「誰もが新しい未来を描こうと思える世界へ」パーパスを刷新
シナモンAIのスタートは2012年。エンジニアであり起業家の平野未来氏とAIテクノロジストの堀田創氏がシンガポールで共同創業し、2016年に日本で本社を設立したボーン・グローバルスタートアップだ。そのシナモンAIに、東証プライム上場企業や外資系コンサルタント企業、政府で数々の役職を歴任した実績と手腕を買われた加治氏が2019年11月、執行役員会長として就任。きっかけは、シナモンAIに出資していた投資家の友人がいたことだったという。
シナモンAIが掲げてきたミッションは「AIで世界の進化を加速させる」だ。2017年リリースのAI-OCR「Flax Scanner」、2018年リリースのAI音声認識エンジン「Rossa Voice」に続き、2019年には自然言語処理エンジン「Aurora Clipper」と、新しいプロダクトを相次いでリリースしてきた。加治氏の就任はその直後となる。
会社としても成長期を迎え、社員数は2019年当時の約100人から、翌年には約200人へと倍増した。2022年4月には、「誰もが新しい未来を描こうと思える、創造あふれる世界を、AIと共に」へと社のパーパスを刷新した。加治氏はその理由を次のように語る。
「従来のミッションは、進化した技術の組み合わせで新たな体験を生み出した経験を基にした、いわば方法論でした。いま、技術進化はさらに加速し、昨日までできなかったことが今日にはできるようになっています。シナモンAIは“誰もが技術革新の先に見える新しい未来を描ける世界を目指す企業”だと明確にするため、現在のパーパスへと書き換えました」
AIコンサルティングを通じて「MTP」を提供できる仕組みづくりへ
シナモンAIの収益の柱は、AIソリューション事業とAIコンサルティング事業だ。「コンサルを通じて複数社に共通する課題を見いだし、その課題をプロダクト開発に生かす」かたちで2つの事業が車の両輪のように相乗効果を生んでいると説明する加治氏。国内外のスタートアップがしのぎを削るAI領域において同社が成長力を発揮できる理由を、次のように語った。
「当社のユニークさは、数多くの高度なAI人材をベトナムと台湾のラボに抱えている点です。日本でも高度AI人材の育成が叫ばれていますが、アメリカ・中国などと比べ人材供給量は不足しているうえ、日本のAI人材は大企業に集まってしまい、スタートアップが獲得するのは困難です。国家をあげてSTEM人材の育成が盛んなベトナムに目を付けた平野が2016年、現地にAIラボを作ったことが、強みの源泉にもなっています」
「Flax Scanner」「Rossa Voice」「Aurora Clipper」の3種類のAIソリューションは、これまで「コストセーブの文脈で、それぞれを個別に使い、具体的な課題を解決していた」という。その技術を複合的に活用して顧客体験への洞察を深め、企業の戦略形成・立案を行うAIコンサルティングへと役割を進化させている。
「技術進化が加速した世の中で、企業はこれまでにないような“とんでもない顧客体験”『MTP』(Massive Transformative Purpose/野心的な変革目標)を描けるようになります。AIコンサルティングとして、この『MTP』の描き方についてプライム上場企業の方たちと議論をしています。保険業界での一例を挙げると、これまでは保険加入者に対し保険金を支払うのが企業の初動でしたが、顧客体験を分解することで保険加入前や未病段階、また保険金支払い後の介護といった領域にまで企業がアプローチできる可能性が考えられます。AIコンサルティングを通じて、そのような『MTP』を提供できる仕組みづくりにまで到達しつつあります」
加治氏によれば、日本のDX推進には世界的な流れとは異なる傾向があり、それが同社のAIコンサルティングにとっての追い風になっていると分析している。
「全世界共通でDXへの動きが加速するなかで、日本は少し独自な状況があります。世界的にはコスト削減を主眼としたデジタル化から入り、顧客との本質的な関係を変えるDXへと至るプロセスが主流です。一方、日本企業ではデジタル化とDXとを同時に進めようとするケースが多くなっています。これはデジタル化に後れをとっていた国だったからこそ、とりわけ早期に取り組むべきという同調圧力的な風潮が影響していると思っています。その潮流を当社は成長のチャンスと捉えています」
Image: シナモンAI HP
トランスフォーメーションの実現に向けて、大企業との提携・協業を推進
経済産業省は東京証券取引所および情報処理推進機構(IPA)と共同で、DX推進の仕組みを社内に構築し優れたデジタル活用実績をあげた東証上場企業を「DX銘柄」として毎年選定するなど、DX推進は生産性向上や業務効率化の観点ばかりか、企業価値向上にも欠かせない要素となっている。シナモンAIは、すでにDX推進を目的として2021年にはサントリーホールディングスより、2022年には第一生命からの第三者割当増資による資金調達を実施するなど、日本の大企業との提携・協業の実績も多い。今後も大企業とは販売代理店契約を除くあらゆる形で提携を模索しているという。また、海外よりも国内の需要を着実に獲得したいと加治氏は語る。
「以前、アメリカに持っていた拠点は、コロナ禍の影響で一時的に休止しています。再度海外へ進出する準備はありますが、まだ未上場で200人規模の企業ですので、着実に国内の需要獲得する方向へリソースを向けています。これまでも主要顧客だった生保・損保業向けのチームに加え、製造業向けの営業チームを稼働させるほか、営業チームの強化を目的として2022年2月に山村萌を執行役員に抜擢し、彼女を中心に営業活動を進めています」
社会課題の解決、オープンイノベーション AIに寄せられる期待を成長につなげたい
岸田文雄首相が議長を務め、有識者構成員としてシナモンAIの平野氏が参加する「新しい資本主義実現会議」で議論された「スタートアップ育成5か年計画」では、「スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する、まさに『新しい資本主義』の考え方を体現するもの」と、社会的課題に対するスタートアップの役割が明記された。社会課題へ向き合うことが「わが国における大きな風潮として明確化した」と語る加治氏はシナモンAIに寄せられる期待を強く感じているという。
「人口減少社会や、パンデミック、気候変動など、地球的・社会的な課題にAIを使おうという風潮が広がっています。世界的にはすでにあった傾向でしたが、日本でも一般的になってきました。社会的課題の解決という文脈でどのような技術が使えるかを、私たちも意識していますし、政府からも期待を寄せられています」
その理由として加治氏が挙げているのが、SDGsやESGの定着、そしてプライム市場への移行だ。海外機関投資家はESGの観点から、サステナビリティーや社会的責任に対するプレッシャーが非常に強い。日本の大企業も財務情報だけではなく企業統治やCSRなどの情報がまとめられた統合報告書に厳しい目を向けられる。社会課題に向き合う企業となることが海外からの投資に直結するという。
「スタートアップ5か年計画」では、大企業のオープンイノベーションについても言及されていることに触れ、シナモンAIの役割をいっそう拡大させたいと、加治氏は説明する。
「『旧来技術を用いる既存の大企業でも、スタートアップをM&Aしたり、コラボレーションをしたりして新技術を導入するオープンイノベーションを行った場合、持続的に成長可能となることが分かってきた』と、日本の大企業のオープンイノベーションについても書き込まれています。この内容はかなり注目すべき、かつ日本的なさまざまな傾向を織り込んだ包括的な内容です。日本のスタートアップと大企業との関係構築が日本の競争力を高めるために重要です。ますます進展するDX推進の時流において、当社の担う役割も大きくなるようにしていきたいと思っています」