image: Shutterstock / MZinchenko
「地方自治体がまるでベンチャーキャピタルのようにスタートアップに"出資"している」。静岡県浜松市のスタートアップ支援の取り組みは、しばしばこのように表現される。浜松市は2016年にスタートアップ支援を打ち出し、今や全国各地の地方自治体がこぞって視察に訪れるスタートアップ支援の「聖地」だ。スズキやヤマハ、浜松ホトニクスなどを擁する全国有数の企業城下町をスタートアップ支援へと駆り立てたものはなんだったのか。浜松市産業部スタートアップ推進課の米村人志課長に「これまで」と「これから」を尋ねた。

目次
浜松市ファンドサポート事業とは
スタートアップ進出数が跳ね上がった時期
成果が出なくても「続けた」から実を結んだ
スタートアップ×現地企業の相乗効果を

浜松市ファンドサポート事業とは

―浜松市のスタートアップ支援を特徴付けている「ファンドサポート事業」について教えてください。

 浜松市のスタートアップ支援は「ヒト・技術」「モノ」「カネ」「情報」「総合」と、大きく分けて5つの分野で構成されています。とりわけ、独自の取り組みとして注目いただいているのが「カネ」の部分で、それがスタートアップの資金調達を支援するための「ファンドサポート事業」です。

 ファンドサポート事業は、浜松市が選定した「認定VC」の投資活動と協調して、認定VCから出資を受けたスタートアップへ、浜松市からも追加の交付金を提供するものです。最大4,000万円を交付しますが、いくつかの条件があり、創業から5年以内のシード・R&D枠は全体事業費の2分の1を上限に最大1,000万円、創業年数の縛りがない一般枠は最大4,000万円、市内企業とのオープンイノベーションに取り組む協業枠は最大2,000万円を交付します。

 2023年時点で認定VCは54者で、Global BrainやBeyond Next Ventures、Monozukuri Venturesのような専業のVCと、金融機関や大企業が設立したCVCで構成されています。制度が始まった2019年度は9者だったので、5年間で6倍に増えたことになります。昨年の事業予算には2億5,000万円がつきました。

「ファンドサポート事業」のイメージ図(浜松市提供)

―日本の地方自治体で初めてのファンドサポート事業の構想はどのようにして生まれたのですか。

 ファンドサポート事業は2019年からスタートしましたが、構想はもっと以前からありました。構想当時、アベノミクスや金融緩和といった景気対策が積極的に行われていたのですが、どこか新聞やテレビの中の話で、そういうお金って地方に流れてきているのかなと感じていました。例えば、ソフトバンクがベンチャー企業に投資したなんていう話が出ても、ほとんど首都圏での話題でした。

 そうしたファンドマネーを地方にどう持ってくるかと考えた中、「自分たちでファンドを作ろう」というアイデアが出た。それがファンドサポート事業です。当時の事例として、イスラエルに似た制度があったり、日本だと不動産領域で似た制度があり、その辺りの取り組みが浜松のファンドサポート事業の原型的なものです。浜松市のオリジナルな部分を入れて、ファンドサポート事業として打ち出しました。

 後ほど詳しくお話ししますが、このファンドサポート事業が浜松市の「武器」となり、首都圏などからスタートアップを誘致する取り組みの潮目が変わっていくことになります。

スタートアップ進出数が跳ね上がった時期

―外から浜松へとスタートアップを呼び込む第一歩としての「実証実験フルサポート事業」もあると伺いました。

 ファンドサポート事業は最初に申し上げた通り金銭面のサポートですが、この事業の足りない部分を補うものとして「実証実験フルサポート事業」があります。これは福岡市がやっていた事業で、「真似」させていただきました(笑)

 制度としては、スタートアップに浜松市で1年間実証実験を行っていただきます。補助金200万円を用意させていただき、市が実証実験のモニターを探したり、フィールドを探したりといった後方支援も行う、まさに「フルサポート」です。

 ファンドサポート事業は市内のスタートアップしか使えないのですが、実証実験フルサポート事業は浜松に進出していなくても、全国のスタートアップが利用できる事業というのがポイントです。まず、実証実験フルサポート事業を取っ掛かりにして、浜松で実証実験をやってもらえば、浜松を体験してもらえますよね。

 浜松で活動することによって浜松の魅力を体感してもらい、実際にプロダクトを市場に出す段階ではファンドサポート事業を使って浜松に拠点を構えてどっしりと活動していただくというのが理想の流れです。

―スタートアップの進出数は具体的にどのくらい増えましたか。

 浜松市が「浜松バレー構想」としてスタートアップ支援を打ち出したのが2016年のことですが、「ファンドサポート事業」と「実証実験フルサポート事業」が整備された段階で、スタートアップ進出数や市内での資金調達額が跳ね上がりました。

 もともと、年間のスタートアップ進出数は1社、2社のようなレベル感でしたが、それが一気に15社とか20社とかそういう数字になりました。資金調達額についても、この地域でのエクイティでの調達額はもともとゼロに近かったんですけれども、それが一番多い時で年間約50億円という額までいっています。

成果が出なくても「続けた」から実を結んだ

―今話題に上がった浜松バレー構想が、浜松市のスタートアップ支援の始まりと伺っています。さらに時間をさかのぼって、この辺りの経緯を詳しく教えて下さい。

 浜松バレー構想はシリコンバレーを視察した鈴木康友前市長が旗振り役となって打ち出されました。浜松はスズキやヤマハの創業の地でもあり、次々と革新的なスタートアップが生まれるシリコンバレーのような起業の地をもう一度目指そうという構想です。

 一番最初に始めたのは、この地域に集まるスタートアップを集めてコミュニティを活性化させることでした。スタートアップが集まる場を設けたり、コワーキングスペースを作ったり。東京にスタートアップの誘致をする部隊を作ろうということで首都圏ビジネス情報センターというのも設置しました。よくある地方自治体のスタートアップ支援の取り組みで、これが浜松市のスタートアップの取り組みの第1フェーズという感じです。

 次に何をやっていくべきか、スタートアップに聞き取り調査をしたところ、課題として出てきたのが「人材の確保」「資金調達」でした。そこで、資金調達はどういう政策を作っていけばいいのかとアイデア出しの場になったのが有識者会議だったのです。有識者会議のメンバーは、VC関係者、コンサルタント、大学教授、地域の金融機関などで、この地域にスタートアップの有識者はほとんどいなかったので全国的にお声がけさせていただきました。

 当時は政府がスタートアップ推進の旗を掲げてという時代でもなかったので、スタートアップ支援をやっている自治体は浜松市や福岡市など一握りでした。とにかく前例があまりなかったですし、今はスタートアップという呼び方が浸透していますが、あのころはベンチャー企業と呼んでいた、そんな時期ですね。

―全国的にも前例がほとんどない中で、立ち上げ当初はさまざまな苦労があったと思います。これからスタートアップ支援を本格化させる地方自治体へのアドバイスはありますか。

 最初は本当に限られたスタートップしかいなかったので、そうした環境の中でどんなに成果が出なくてもまずは続けるということが大切でした。最初の数年は手応えがありませんでしたね。全てが手探りの状態で、人もなかなか集まらず、本当にこれでいいのかなと自問自答しながらでした。

 今はスタートアップ系のイベントを開催した時の集客も昔と段違いで、スタートアップ界隈が盛り上がっているという実感があります。浜松市に視察に来てくださる地方自治体なども本当に多くて、時期によっては週1回ペースで対応していることもあり、外からも盛り上がっているように見えているのかなと感じますね。

 苦しい時期やうまくいかない時期、失敗があるのは当たり前で、今後も「続けていくこと」が成功の鍵を握ると思っています。

スタートアップ×現地企業の相乗効果を

―最後に、これからの展望についてお聞かせください。

 私たちのスタートアップ政策の最終的な狙いは、浜松地域に集まったスタートアップが持つ革新的なアイデアや技術と、浜松市のモノづくり企業が持つ技術を融合させて、浜松を支える新しい基幹産業を生み出していきたいというところです。そのような成長を促す仕組みを、行政がしっかりとコーディネートしなくてはいけないという課題感を持っています。

 もう1点、資金調達の応援やスタートアップの相談に乗るといった短期的なプログラムは現在整ってきたと考えています。課題としては、私たちはこの地域にスタートアップのエコシステムを作りたいと思っているので、外から集まってきてくれたスタートアップがIPOして大きくなり、そういった企業が次に来る新しい人たちを支援するといったサイクルを長期的には作り上げたいですね。

 日本各地でスタートアップを盛り上げていこうという機運が高まっています。浜松市としてもアドバンテージを生かしてトップを走っていかないといけないという思いは強く持っています。



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