよりも35%安く提供できる
「過去数年間、我々は年率およそ2倍のペースで成長してきました。2024年はEBITDA(利払前・税引前・償却前利益)ベースでも黒字を達成しました」(Whale氏)。EV分野、特にハードウェアを自社開発・製造する企業としては異例の成果だ。
現在は、中国の大手EVメーカー、BYDと提携し、より小型で軽量、エネルギー密度の高い新型バッテリーの開発を進めている。「BYDは米国や欧州での関税障壁を見越し、アフリカや南米、東南アジアなど新興国市場に新たな活路を見出そうとしています」
事業の次のフェーズでは、他社製オートバイとの連携も視野に入れている。Whale氏は「将来的にはすべての車両を自社で製造するのではなく、バッテリー、ソフトウェア、充電ステーションといった『エネルギー側』のインフラを提供し、他社製の車両に電力を供給するモデルを目指しています。日本の二輪車メーカーとも連携したいです」と話す。
このモデルが成立する背景には、圧倒的なコストメリットがある。「当社のサービスは、化石燃料と比べて約35%安く提供できます。顧客にとって最も大きな支出項目である燃料費を削減できるのです」とWhale氏は強調する。
ルワンダ政府は首都キガリで新規のガソリンバイク登録を禁止しており、同市では7,000人以上がAmpersandの車両を利用している。Whale氏は「アフリカ諸国では、最も多くの外貨が燃料輸入に費やされています。一方で、余剰電力を抱える国も多く、政府としても電動化を積極的に後押ししています」と地域の特性を説明する。

image : Ampersand Manufacturing Factory
日本の二輪車メーカーとの協業に期待
アフリカ市場ではすでに転換点を迎えている。電動バイクのドライバーは、従来よりも運賃を20%下げたとしても利益を確保できるため、ガソリンバイクのドライバーは価格競争で太刀打ちできなくなっているとWhale氏は説明する。
信頼性の面でも、電動車両の優位性は実証されつつある。Ampersandの車両はすでに5年以上にわたって路上で稼働しており、年間6万キロを走行しても、パワートレインに関連する不具合は年に1件程度にとどまる。ガソリンエンジンと比べても、はるかに高い稼働信頼性を維持しているという。
現在、アフリカ大陸にはおよそ2,300万台のオートバイが走行している。そうした中、Ampersandはすでに約8,000個のバッテリーを循環させ、約6,000台の車両に電力を供給している。一方、市場拡大を目指すWhale氏は、アフリカにおける事業展開の難しさについてこう語る。
「アフリカは一つの国ではなく、各国で規制も優遇措置も異なります。大陸全体で効率的かつ安全にスケールアップしていくことが当面の優先課題です」
なお、Whale氏の視線はアフリカの外にも向けられている。「南米では軽量モビリティ市場が急成長しており、特にeコマース配送のような用途では、スクーター以上の頑丈さを持つ車両が求められています。そうした地域からも多くの関心が寄せられています」とWhale氏は語る。
また、Ampersandは日本の二輪車メーカーとの協業にも強い期待を寄せている。Whale氏は、車両メーカーに限らず、充電器や部品などのサプライチェーン全体に協業の可能性があるとみる。「将来的には、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのような二輪車メーカーとも連携し、当社のバッテリー、ソフトウェア、ステーションといったエネルギー基盤を活用してもらえればと考えています。また、量産を進める上で、EV用の部品や充電機器の最適化にも日本企業の技術が活きる場面は多いはずです」と話した。
さらに、Ampersandは長期的な視点で、車両やエネルギーインフラを地域に根ざした形で展開するためのパートナーシップにも力を入れていく方針だ。最後に、Whale氏は「将来的には、車両の流通企業や、既存の燃料供給・電力網のオペレーターなどと協業しながら、各地に合った形でエコシステムを構築していきたいと考えています」と構想を語った。