Tailscaleは、オープンソースのWireGuardをベースに、SSHキーを管理することなく、暗号化したピアツーピアのメッシュ接続を簡単に実現できるサービスを開発し、この課題に正面から対応する。シニアソフトウェア開発者としてGoogleに勤務した後、2019年にTailscaleを共同創業、CEOに就任したAvery Pennarun氏に、製品の魅力、今後のビジョンについて話を聞いた。
人々が実際に必要としているものをビジネスの起点に
Pennarun氏は、大学在学中に中小企業向けにLinuxベースのネットワークサーバーアプライアンスを提供するNet Integration Technologies社を起業した。同事業は、Pennarun氏の予想を超えて成功し、最終的には約200名ほどの従業員を持つ規模の会社に成長し、2008年にはIBMに売却した。
その後、銀行で送金アプリケーション開発に従事。2011年にGoogleに移り、Google Wallet、Google Fiberなどのプロジェクトに取り組んだ後、Googleの同僚と、大学時代の同級生でNet Integration Technologies社でも一緒に働いた友人と、2019年にTailscaleを創業した。
Tailscaleは、あらゆる場所から安全かつ簡単にデバイスやアプリケーションにアクセスできるVPNサービスを提供する。オープンソースのWireGuardをベースに、SSHキーを管理することなく、暗号化したピアツーピアのメッシュ接続を簡単に実現できるサービス。コストを抑え、VPNが持つアクセス集中による遅延、複雑な設定や管理、スケーラビリティのなさなどの課題を解決する。
また、同サービスではデバイスがファイアウォールやサブネットで区切られている場合でも容易に接続が可能なほか、Google WorkspaceやOffice365など既存のIDプロバイダーを利用することでVPNの設定、多要素認証の適用、権限の付与や削除が簡単にできる。
「Tailscaleは、デベロッパーのために、時間をかけたくないが、時間をかけなければならないような課題を解決することを目指しました。私たちは、魔法のようなテクノロジーは何かとか、今日開発すべきクールなものは何かとか、そういうことにはあまりとらわれず、現実の問題を解決するために、人々が実際に必要としているものは何か、日常的にコンピュータを使う上で、何が問題になっているのか、どうしたらいいのかを考え、それを解決することにしました」とPennarun氏は説明する。
Image:Tailscale
口コミで広がった人気。無料からビジネス、大企業向けカスタマイズまで
Tailscaleは、無料から使える「Personalプラン」、年間契約では、1ユーザーあたり月額5ドルの「Teamプラン」、1ユーザーあたり月額15ドルの「Businessプラン」に加え、大企業向けにカスタマイズした料金を提供している。
Pennarun氏は、Tailscaleが有機的な広がりで、予想していたよりも早く人気になったと語る。無料での使いやすさが口コミで広がる所以だと分析する。無料のPersonalプランでは、最大20台の端末を繋げることができる。
「Tailscaleも私が初めて起業した会社と同じように、これほど早く人気が出るとは思ってもみませんでした。ユーザーたちがTailscaleを知ったのは、友人から聞いたからというケースが多いです。無料プランを試しに使ってみようと、携帯電話やラップトップにTailscaleをダウンロードし、ログインすると、その2台が接続され、双方のサービスにアクセスできるようになるわけです。この手軽さから、個人ユーザーの中でTailscaleが広がりました」
同社のメインターゲットは、デベロッパーだ。Tailscaleを使ってみて、会社に導入を促すのも彼らだという。また、業種でいうと金融、ヘルスケア、製造業など様々な分野でTailscaleは使用されている。
Pennarun氏は、現在、無料ユーザーと有料ユーザーの比率は10対1くらいだと想定しているが、ユーザー層は個人から2人組、10人組、100人組、従業員数が10万人規模の会社まで多岐に渡り、あらゆる規模の企業に適用できるTailscaleの強みを示している。
Image:Tailscale
メルカリも導入 アジア太平洋地域でTailscaleの利用数最多の日本
オンラインフリマサービスのメルカリは、Tailscaleを早くから導入した日系企業の一つだ。米国と日本に拠点を持つメルカリは、Google Cloud Platform(GCP)を活用してアプリや仮想マシン(VM)、大容量データをホスティングしているため、メルカリの社員は、金融サービスのプラットフォームやサードパーティのAPIなど、会社のリソースに承認されたIPアドレスから安全にアクセスする必要がある。
メルカリはエンジニアが日常的にVPN関連のトラブルシューティングに時間を費やしていること、またCOVID-19を通して従業員のほとんどがリモートワークに移行したことで、さらにその傾向が強まったことを懸念し、より拡張性の高いソリューションを求めていた。そこで、ユーザー管理、サブネットルーターのビルトインサポート、出張時のネットワークのオン・オフを切り替える必要がないなど、高い機能性を提供するTailscaleと出合い、導入することにしたという。
Tailscaleを導入している企業のタイプは主に3種類に分かれる。1つ目は、社内でTailscaleを使用してネットワークの課題を解決したい企業や開発チーム。2つ目は、Tailscaleと共に機能する製品を展開するパートナー企業(例:Tailscaleと連携したクラウドソリューションを提供するMaterialize、Tailscaleと連携したフルスタック開発プラットフォームを提供するRender等)だ。
そして3つ目は、プロダクト開発においてTailscaleを製品に組み込みたいと考えている企業である。例えば、遠隔操作ドローン、ビデオカメラ、ゲーム機などのメーカーで、難しいネットワーク条件下でも、ユーザーのデバイス間を最小限のレイテンシーで直接接続できる製品を作りたいと考えている会社などがこれに当たる。特にライブ映像は、ユーザーとカメラ、あるいはゲームユーザー同士が直接通信できれば、中央のクラウドサービスを経由するよりもはるかに高速で低コストな運用が可能になるという。
Tailscaleの特徴や機能性は、ブログ記事、ウェブサイト、Twitter等を介して認知が広まることも多い。現時点において同社は日本に焦点を当てたマーケティングや販売機能を有していないが、日本でのTailscaleの人気は非常に早いペースで拡大しており、特に学生の多くが利用しているという。日本は、アジア太平洋地域で最大の市場だという。また、北米に次いでTailscaleの利用が広がるヨーロッパでは、スイスとドイツが2大拠点となっている。
製品の国際化を進めるとともに既存製品を改良し続ける
Tailscaleは2022年5月、CRVとInsight Partnersが主導するシリーズBで1億ドルを調達した。また、Accel、Heavybit、Uncork Capitalといった既存の主要投資家に加え、多くの著名なエンジェル投資家や小規模投資家が参加した。
資金調達の使途として、Pennarun氏は新しい市場に進出すること、セールスチームやマーケティングチームの強化、製品の国際化を挙げる。
「今、私たちがやっている最も重要なことは、Tailscaleをアーリーステージのスタートアップから、より安定した、信頼できる会社にすることです。大企業が3年目の新興企業を中心にネットワーク・インフラ全体を構築しようとするのか、という課題もあります。もちろんそうする会社もあり、それはありがたいことですが、私たちには誰もが期待できるような成熟した企業になる責任があります」
「そのために、現在、SOCのレベル1とレベル2の認証を取得したところです。いずれはISOの認証取得も視野に入れていますし、サポートチームを拡充して、世界のより多くの地域をカバーする必要があります」
最後にPennarun氏は、Tailscaleの優位性をこのように説明した。
「Tailscaleの優れた点は、ネットワークが正しく機能するようになることに注力する、この1点なんです。私たちは100もの新機能を発表する必要はないのです。ただひたすら改良、改良、改良を続けるだけです。ネットワークがおかしいために正しく動作しないようなエッジケースは、すべて排除することを目指します」
信頼性が高く使いやすいサービスを提供するだけでなく、常に改良を重ねる姿勢が、Tailscaleが創業3年目にして既に広く人気を博す所以だろう。